第27話 ミルザ③
かなりの距離を走り、村から20キロほど離れたところで、息が切れました。
アルマークは後半少女をおぶる形で走っていたので、特に疲弊していました。
「アルくん、大丈夫?」
「あ、あぁ、だ、大丈────」
そして、アルマークはばたりと倒れました。
その血が抜けてしまったような虚ろな目をしていても、彼は少女に微笑みかけます。
その大きな背中からは多くの出血が見られます。
「な、なんで、こんなに血が出てるの……?」
そう呟きながら彼の体に触れます。
それは、異常な程に冷たくなっていました。
少女は泣きながら「ねぇ、どうしたの? 寝たら、この血も止まるよね?」と笑いかけていました。
どうやら気がおかしくなってしまい、正常な判断が出来なくなっていたようです。
それでもアルマークはその力が入らない弱々しい声で囁きます。
「ああ、だいじょうぶだから、泣かないで……」
「うん、泣かないよ、だからはやく元気になってよぉ」
そう言うと、彼は微笑んで、空を見上げました。
「僕はね、こんな世界を変えたかったんだ。 どこの街や村も、君の村みたいにいろんな種族が、一緒に笑って、泣いて、仲良くしているような世界に」
「なに、を、言ってるの?」
少女の目からは流れる涙は必死に止めていても止まりません。
「君には、僕が見たかった世界を見てほしい……」
「うん、見るから、だからアルくんも──」
彼は首を横に振ります。
「なん、で?」
「僕はもうすぐあそこに浮かんでる星に行ってしまうんだ」
「おほしさまに?」
「そうさ。 だからきっとみせてくれないか? 僕が見たかった世界に変わるところを」
「そんなの私1人じゃできないよぉ」
そう言うと、アルマークは最後の力を振り絞ります。
「君なら、きっと、出来る────ミルザな、ら……」
彼はそう言って最後に少女の頭をそっと撫でて、眠りにつきました。
少女は泣き続けました。
涙が枯れるまで。
そして村の他種族が迎えに来て、少女をつれて避難しました。
その事件以来、少女はめっきり泣かなくなりました。
11歳になり『賢者』という偉大な天職を授かり、ひたすら勉強をして、魔法も覚えて、学園に入り、大賢者と称賛され、叙勲され領主を務めるようになりました。
いわゆる、エリート人生というものを歩んでいきました。
しかし、未だにアルマークの願いを叶える手立てを見つけられずにいました。
そして、勇者パーティに所属するようになり、ある日、魔王の討伐に出かけました。
作戦は失敗し、彼女以外のメンバーは全員死んでしまいましたが、彼女だけはなんとか生き延びました。
しかし、それをきっかけに彼女は彼の願いを叶える方法を思いつきました。
それからというもの、ある迷宮に結界をはり、たったひとりで研究に打ち込みました。
彼女の作戦は、次の世代に想いを受け継ぎ、あの時指さしたあの星にいる彼と一緒に、変わった世界を見るというものでした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺は、そんな話を静かに聞いていた。
胸が張り裂けそうな思いだった。
「こんな、ところさね」
ミルザは小さく泣きながら、そう呟いた。
それを見て、俺は改めて、彼女の願いを叶えたいと思った。
それは、紛れもない俺の意思だった。




