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第17話 天獅子

 


 黒狼を倒した後、俺達はさらに奥へと進んだ。


 乾いた靴音がしんしんとした洞窟内に響くのが魔獣たちに聞こえないだろうかと、俺は気が気でならなかった。


 それでもやはり、ミルザはまるで自分の家の庭を散歩するような軽い足取りで進んでいく。


 それは頼もしくもあったが、同時に少し怖かったというのは彼女には内緒だ。



「あのー、次は何を狙ってるんですか?」



「そうさね、次は大獅子(おおじし)でも出てきて欲しいね」



 ミルザは特に何も考えずに、食べたい魔獣の名を口にする。



 その魔獣の名前に、一瞬びくついた。


 それは先程の黒狼よりも明らかにやばいやつだと本能が警鐘を鳴らしている。


 それでも、ミルザは常識を外しているのだから俺の観念でこの場の状況を判断してもあまり意味が無いと思った。



 そしてそれは、完全に予想通りの現実となった。



 願ったり叶ったりなのか、すぐにそいつは現れた。


 黒狼の3倍はあろうかという大きさに、鋭い牙。


 そして魔獣特有の隻眼。


 予想通り、そいつは黒狼よりも凶悪、そして恐ろしい化け物だった。



「ひぃっ……!」



 俺は思わずひきつった悲鳴をあげる。


 そいつはミルザでも勝てるかどうか怪しいほどの強者のオーラを放っている。



「ミルザさ─────」



 俺が再び撤退を促そうとした時、彼女の表情を見て、息が詰まった。


 黒狼を圧倒していた、あのミルザが強く警戒をした様子で目を見開いていたのだ。


 目の前に佇む化け物は正しく俺が想像していた大獅子だ。


 先程まで、獲物として見ていた大獅子を、今ミルザは脅威として認識しているようだった。




「まさか、この辺りの大獅子の主? 少なくとも相当の上位個体さね」



 主、上位個体。

 ミルザが呟いたその言葉が、きっと彼女があの化け物を強く警戒している所以なのだろう。


 本来の大獅子ならば、ミルザが警戒するほどの脅威ではないのかもしれない。


 だが、今対峙しているこの獅子は、ミルザにとってさえ脅威なのだ。

 それは、素人の俺からでも一目瞭然だった。



 しかしそこで、唖然としていた俺ははっ、と我に返ると。



「───ッ! あんなの勝てるわけがない……! 逃げましょう!」



 後ずさる足をなんとか踏ん張って、ミルザの背中へむかって必死で呼びかける。



 洞窟の薄暗さが、さらに魔獣の隻眼を輝かせているように思わせ、その恐ろしさを強調する。



 「きっとそれは無理さね。 やつに背中を見せたら、そこで終わり」



 眼前に臨戦態勢で構えるそいつを、ミルザは冷や汗を垂らしながら見据えてそう言った。



 ヤツは鋭い視線でミルザを睨みつけ、今にも飛びかかろうとしている。



 俺はミルザの言葉の意味を理解した。

 確かに、今背中を見せて逃げ出せば、確実に背後を取られて、その爪で命を刈り取られるだろう。


 仮にミルザ1人であったなら、逃げ切ることも可能だが、今は(おにもつ)を後ろに置いている。


 それがわかったのなら、俺が言うべきことは一つだけだ。



 「俺のことなら構いませんから、ミルザさんだけでも、早くっ!」



 しかしミルザは首を横に振る。



 「大丈夫。 あなたは、絶対に私が守るさね」



 そして、ミルザは頑なに逃げる選択肢を消し、ついに大きな杖を構え、魔力を先端部に集中し、黒狼を屠った火球を放った。


 しかし、大獅子はいとも容易く躱してみせる。


 ミルザは少し驚いたような表情になるが、すぐさま切りかえもう1度火球を放つ。


 それでも大獅子はその大きな体躯を素早く動かし、まるでミルザの攻撃を読み切っているかのように避けていく。


 あの体で黒狼よりも素早い動きができるのは反則だろ。


 ミルザはもう1発、2発と魔法を放つが、全てが避けられ、体力さえ減っている様子も見られない。


 心做しかやつの顔がニヤリと笑ったように思えた。


 その瞬間、二本の大きな牙の間に淡い光が集まっていくのが見えた。


 それはミルザの放つ火球のような色で、まるで彼女の魔法を真似ているようだった。


 体を大きく逸らし火球を放つ。


 速度も見劣りすることは無い。


 ミルザは目を見開いて、驚くが、体勢を立て直す。



 自分の体の周りに即座に薄い膜を張っているようだった。



 それはバリアのような魔法のようで、火球が直撃するも、彼女にこれといった外傷を負わせなかった。



 しかし、ミルザの体力は明らかに消耗していた。


 はぁはぁと息を切らし、杖にもたれかかっている。


 その時、しめた、と大獅子は持ち前の巨体を凄まじい速度で突進させる。


 あんなの食らえばさすがのミルザでも耐えられない。


 俺の手はいつの間にか、腰に据えられた剣を握っていた。



 助けるんだ、そう自分に言い聞かせるが、足が動かない。



 俺ごときが行って何になる?



 結局彼女の足を引っ張るだけ引っ張って、更には俺は即死するのが関の山だろう。


 しかし、ミルザは突進してくる大獅子を見てニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。


 その瞬間、大獅子の足元が赤く光り、破裂した。



 それはついに大獅子に直撃し、まともに攻撃をくらった大獅子は「ぐぉぉ!」と叫び声をあげ、怯む。


 大獅子はその場にへたり込む。


 しかし、ミルザも限界だ。


 たまらずその場に倒れ込んだ。


 息がきれ、荒だたしくなり、体力も魔力も残りが少なそうに見える。


 先程のトラップ系の魔法でごっそりと魔力が持っていかれたのか。



 恐らく、あれが彼女が今、この狭い洞窟で使える最大威力の魔法だったのだろう。



 彼女だけなら、この洞窟を崩してでも大獅子を屠り、自分も助かるということが出来るだろうが、今は俺がいるためできなかったのだ。



 やはり俺が足でまといなのは自分でもひしひしと痛感する。



 それでも俺は今が好機だと、すぐさまミルザに駆け寄ろうとする。


 ヤツも倒れているし、ミルザももう膝をついている。


 ならばあとはミルザを俺が運んで逃げればこの最悪の状況から脱出できる。


 まさか、彼女が抵抗するわけもない。



 その時だ。



「ぐおぉ……」



 くらくらとゆっくり立ち上がる大獅子の姿が目に入った。



「────っ! まだ動けるのかよ!?」



 あれだけの攻撃を食らってもなお、すぐさま立ち上がった獅子に俺は目を見開き文句を垂れる。



 最初はゆらゆらと力が入っていなかったが、数秒後には臨戦態勢に入れるくらいに動けていた。



 消耗していても、突進くらいはできるのだろう。



 ゆっくりと立ち上がった大獅子は再び、突進しようと構える。



 けれどミルザは立てない。


 魔力を集中させようとしても、直ぐに霧散し魔法の形にならない。


 まさに絶体絶命の状況だった。



「こんなのときに! なんで俺はなんにも出来ないんだよっ!」



 俺はただ立っていることしか出来ない自分が悔しくて仕方がない。



 自分を助けてくれた恩人の1人さえも俺は守れないのか?



 ───無職だから?

 ───スキルがないから?

 ───最弱だから?



 何もかもが足りない。

 覚悟も、力も、勇気も。


 今俺に出来ることは本当に、目の前に広がるであろう悲惨な光景をながめることなのか?



 ───いや、そんなこと今は関係ない!



 ミルザはこんな俺を信じてくれた。



 非力で、弱虫な、こんな俺を自らの命をかけてまでだ。



 そんな人をどうして放っておける。



 考えろ、この万事休すな状況を打開できる、最高で最良の選択を。


 最悪、俺の命が犠牲になってでも、それで済めば儲けものだ。



 俺はなんとしてでも助けたいと強く願う。



 こんな非力でも、必死に足掻け。



 何か、何か、何かっ─────!



 その時、聞き覚えのある声が頭に響いた。



『条件の達成を確認。 新スキル【身体能力倍増】を取得可能です。 取得しますか?』



 止まった時間の中で、再びあの不思議な声が呼びかけた。






ついに主人公に新たなスキルが!?

明日投稿予定の第18話もぜひお楽しみに。

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