第14話 温もり
第4章開幕です!!
冷たい水の底を漂っていた。
どれくらいの時間だっただろうか。
長い長い夢を見ていた。
ひどい悪夢を。
しかし突然、深い闇から、引き上げられるような感覚があった。
なんだろう、とてもあたたかい。
あんなに冷え切っていた俺の体が今は芯に熱を取り戻している。
確か、俺は濁流に落ちて─────
「………うぐぅ」
不意に意識が覚醒する。
ゆっくりと目を開ける。
視界に入ったのは、薄暗い石壁の部屋だった。
体の痛みが薄らいでいる、それにとてもあたたかい。
息ができる、全身に血が巡る。
「───はっ!」
俺は久方ぶりの呼吸に思わず声を上げた。
「はぁはぁ……」
息が荒々しい、まだ正常に呼吸することを肺が忘れているようだ。
「こ、ここは……?」
俺は痛みに悶えながらも、無理に体を起こし、辺りを見渡した。
背中に広がる感触は、少し固めのベッドだろうか。
その事で自分は誰かに助けられたのだと理解した。
だが、一体誰がなんのためにこんな所へ。
そう目を見開いて、疑念を募らせていた時。
「あら、起きたようね。 体の方は大丈夫かい?」
女性の声がした。
おそらく俺を介抱してくれた人だろう。
声の主の方を見やると、そこには、年配じみた口調からイメージしていた姿形よりも相当若々しい女性がいた。
艶やかな黒髪を腰の高さまで伸ばし、そこから強調される白くつやのある肌。
覗き込む大きな黒瞳は、圧倒的な美貌の象徴だろう。
白いローブに、大きな杖を身につけるその姿は、まるでRPGに出てきそうな大魔術師のようだ。
「どうしたんだい? そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
心配そうな口調でこちらへ近づく。
別に俺は怖がってなんて────。
しかし、体は正直だった。
俺は無意識に怯えていた。
体の震えが止まらない。
もう、体はとうに暖かくなっており、傷もほとんどが癒えているはずなのに、どうしてもこの震えが止まらない。
この人は俺を助けてくれた人だぞ。
俺は自分に言い聞かせる。
それでも収まらない、怖い、他人が。
座りながらあとずさる、距離を取ろうとする。
「やっぱり、なのさね」
不憫そうにこちらを見て、溜息をつくと、そう呟いた。
彼女の漏らした吐息はとても痛々しそうに見えた。
「あの、これは──。 俺はそんなつもりじゃ……」
本当はあなたを怖がっていないんだ、ただ体が勝手に怯えてるんだ。
俺はそう伝えたかった、けれど、上手く言葉にならず、体の怯えは止まないままだ。
こんな、見ず知らずの、それも死にかけの俺なんかのことを、助けてくれたことにいますぐにでも感謝したい、けれどそんな簡単なことが、どうしてもできない。
しかし彼女は怒るどころかさらに穏やかな表情を浮かべて。
「分かってるさね、あなたは何も悪くない。 私は絶対に怒ったりしないし、あなたを傷つけたりしないよ」
彼女はまるで俺が今までどんな目にあってきたのかを知っているような口調で、表情で言ってきた。
俺は訝しげな面持ちになるのが自分でも分かる。
なぜ知っているような言い方をする?
そもそも、なぜ俺を助けた?
分からない、何もかも分からない。
彼女の意図はなんだ?
何がやりたくて、こんな無能の俺を助ける?
ただのお人好しなら有難いが、どんな裏を腹にしくんでいるか分からない。
信用出来ない。
俺は彼女に対してさらに怪訝な表情で、辛辣な視線をおくる。
それでも彼女は、嫌な顔を一切せず、俺を切り捨てようともしない。
あとでいたぶろうなんて思ってるんだったら、早くやってくれよ。
俺が少しでも信頼してしまう前に。
そう内心でつぶやく中、彼女は先ほどよりもさらに寂しそうに吐息をこぼす。
これがもし演技ならハリウッド級だろう。
しかし、そんな考えは次の彼女の言動で吹き飛ぶ。
「まだ、信じてはくれないんだろうね。 それでも私はあなたを分かっているつもりさね。 もし不愉快だったら今すぐ私にその腰の剣を突き立てても構わないさ。 絶対に抵抗しないと誓おう」
そう言って両手をばっ、と広げて、持っていた武器となりうる杖も地に落とす。
そして完全に無防備となり、あとは剣で突き刺すだけという状態になっている。
見たところ、どこかに武器を隠している様子も、魔法を放つ準備をしている様子もない。
もし何かあっても、この距離なら俺でも彼女を確実に殺せるだろう。
俺は無意識に腰の剣に手が伸びる。
「なん、で、そこまでできる? そこまでするのになんの意味が? 見ず知らずのやつにこんな簡単に殺されるんだぞ?」
俺は問いかけた、なぜこんな俺に命までかけられるのか。
すると彼女はにっこりと笑顔になって。
「心配してくれてありがとうね。 でも私はあなたを信じているさね。 そしてあなたに私を信じてもらうにはこのくらいしないとだめだって思ったのさ」
その言葉を聞いて、俺の手は剣から離れる。
もう既にどこかで思ってしまった。
この人なら大丈夫ではないか、と。
だって、こんな俺に信用されるために命をはった。
彼女は信じていた、俺が絶対に自分を殺すことはしない人間だと。
そんな人をどうして傷つけることなんかできる?
俺も彼女を信じたくなるのはどこか間違っているのだろうか。
「なんで……こんな、俺なんかのために、命をはってくれるんだよぉ……」
俺は今にも泣きだしそうだった。
いや、もう瞳にはたくさんの涙を溜め込んでいたのだ。
剣から離した手で、涙を堪えるかのように俯き、胸ぐらを掴む。
すると、あたたかな感触が体全部を包み込んだ。
初めて、誰かに抱きしめられた。
それはとても暖かく、心地がいい。
「きっと辛かったろうさね」
「だっ、て、俺は、無能で、邪魔者だから、しかた、なかった」
「悔しかったね」
「誰も、信じてくれない、俺は何もしてない、のにっ……」
「分かってる」
「みんな、あの目で、あの白い目で俺を、見るんだ。 誰もちゃんと、見てくれない……」
「私は見てる」
「痛かった、辛かった、悔しかった。 でも……信じたかった……」
俺は弱々しく呟く。
胸の内にたまっていた色んなものを吐き出すように。
「もう────我慢しなくていいんだよ」
彼女が耳元で優しく囁いた。
その瞬間、まるでつっかえていた何かが流れて行ったように。
まるで糸が切れたかのように、俺の中で何かが弾ける。
「俺、なんか、がぁ……しんじて、もらっても、いいの……?」
今にも爆発寸前なくらい俺の真っ赤な瞳にはたくさんの雫が溢れ出し、鼻水が滝のように流れそうになる。
「私はユウくんを、信じてる」
俺は、赤子のようにわんわんと泣いた。
涙が枯れるまで、力尽きるまで泣き尽くした。
貯めてきた全ての憂いを、嘆きを、悔恨を、全ての感情を涙に返して、この場に泣き落とす。
彼女のローブが涙と鼻水で汚れていくのもお構い無しだ。
彼女はそんな俺を優しい目で見つめ、頭を優しく撫でる。
涙が地を濡らしていくたびに、磨耗していた心が甘やかにほぐれていく。
(あぁ、これだ、この温もりだ。 ずっと欲しかった。 誰かを信じるってこんなに心地がいいんだなぁ)
俺はそのまま体力がつきるまで泣き続け、やがて優しい睡魔に襲われる。
その時見た夢は、とても心地よかったように思える。
最近1日1話しか出せていませんが、休日は2、3話投稿していこうと思っています。
引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。
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