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第19話 1人足りない元2年3組

 



 一方その頃、カーロ村では。



「さぁ、今日は宴会じゃ!」



 静かな森の中にある小さな村では、宴が開催されていた。


 明日は子供たちがこの村を離れていく。


 そして、大きく成長して帰ってくることを祈って、村長が言い出したのだ。


 子供たちも大はしゃぎだ。


 唯一、この場に呼ばれもしなかった少年の事など、まるで気にもしないように。


 その晩は大いに盛り上がり、翌日の出立日を迎えたのだ。









「それじゃぁみんなしっかり学んでくるんじゃよ」



 おっとりとした村長は、村の子供たちを激励していた。



 その後ろでは子供たちの親達が心配そうに眺めている。



「はい、行ってきます」



 村長の激励にそう答えたのは、ロークだった。



 子供たち全員が学生服を着ている。



 彼らはこれから王都へ向かい、王立の学園に中等部から入学する。



 こんな田舎の村から王立の学園に行くなんてことはとてつもなく異例なことである。



 大抵が貴族や上位職が集まるだけだからだ。



 その学園は完全に実力主義であるため、普通職や下級職は入学試験で脱落してしまうのだ。


 選定はステータスを確認して、見込みのあるものを合格させる。


 他に特別推薦枠というのがあるが、相当の実力者でなければ滅多に受からない。


 毎年2000人程度の子供たちが天職を貰うと、その学園を受験するのだが、そのうち入学できるのはたったの200人だけだ。


 かなりシビアな世界だ。


 しかし、カーロ村の子供たちは全員上級職や上級戦闘職だったため全員が受験することを許された。


 1人を除いては。



 カーロ村の子供たちは両親とのしばらくの別れを告げ、村を後にした。




 ──────




「なぁ、王都までどのくらいかかるんだ?」



 深い森林を大所帯で歩く中、そう呟いたのはメルクだ。



 まずはこの森林を抜けて、少し大きな街に向かわなければならない。 それからさらに王都に向かって学園に寄学する。



「んー、村長が言うには3日程でつくらしいぜ」



 応えるのはリーダー格であるアーサだ。



 あの日以来、いや、この世界に来る以前からもクラスを影で牛耳っていたのは河村晴人(アーサ・ライルボード)だった。



 そしてクラス委員長であった瀬戸裕也(ローク・ラシュダット)はこの世界に来てからのあの一件以来、息を潜めたかのように目立った動きはしていない。



 よって実質このクラスの頂点が自動的にアーサに移譲したのだ。



「それにしても、こっちに来てまで学校に行くことになるなんて、不思議だなぁ」



 メルクは頭の後ろで両手を重ねて、軽い感じで呟く。



「そうだな、でも結構俺は楽しみなんだ」



 アーサはどこかワクワクとした口調で応えた。


 アーサとメルクはこの世界に来る前から幼馴染であり、勇者である2人は間違いなくこの集団でのTOP2という位置を確立していた。



「それは俺もだ。 みんなもそうじゃねぇの?」



 メルクが後ろを振り返って、クラスメイトに尋ねる。



 みんなは「そうだね」と、やはり全員新しい学校生活に胸を踊らせているようだ。



「それにしても、ユウのやつ結局帰ってこなかったな」



 メルクが持ち前の天然を発揮し何の気なしにぼそっと呟いた。



「は? あんなやつ戻ってきたら俺絶対殺してたわ。 ていうかもう死んでるんじゃね?」



 それにアーサは過剰反応し、キレ気味に答えた。



 どうしても、ユウのことは嫌いなのだろう。


 それはその親の敵を見るような目付きを見ればすぐに分かる。


 それもそのはずで、彼の認識下では三木原奏真(ユウ・アッシュリッド)という男は悪逆で、自分の彼女に暴行を働いたクズ野郎なのだから。



「あー、言えてる。 だってあいつカスの無職だもんな。 こっちに来てまでキモいニートなんてホント笑える」



 そう笑ったメルクにつられるように、クラスのやつらも同じように嘲笑った。



「あんなクズ最初からいなくて良かったんだよ!」


「どうせ、どっかで野垂れ死んでるに決まってるじゃん、ぎゃはははっ!」


「逆に生きてた方がわたしらからしたら最悪だよねぇ」


「死んで正解、村人の人達にも嫌われて当然。 そもそも生まれてきたこと自体が不正解」


「お、上手い」



 きゃはははははっ! そんな下品な嘲笑が飛び交う中、ついに怒声を散らした男がいた。



「───何が、そんなに、おかしい……」



 怒りに震えるその声は、この爆笑の嵐を一瞬で消し去る。


 それが誰のものかに気づいたクラスメイトたちは不思議そうに首を傾げている。



「おい、一体いきなりどうしたんだよ、ローク?」



 クラスの一人がそう訊ねる。 その声色には困惑が混じっている。



 そう、今声を発したのは紛れもなく、ローク・ラシュダットだった。



 溜め込んできた怒りをついに爆発させるように彼は怒鳴り散らした。



「何がそんなにおかしいんだよぉぉぉっ!」



 木々が鬱蒼と生い茂る森林の中を、彼の叫びが巡りわたっていく。 そう、まさに木々をゆらす程に。



 初めて見せたそんな彼の態度に、クラスメイト達は動揺を隠せずにいる。


 瀬戸裕也という人間は、温厚で誰にでも優しく、決して怒ったりしないやつ、というのが一般の認識だった。


 それ故に、彼がこんなにも怒ったことに、疑問と困惑が隠しきれていないのだ。



「おいおい、ほんとにどうしちゃったんだよ……?」



「はぁ? どうかしてるのは君たちの方だろう!」



 ロークに焦りながら駆け寄ったメルクを筆頭に、ピタリと立ち止まる雑踏を睨みつけ怒鳴る。



 メルクはその次の瞬間には石のように動かなくなった。



「何故ユウを嗤う? 何故ユウを馬鹿にする? 何故ユウをクズ呼ばわりする? 僕には全く理解出来ない!」



 拳を固くにぎりしめ、顔を真っ赤にするロークに皆は腰を抜かしている。


 しかし、一人それに対抗し得る者が彼の目の前に立ちはだかり反論する。



「当たり前だろうが? あいつはゴミ以下のクズ。 それが常識でネタもあがってる」



 いきなり現れたアーサにロークも思わず後ずさった。


 今アーサの持つ圧倒的剣幕はあのロークでさえも(おのの)かせる。



「いいか? お前はお人好しだからそんなこと言ったんだってまだ信じてるけどよぉ、あのクズの味方をするやつなんざ、ここには誰もいねぇよ。 なにせあいつは、俺の彼女に最低な行為を働いた上に、他の女にも暴力を振るい、あまつさえ、この世界に来てまで、あの人のいい神父様を殴りつけたんだぞ! そんなやつの味方をしてるんだって気づいてるのか?」



 だが、これくらいでへこたれるロークではなかった。


 なぜなら彼は真実を知っているから。



「───それが、誤解だったとしたら……?」



「は?」



「証拠がないだろう? 彼がそんなことをしたなんて証拠が」



「そんなもん、俺の彼女がそう言ったんだからそれだけで証拠だ。 それに傷だってあった。 もとより、あんなクズ、証拠なんてなくても最初から死んだ方がマシだったんだよ! なあ、お前らもそう思うだろ?」



 そう言って、周囲で固まるクラスメイトたちに呼びかけた。



 クラスメイトを説得しようとしたはいいが、ロークは見落としていたのだ。


 今のクラスの殆どが完全にアーサの味方であるということを。



「そ、そうだ! アーサの言う通りだ!」



 彼の呼びかけに反応したメルクの一言を引き金に、さらなる共感と批判はマシンガンのように放たれる。



「そうよ、そうよ! あんなやつ女の敵よ! アーサが正しいわ!」


「俺は証拠なんてなくてもあんなやつ最初から死ねばいいと思ってたけどな!」


「全くロークもどうしたんだろ? あんなクズを庇うなんて」


「確かにお人好しだけど、さすがにあのゴミまで庇うなんて、ねぇ」


「あーあ、仲良くしてたのになぁ、残念だよ」



 このクラスの何かが崩壊していく、ガタガタと音を立てて。



 ロークはただそれを呆然と見ていることしか出来ない。


 いや、ロークだけではない。 他にもロークの意見に共感している数人の生徒は同じように開眼し棒立ちになっている。


 その中には、ミリア・アーチェラの姿もあった。



 何故だ、何故こうなったのかと。



「な、みんなもそうだってよ。 かくいうお前も、あの自己紹介の日、あいつの名前呼ばなかったじゃんか? なんか心境の変化でもあったのか?」



 不意に言及されたその言葉にロークはさらに固まった。



 それは彼が最も言われたくなかったことであり、最も後悔していることであるのだから。



「───本当にあの時はどうかしていたんだと思うよ」



 しかし、ロークは辛うじて口を開いた。


 そして自嘲の笑みをかすかに浮かべる。



「何故あんなまねをしてしまったのか。 あの日に戻れるなら、殴りつけてでも僕を止めるべきだろう」



「何言ってんの?」



「あれには僕なりの理由があったんだけどね。 今更何を言っても信じてもらえないんだろうなぁ。 本当に馬鹿なことをしたよ」



「だからなんの話だって?」



「あんなに、素晴らしい人間を、陥れるようなことを自らしてしまうなんて、本当に、こんな自分が惨めで仕方が無い」



「おまえ、いい加減にしろよ!」



 流石に痺れを切らしたのか、アーサは青筋を浮かべてロークの肩に掴みかかった。



 しかし、ロークは物怖じもすることなく、ただひたすら自分の愚かさに嘆く。



「こんなんじゃ、君たちと同じだよ。 僕も本当に、愚かでクズな畜生だ」



 そう呟いた瞬間、自らの横顔を全力で殴りつけた。



 そんな彼にドン引きしたのか、呆気に取られたのか、アーサは急激に距離を置く。


 流石に謎の行動に困惑を覚えたのだろう。



「お前、本当にどうかしちまったんじゃねえの……?」



 奇怪そうにアーサはロークに訊く。



「ああ、そうだね。 僕は本当にどうかしているよ。 けどな、君たちは、もっとどうかしていると思うよ!」



 最後にロークはアーサと、アーサに加担したクラスメイトとを鋭く睨みつけると、一人で歩き始めた。



 そして数人の生徒が、彼の後を追って行った。



 これを機に、一人足りない元2年3組は、多数派のアーサ派と少数派のローク派に別れたのだ。



「全く、なんだったんだよあいつ。 訳わかんねぇ。 ま、いいか。 ほら、みんな行こうぜ」



 取り残されたアーサ達25人は、その掛け声の下、再び歩き出したのだった。



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