第34話 愛称
決意を新たに旅を再開したいところだが、まだまだラファエルについては知らないことだらけだ。
一応信用はしているが、何せ出会ってからの時間があまりにも短い。
まずは相手のことを知る、それがこいつとこれから戦って行く上で最も重要なことだ。
天使ラファエルがどんな力をもち、どのような形で協力してくれるのか。
たしかに、肉体の強化や、技術を磨くことは大切だが、今、生きていく上で1番俺にかけているのは他人との交流、コミュニケーションだ。
俺はそんな考えの元、相棒、ラファエルとの最初の会話に、こうきりだした。
「聞きたいことがたくさんあるぞ?」
俺のそんな言葉に、ラファエルはとても嬉しそうに頷く。
「あたしが与えることができるものなら、それらすべてを宿主に与えます。 それが相棒と言うものですから!」
「それならとりあえず、宿主って呼ぶのはやめてくれないか?」
俺がそう切り返すと「なぜです?」と、こともなげに首を捻る。
「なんかな、むず痒くて仕方がない。 もっと無難な感じのやつで頼むよ」
俺が懇願するように言うと、ラファエルは「そうですねー」と頬杖をついて数秒間考えた末。
「……マスター、なんてどうです?」
俺はそんな響きに耳がむず痒くなるのを感じる。
それは別に不快という意味ではなく、むしろ、いいなこれ、と思ってのことだった。
「もういっかい言ってくれないか?」
俺は、にやけてしまいそうなのを必死に我慢しながら人差し指をひとつ突き立てて言った。
そんな俺の態度にラファエルは小首を傾げるが、俺の要望通りに言ってくれた。
「……マスター?」
あぁ、いい響きだ。
こんなことでこんなにも喜んでしまう自分が恥ずかしいが、これは決定だなと、内心では呟いてしまうのだ。
だがあまり表に出していい顔ではないことは重々承知しているので、俺はいたって平常心で、平静な表情で言った。
「ま、まぁいいんじゃないか」
俺がそう言うと「それではマスター、あたしもひとつお願いがあります」と、同じく人差し指を突き立てる。
まあ、こちらのお願いを聞いてもらったからには、そのお願いを聞かないわけにはいかないだろう。
そう思い「なんだ?」と、そのお願いを待った。
「その、ですね。 あたしに、愛称っていうんでしょうか、それをつけてくれませんか?」
かなり唐突なことに俺は一瞬凍る。
いきなり愛称をつけろと言われても、ネーミングセンスのかけらもない俺がいい感じのものをつくってやれるかは不確かだ。
だが、こんなにも期待に胸を膨らませているような顔をされたら無下にはできない。
俺は一拍空けて、数十秒考えると、自然と口から零れた。
「……ラフィー、なんてどうだ?」
ラファエルだからラフィー、というのはさすがに安直すぎただろうか。
だが、目の前の天使はそんな懸念をもふきはらうような迸る喜びの表情を浮かべていた。
「すごく、いいです!! ラフィー、マスターから貰った愛称……。 本当にありがとうございます!」
数秒間、ぴょんぴょんと跳ねながら、高揚していたが、すぐに恥ずかしそうに頬を赤らめて言った。
「す、すいません、つい取り乱してしまって」
「いや、喜んでもらえたみたいで良かったよ」
予想外の彼女の喜びように、少し気後れしたが、喜んでくれたなら何よりだと、ほっとして言った。
そして束の間の沈黙が訪れ、彼女は「ごほん」と1つ咳払いをすると。
「それでは、これからはラフィー、と呼んでください」
ラフィー、か。
何だか、仲間っぽくていいな。
俺はそう思わずには居られなかった。
内心では感動で嬉しさが込み上げてくる。
仲間、友達、それは俺が飢え、望んで止まなかった存在だ。
これが嬉しくないわけが無い。
思わず泣きそうになったのを、空を仰いで涙を乾かした。
そして目の前で何かを待っているような面持ちの少女に言った。
「ああ、分かったよ。 ラフィー」
ラフィーはそれを聞くと、目の前でにやにやしながら、くすぐったそうに照れている。
俺はそんな彼女を、頬を緩めて眺めていた。




