第178話 陽炎と汗
投稿遅れてすみません!
ルナがSクラスに入ってから1週間が経つ頃には、彼女もすっかりクラスに馴染んでいた。
ルナに対する違和感と懐疑心もすでに解消済み。
入学してから、カーロ村出身の元クラスメイトとのいざこざやら、学内序列戦やら、レイシアのこと、ルナのこと、いろんなことがあった。
そして様々なことが一応の解決を迎えた今、また新たな悩みを俺は抱えていた───
「……好みのタイプ?」
「う、うん…。 何か、ないのかい?」
レイシアの唐突な質問に俺は頭を悩ませていた。
◆
───その日は珍しく、俺とレイシアの2人だけだった。
エルフィアとラフィーはレミエルの提案で、ニーナやルナも含めて5人で買い物に行くと言っていた。
2人に日常エリアの方を案内するらしい。
学園の1部とはいえかなり広いしな。
それに、たまには女性陣だけで行きたいところもあるのだろう。
ちなみにシルバはローク達と出かけている。
なんかいつの間にか、めちゃくちゃ仲良くなってるんだよなぁあいつら。
俺も誘われたが、今日はもともと鍛錬でもしようと思っていたから断った。
そして、俺は一人多目的エリアに来ていたのだが……
「あれ、ユウ? き、奇遇だね」
耳馴染みのある声に振り返ると、レイシアの姿があった。
暑さのせいか、既に額に少し汗が浮かんでいる。
「おぉ、レイシアも鍛錬か?」
「う、うん。 そんなところ。 ユウも?」
「あぁ、シルバ達に出かけようって誘われたんだけど、なんとなく今日は体動かしたくてさ」
そう答えると、レイシアの表情がどこかほっとしたように見えた。
「じゃあ久々に2人でやるか?」
「え、ほんとかい!? やった!」
「お、おぉ、妙にやる気満々だな。 まぁいいことだけど」
俺の提案に、レイシアは花が咲いたように喜んだ。
まさか、ここまでやる気が溢れているとは思わずやや気遅れした。
「よし、じゃあまずはストレッチからだな」
「ストレッチだね。 ボク、あれからちゃんと毎朝続けてるんだよ」
「お、偉いな。 そんじゃあその成果を見せてもらおうかな」
「あぁもちろん。 見て驚かないでよね?」
そうして、あの特別推薦試験の日以来、久しぶりに俺とレイシアの2人でストレッチをすることになった。
それを終えた後は、筋トレ、そして体術と剣術の鍛錬をした。
レイシアも俺の見よう見まねで頑張っていた。
流石に途中でリタイアしていたが。
「おつかれ、レイシア。 ほれ」
「あ、ありがとう」
息のあがったレイシアに、タオルと飲み物を渡すと、彼女は少し顔を赤くしてそれを受け取った。
俺も同じベンチに腰掛けて、水を飲む。
「無理して俺と同じメニューにしなくてもいいんじゃないか? 自分で言うのもなんだけど結構きついだろ」
俺は剣と格闘で戦う近接タイプ、対してレイシアは魔法とスキルを基本に戦う遠距離タイプ。
もちろん体力があるに越したことはないが、レイシアに必要とも思えない。
一緒にしてくれるのは楽しいし嬉しいけど、それでレイシアが怪我でもしてしまっては責任がとれない。
そんな懸念を過ぎらせていると、
「……せっかく、一緒にいるんだし、ユウと同じことがしたいよ」
レイシアは俺の手渡したボトルをきゅっと握りながら、心做しか少し切なそうに微笑んでそう言った。
そんな彼女を見て、不粋なことを言ってしまったと気づいた。
「そっか、せっかく2人でやってるんだもんな。 ごめん、レイシア。 俺の考えが至らなかった」
「いやいや、そんな謝らないでよ。 ユウがボクを心配して言ってくれたことなのは分かってるから」
「だけど……」
慌てて陳謝した俺にレイシアは恐縮そうに苦笑いすると、なぜかそわそわと体を波打たせて「じゃあ、さ」と恥ずかしげに付け加える。
「代わりに、ひとつ教えて欲しいことがあるんだ」
「お、おう。 なんでもいいぞ」
胸を張ってそう返すと、レイシアはぽっと頬を紅潮させて、心做しかいつもより色のいい唇を震わせた。
「……ユウが好む、女性のタイプを教えてくれないか?」
「……??」
予想外の質問に、俺は一瞬何を聞かれたのか理解しきれず思わず放心した。
てっきり、鍛錬についての質問でもくるのかと思ったが、まさかそういう色話だとは予想外だった。
レイシアがあまりそういうことを他人と話さなそうだと勝手に思っていたところもある。
なんでそんなことを聞いてきたのか、などという当たり前の疑問は、この時は驚きすぎて浮かばなかった。
「好みのタイプ?」
「う、うん……。 何かないのかい?」
「んー、そうだな……。 そういえば、考えたこともなかったな」
実際、前世からそういう色恋の話は俺には無縁の世界だった。
周りの人達がそういう話をしているのは何度か耳にしたが、気にとめたことはなかった。
「た、例えばさ。 好きな髪型とか、性格とか、服装とかでもなんでもいいよ!」
好きな髪型か。 正直似合っていればなんでもいいと思うけど、そういう答えを求めてるんじゃないもんな。
少し考えてみると、ふと思いついた髪型があった。
「髪型だったら、こう、頭の後ろで、耳の高さくらいでちょっとだけまとめてるやつとか? あれなんて言うのか分からないんだけど」
興味津々といった様子のレイシアに、自分の髪を使って説明すると、彼女は「あぁ」と納得したように掌を打った。
「もしかして、ハーフアップのことかな? ほら、こういうの」
レイシアが自前のポニーテールを解いて、自分の髪で実演をして見せると、それがまさに俺の想像していた髪型だった。
「そうそう、それ!」
「お、当たりだったみたいだね。 ───ハーフアップか、なるほどなるほど……」
後半はボソボソと呟いていて、よく聞き取れなかったが、レイシアが実演して見せてくれたそのハーフアップが、ミルザさんのしていた髪型だということをちょうど思い出した。
「他には他には? 髪型以外で」
「他か……、なんだろう」
何を考えても、一般論的な考えしか出てこない。
服装に関しては、種類が多すぎるし複雑だから正直これといった答えがでない。
性格にしたって、考えたこともなかったし、考えてもなかなか思い当たるところがない。
目をキラキラとさせて今か今かと待っているレイシアを見ると何か答えてあげたいとは思うのだが───
「……一生懸命な人、かな」
頭を悩ませているうちにふと口からこぼれ落ちた。
「───例えば、本当は人に見られることが苦手なのに、それでも誰かのために、それを顧みず声を上げることができる人とか」
考えてみればシンプルだった。
本当は気づいていた。
好みのタイプを聞かれた時から───いや、それよりももっと前からずっと、頭の片隅にいる彼女の存在に。
とっくの前から、分かっていたんだから。
「……」
「って、分かりずらすぎるよな、ごめん。 実はこういう話、今までしたことなかったから慣れてなくてさ」
自分で言っていて急に照れくさくなって、誤魔化すように笑ってそう言った。
「あ、いや。 ボクのほうこそごめん。 急に変な質問しちゃってさ」
レイシアはぶんぶんと横に振る首の前ではたはたと両手を振り、ゆっくりと片方の手を胸元に当てた。
「慣れないのに、ちゃんと答えてくれてありがとう」
その時浮かんだ彼女の微笑みは、どこか満足げで、そしてどこか悲しげに見えた。
「あ、水無くなった。 ちょっと入れてくるわ。 レイシアのも足してくるよ」
何となく気まずくなって、俺はとってつけたような理由で逃げるようにその場を立った。
「ありがとう」というレイシアを背に、なるべく早足にならないように気をつけて、俺は水汲み場へ向かった。
◆
遠くなる彼の背中を見つめるレイシアの視界は、ぼやけていた。
熱くなった瞼から雫が滴る。
拭っても、拭っても、ユウの──大好きな人の背中は揺らいでぼやけたまんまだ。
きっと暑いから、陽炎になっているだけなんだ。
きっと暑いから、汗が止まらないだけなんだ。
レイシアは自分に必死にそう言い聞かせた。
「───無理だよ……」
言い訳を否定するように、震えた声が微かに零れた。
ユウの気持ちに気づいてしまったから。
ユウが今、誰を想っているのか分かってしまったから。
「ユウは……っ…」
言葉にしたい、言葉にして納得したい。
けれどそれは出てこなくて、嗚咽のような鳴き声変わる。
けれど言葉にしなくてはならない。
必死に息を吸って、息を吐いた。
そしてようやく、それは彼女の口から言葉に成る。
「ユウは……エルフィアが好きなんだね」
レイシアは涙を溢れさせながら、ふっと微笑んだ。
「よく我慢したなぁ、ボク……」
顔を両手で覆い、かがみながらレイシアは自分に賛辞を送った。
ユウの前では決して泣かなかった自分に。
ひとしきり泣くと、レイシアは唐突に頬を両手でぱんっと叩いた。
「よし!」
目尻を赤くしたまま、彼女はまっすぐ前を向いた。
「切り替えろ! 諦めるもんか」
両拳をぐっと握りしめ、空を見上げる。
「こんな諦めの悪い女にしたことを、後悔させてあげるよ」
眩しい笑顔で、強気にそう言った。
燦然たる日差しが、レイシアの顔を照らした。
◆
「レイシアたん、今頃、うまくいっとるやろうか……」
レミエルはエルフィア達とショッピングをしながら、ふと空を見上げ、レイシアのことを考えていた。




