第21話 無職
「魔王が俺と同じ無職の人間!?」
ようやく硬直から解放された俺の口は真っ先にそう訊ねた。
そもそも魔王が人間であるということ自体、訳が分からないのに、それが俺と同じ無職ときたもんだ。
俺が訊ねるとミルザは無言で首を縦にふる。
「そう、今の最強こそがあなたと同じ無職なのさ」
ミルザは自分が150年もかけて収集した知識を伝える。
そもそも無職というのは、適正のある天職がなかった場合に与えられると思われがちだが、神父も言うように一定のバランスを崩してしまった時に生まれるという。
そんなことは本当に滅多に起こらないが、無職だから何にも適性がないというのはミルザ曰く誤認らしい。
むしろ、無職というのはどの職業にも適正を持つ可能性の方が高いそうだ。
現に今の魔王も人間でありながら、魔王になっている。
それが本当ならミルザの仮説は辻褄が合う。
ミルザの願いは聞いてあげたい、できることがあるなら力になりたい。
それでも俺が力になれることなど、本当にないのだから、出来もしないことを無責任に引き受けるのはそれはそれでやめた方がいいだろう。
俺がそんな2つの気持ちの狭間で彷徨して、複雑な表情を浮かべていると、それを見てミルザは決定打を放ってくる。
「まだ、納得はできてないみたいだね。 じゃあ証拠を見せるよ。 あなたのステータスプレートをよく見てみて」
俺はその言葉に従って、ポケットから小さな魔板を取り出した。
手をかざし内容を確認すると、そこには目を疑う数値が刻まれていたのだ。
《ユウ・………
人種 Lv18
天職 【 】
スキル
・なし
生命力─2350/2350
体力─145/570
攻撃力─456/456
防御力─378/378
MP─356/356
SP─48/548
対魔力─432/432
対物理力─512/512
身体能力─790/790
【固有スキル】
・可能性⇩》
姓が曖昧になっているのは、正真正銘、カーロ村、そして両親から捨てられたことを意味しているのだろう。
その事実が胸をチクリと刺したが、今はそれよりもきになることがあった。
「レベルがすごく上がってる……?」
たったあれだけで1から18になるというのは普通ありえない。
それはあの神父も言っていた。
普通レベルは魔物、もしくは魔獣等との戦闘後のみ、5程度上がるくらいと言っていた。
それも最初のうちだけで、レベルが上がれば上がるほど、成長率は落ちる。
30を超えたあたりでレベルの上昇率は二分の一ほどになる。
だが、俺はあの魔獣を1匹倒しただけで17も上がっていた。
何が違う?
もしくはこれが無職が魔王に至った理由なのか?
俺は急にそわそわするように気にかかりだす。
先程までは、どこかでそんな訳あるはずないと思っていたが、これを見て俺はミルザの言っていることは間違いではなかったと思い始めた。
「あの、これはいったい……?」
俺は訊ねる、この異常な成長がなんなのかを。
するとミルザは、乗ってきたか、と言いたそうな微笑を浮かべて言った。
「驚いたでしょう? これが最大の特徴。 無職の『成長率』さ。 他の職業に比べて、成長率が突出して高い」
そう言って彼女は1つ例えを挙げる。
ミルザはこれをコップと桶に例える。
コップの大きさをステータスのスペックと例えると、それに注がれる水が経験値、つまり努力。
そして、コップからあふれた水こそが成長値ということになる。
少しでもあふれた時点でコップの水はリセットされる。
再び経験値が注がれる。
これの繰り返しの頻度を成長率というらしい。
コップは劣化するため、一定時間使われると入れ替えられ、その時点でのステータスのスペックに相応の大きさになる。
これが成長率が低下する理由だ。
無職はステータスのスペック、つまりコップが小さいためにすぐに水、つまり経験値が溢れ出す。
対して勇者はもともとのコップが大きいために成長率は比較的低くなる。
だが、普通職は基本戦闘をしないためにレベルは大して上がらず、上級戦闘職や上級職の成長率は五十歩百歩というところだ。
実際にコップと桶があればイメージしやすかったのだが、この説明だけでもなんとなく理解はできた。
「で、でも、こんなのありえないはず……」
しかし、未だにわかには信じられない。
「ただ、いくら無職の成長率が高いと言っても、通常の倍くらいが限界さ。 けどあなたがここまで成長したのは、敵の脅威度が異常だったのもあった」
「どういうことですか?」
「あの魔獣は大獅子の500匹に1匹生まれるかどうかの上位個体、天獅子。 魔法が使え、防御力と瞬発力が飛び抜けている魔獣。 脅威度は魔獣討伐ギルドでは2番目に強い警戒度のAランク。 普通、勇者か賢者を数名含んだパーティで不意打ちしてようやく勝てる程度」
そんなにすごい魔獣だったのかと、俺は急におぞましくなり、背筋が凍るような感覚を覚えた。
そんなやつと俺は戦ったのかと。
ミルザがやつを手負いにしていなければ、俺など1秒もかからずに瞬殺だ。
思い出すと背中がぞくりとなり、冷や汗が流れる。
しかし、あの時はただひたすらミルザを助けるということしか考えていなかったから相手がどれだけ恐ろしいかにも気づかなかったが。
その後もミルザは無職の利点を俺に教授してくれた。




