第33話 初めての仲間
「す、すまんが、もう1回言ってくれないか?」
俺は聞き間違いではないかともう一度訊ね直した。
すると、とても愛らしく微笑んでラファエルと名乗る天使は言った。
「あたしは宿主が天使を宿すに相応しい人間だと判断しました。 つまり宿主に惚れ込んだということです。 あまり何回も言わせないでください………その、少し恥ずかしいので……」
ほんの少しだけその白い頬をうっすらと紅く染め、そのドレスをきゅっとつかんでいた。
しかし俺の警戒心はより一層に深まった。
これがもし演技ならば、という懸念は今の俺からは尽きず溢れる。
「嘘じゃないだろうな? あとで何かあってからじゃ遅いぞ」
俺はなかなか自分に素直になれなず、怪訝そうにラファエルを睨みつけながら言葉を漏らす。
本当はこんなにも純粋無垢に微笑みかけてくれるやつをこんなふうにあしらいたくはない。
けれど怖いのだ。
1度信じてしまえば、そこから裏切るなんてことはしたくはない。
だからこそ恐ろしいのだ、またあの時のように、嘲笑われ、蔑まれる、あんなのはもう二度と味わいたくはない。
その時に裏切られればもう立ち直れないだろう。
それに怯えて、なかなか正直になれなかった俺を見かねて、ラファエルは優しく呟く。
「なかなか信用出来ないのも無理はないですね。 見てましたから分かりますよ。 それでもあたしはあなたの剣として宿主を導きたいんです」
「そんなの、信じられるわけ……。 だってお前は、あの聖者が渡してきたものなんだぞ!」
「たしかにあたしが転生した依り代はこの劔でした。 けれどあたしはあの聖者が渡した後に転生したんです」
「まさか、関係ないとでもいう気なのか…? そんな証拠がどこにあるっていうんだ!」
「彼女は……。あの方は気づいていました。 私がこの劔に転生したことに。 ミルザという女性は……」
「どう、いう……?」
俺は理解できず、呆然とそう訊ね、ミルザとの会話を思い出した。
それはちょうどミルザが亡くなる一週間前のことだ。
『あなたのその剣……とてもいいものさね』
『でもこれは、あの聖者が俺に渡してきたものなんですよ!? 今までは生きるために必要だったから使ってきましたけど、本当はこんなもの使いたくはないんです!』
『たしかにそうさね。 でも今はそれは別物さ。 本当にそれはあなたの専用の武器になっているの』
『専用の武器……?』
『きっとあなたの願いに応えて、力を貸してくれるはずさね。 その子は信用できる』
『剣を信用する……?』
『ふふ、きっと地上に出ればわかるさね』
あの時は首を傾げて聞いていて、まるで何のことかわからなかった。
しかし、今目の前にある光景を見れば、あのときミルザがなにを言っていたのかが分かる気がする。
それを思い出し、俺はある程度の仮説を立てて訊ねた。
「つまりお前は、あの聖者が渡した剣とは別物ということなのか?」
たしかに、あまり剣のことには気を遣っていなかったが、よく考えてみれば少し違和感があったように思える。
ラファエルは俺のそんな訊ねに頷くと。
「はい、あたしは、あなた専用の剣です」
ふと、警戒心が薄まるような感覚があった。
こいつなら信じてもいいかもしれない、なにせミルザが俺の専用と言ってくれたものだ。
しかし、簡単に心を許すことも出ずにもやもやとしながら俯く俺にラファエルは優しく語りかけてくれた。
「あたしは宿主の願いを知っています。 とてもいいと思いますよ? あたしそういうの大好きですから」
そんなに優しく微笑みかけないでくれ。
次第に心が揺らいでいく。
彼女を信じたいと、そう願ってしまう。
俺が信じているのはあの人だけだ。
数秒の沈黙が流れる。
その沈黙はまるで俺に催促しているようなものだった。
本当は分かっているんだよ。
1歩を踏み出さなければならないということくらい。
このままじゃダメだって、このままじゃあの人の願いを叶えられないってことを。
自分自身にそう言い聞かせても、勇気が出ない。
俺は自分の首に下げている、ミルザの形見である首飾りを握りしめる。
お願いだ、勇気をくれ、と。
そんな葛藤の中、ラファエルが小さく呟く。
「あの方のようにはなれませんが、あたしは永遠に宿主の味方であることを───誓います」
その言葉で、張り詰め、強ばっていた心がそっとほぐれる。
久しぶりの地上、知らない人ばかりの世界。
実際は地上に出た時から体の震えが止まらなかった。
それがようやくほぐれたのだ。
震えが止まった。
緊張が和らいだ。
地上で出会った、初めて俺の味方だと言ってくれた人だ。
人ではなく天使だが。
そんなことはどうでもいいか。
「……本当に信じて、いいんだな」
俺はゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めて、勇気を振り絞って訊ねた。
自分に正直になりなさい、と誰かに言われているような気がした。
俺の訊ねに、ラファエルは「はい!」と強く頷いて。
「あたしは宿主の最強の相棒です! 絶対に裏切ったりはしませんよ」
その言葉を聞いて、俺は胸をなでおろしたいくらいの安堵を得た。
俺は人一倍警戒心が強いが、正直、単純な男だなと内心で苦笑いしてしまう。
だが、今1番欲しかった言葉と欲しかった誰かの微笑み、温もりを今この少女が俺にくれたのだ。
やっぱり、俺は1人じゃダメみたいだよ、と空にいるあの人につぶやくように溜息をついて。
「そうか……」
そう呟き、尻もちをついていた体を起こして、服についた土を払って言った。
「これから……よろしくな」
少しの逡巡がまじりつつも俺は今できる最大の笑顔をつくり、手を差し出して言うと、ラファエルはニコッと花が咲いたような笑みを浮かべた。
「はい! 宿主!」
その小さな手で俺の手を握る。
ラファエルの表情には宙に舞うような嬉しさが浮かんでいた。
いや、実際に宙に浮いていたので腰を抜かしそうになって、苦笑いした。
「お前、飛べたんだな」
「天使、ですから」
ようやく、緊迫とした空気が和やかな空気へと換気された。
こうして、俺に初めての仲間ができたのだった。
1人じゃ怖くて1歩を踏み出せない。
けれど仲間がいれば。
俺を信じて、味方だと言ってくれたこいつがいれば、俺は勇気を持ってふみだせる。
結果的には小さな1歩かもしれない。
それでも、今の俺にとっては大きな1歩だ。
俺は空を仰ぎながら、心の中で決意を言葉にする。
さあ、成り上がってやろうじゃないか。
最弱の無職から、最強の英雄に!
そんな俺を激励するかのように、足元に一輪の花が咲いていた。
確か、あの花の名前は、カモミールだったと思う。




