第38話 地上での戦闘
迸る敵意が俺目がけて降り注がれる。
その命を爪で刈り取り、血肉を喰らわんと欲し、突撃の機会を窺っている。
どのタイミングで一斉に攻撃をかければ確実に殺ることが出来るのか、獰猛な魔獣達は思考する。
なかなか飛び込んでこないことで俺は確信した。
相手は高い知性と思考力を持っていることを。
そして、俺が逃げようと背を向けた瞬間に彼らは突撃し、俺の命を奪いに来るということを。
嫌な汗がじわりと浮かび、背中を伝っていく。
「逃がしては、くれないよな……」
俺はそう呟き、汗を拭うことも忘れて、集中する。
こちらが1歩動けば恐らく飛びかかってくるに違いないと想定して。
愛剣をぎゅっと握りしめ、足に力を入れる。
【身体能力向上】
俺は心のうちでそう叫び、スキルを発動させる。
イメージを声に出すことでスキルの発動速度が上がることをあの迷宮で学んだ。
すっと、体中に『力』が流れていくのを感じると同時に、俺の踏んだ足音に反応したのか、茂みが激しく揺れ、そこから漆黒の魔獣が飛び出した。
「なるほど……」
目の前に現れたのは予想していた4体ではなく、たったの2体だった。
気配感知の効果で、別の2体は俺の背後に回っていることが分かっていた。
この2体が俺の注意を引き付けている間に、後ろに回り込んだ別の2体が交戦中の俺に飛びかかる。
なんて合理的な作戦なのだ、と俺は感心したがそれも束の間だ。
「知っていれば、お前らの相手なんてしてやらねぇよ」
俺はニヤリとそう呟いて、目の前に対峙していた2体の方へ駆けた。
その謎の行動に思考が回らず、魔獣は静止する。
俺は止まった2体を大きくジャンプして飛び越える。
そして動揺している2体にさっと1太刀入れて首を落とす。
「──っ! 1匹損ねた」
片方の首は落ちていたが、もう片方は上手く躱され、首を掠めた程度だった。
出血はしているが、傷が浅すぎる。
本当はここで2匹を殺っておきたかったが、仕方あるまい。
まだまだ鍛錬が足りないことに溜息をつきつつもすぐに切り替えて次の策の準備をする。
これもミルザに教わったことで、戦う時、少なくとも3つの選択肢を事前に考えておく、という事だ。
3つあれば、想定外のことが起こった時、直ぐに切り替え、次の作戦に素早く移行できる。
ひとつしかなければ、次の策が上手く浮かばず、動揺し、焦り、簡単に敗北する。
先の魔獣の動きが止まったのは、1つしか作戦がなく、俺が想定外の行動をしたためだ。
相手が何を想定して動いているのか、何をされれば厄介なのかを考え、相手の隙をつくる。
これこそ、ミルザに教わったことの賜物だ。
恐らく魔獣達は、次に一気に数で攻めてくるはずだ。
3対1は分が悪いが、ならばもう一度予想外の行動をしてやればいい。
俺はSPの残量を視界の中で確認すると、別のスキルを発動させる。
【瞬発力強化】
俺はそう心の中で叫ぶと、足に力を込めて、一瞬で敵の懐に入った。
やはりこれは予想されていなかったようで、相手の動きは明らかに鈍る。
1匹だけ首を落とし、他の2匹はおそらく首を狙われると思い、そこを警戒するはずだ。
しかし、代わりに足元がおろそかになる。
俺はお留守になっている4本あるうちの前足2本を切り落とす。
これで1匹は絶命、2匹は行動不能。
「これで終わりだ」
動けない魔獣を見下ろしてそう呟き、抵抗不能の魔獣の首を落とす。
付着した返り血をさっと薙ぎ払うと。
「人道的とは言えませんね」
魔獣の死体を見ながら苦笑いしたラフィーが剣から人の姿に戻って言った。
「降りかかった火の粉を払っただけだ。 それにもう慣れてる」
俺は何の気なしにラフィーに言ったが。
「まぁ、そうなんですけど。 心配です……」
「何がだ?」
「いえ、なんでもありません。 さぁ急ぎましょう」
「お、おう」
俺はラフィーの謎の心配に気後れしながら、そう返事した。
だが、この時の俺は気づいていなかったのだ。
ラフィーがなにを心配していたのかを。




