第25話 ミルザ①
ようやく、俺がやるべきことがはっきりとわかった中で、もうひとつ気にかかっていたことがあった。
それは聞くか聞くまいかとかなり悩んだ案件だったが、どうしても知っておきたかったのだ。
「ひとつだけいいですか?」と俺は意を決してミルザに訊ねた。
彼女は「なに?」と何の気なしに反問する。
「その、ミルザさんがそうまでして聖戦を止めようとする理由はなんですか?」
確かに災厄の聖戦は決して放っておけることではないだろう。
だが、たった1個人がこんな迷宮に150年も閉じこもって執拗に止めようとする理由はなんなのか。
彼女がここまで必死になる本当の理由は一体何なのか。
俺はそれがずっと気になっていた。
決してミルザを疑っている訳では無い。
ただ、俺の興味が今そこにあるのは事実だったのだ。
俺の質問を聞くと、彼女は屈託するような複雑な表情を浮かべて「やっぱり、気になるさね?」とぼやき俯いた。
それから数十秒の沈黙が二人の間に訪れるが、それを打ち切るかのように不意にミルザが話し出した。
未だどこか逡巡の色が残る表情ではあったが、彼女は静かに語り始めた。
「昔の話をしようかね。 これはある女の話さ」
まるでどこか遠い場所を見るような悲しげな目つきで、独り言でも言うかのように話をした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ある日、ある小さな村で1人の女の子が、元気な産声をあげました。
女の子は優しい母、そして頼もしい父親の元にすくすくと育っていきました。
彼女が7歳になる頃、その村に見かけない、不思議な人がやってきました。
彼は人間とほとんど同じ見た目をしていましたが、数箇所だけ、全く別物の部分がありました。
人間と同じような耳はなく、狼のような大きな耳に、ふさふさの尻尾を生やしていたのです。
彼は自らを『獣人』という種だと言いました。
その村は、さまざまな種族が共存するという異例な村で、時たま他種族の難民が迷い込んでくるのです。
幸い、土地や食料に富んでいたので難民は全て受け入れていました。
今回は少女の家が彼を引き取ることになりました。
獣人は基本森の奥にひっそりと暮らす種族であるため、めったに見かけることはありません。
そのために、少女は彼を見たときは大いに驚き、最初は怖がって母親の後ろに隠れていましたが、日が経っていく内に彼に興味を持つようになりました。
そして、意を決して、彼に話しかけました。
「あなた、おなまえはなんていうの?」
そう少女が訊ねると、彼はその見た目からは想像できないような、穏やかな口調で答えました。
「僕はね、アルマーク・ライオっていうんだ。 僕の知らない世界を見たくて冒険してるんだ」
彼のそんな温厚な態度を見た少女は、急に緊張が解けたように、一気に距離を縮めました。
それからは毎日毎日、彼とのおしゃべりを楽しんでいた。
ある日、少女は訊ねました。
「ねえねえ、アルくんはどうして、冒険しようとおもったの?」
アルマークは「そうだねぇ」と微笑んで。
「ただ、興味があったんだ、森の中以外の世界にさ」
「怖くなかったの?」
「怖かったさ、それでもそれ以上に見たかったんだ」
「アルくんはすごいんだね、私だったら絶対泣いちゃうもん」
「僕だって、最初は泣きそうだった。 知らない街、知らない人、それが全部恐怖でしかなかった。 それに僕は獣人だったから、いろんな人に怖がられて、差別なんかもされて、ひどい目にもあったしね」
「そんなことがあったのに、どうしてアルくんはそんなに優しくできるの?」
「僕は誰も憎んではいないんだ。 だって誰のせいでもないからね」
「アルくんはやさしいんだね」
「ありがとう。 もしかしたら僕は君に会うために冒険に出かけたのかもしれないね」
アルマークはそう、いたずらに微笑みかけます。
当然冗談のつもりで言ったのだが、少女は顔をかぁっと赤らめて、両手で覆いました。
「──じゃ、じゃあ、私とけっこん、する……?」
ぎこちなく放たれた少女の発言にアルマークは呆けたように口をぽかんとあけていました。
当時7歳のだった少女がそんなロマンチックな勘違いをしてしまうのは何もおかしいことではないでしょう。
「君がもう少し大人になったらね」
ばつの悪そうに苦笑いして、少女の頭を優しく撫でました。
しかし、彼はわかっていたのです。
自分と少女がそういう関係になれる立場ではないということを。
今の世界がそういうことを許す世界ではないということを。
この日はなんとなく、はぐらかして乗り切ったアルマークでしたが、少女はこの日以来、さらに彼に想いを寄せるようになっていきました。
それが、いずれ最強の賢者と呼ばれるようになる、その幼い少女の初恋でした。
設定を一部変更しました。
第24話の聖戦が始まった年を2000年前から1000年前に変更しました。
とくに話に大きな影響はありませんが、少し確認していただければと思います。
引き続き、本小説をお楽しみください。




