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第177話 見えないからこそ見えるもの

 

「すごかったなァ、ルナ」


 基礎体術の講義が終わった後、休息時間中にシルバが目を見張って言った。

「いえいえ」と謙遜していたルナの下に、先程の対戦相手となった女子生徒が訊ねて来た。

 確か名前は、エリス・ファーネルソン。


「あの…ルナさん。 先程は対戦ありがとうございました。 完敗でした」


「いえ、こちらこそありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げる女子生徒に、ルナも礼儀正しくお辞儀で返した。

 そんな彼女に女子生徒は「それで、あの……」恐縮そうにしながら続けて言った。


「すごく失礼な質問なのは分かっているんですけど、ルナさんはどうして、私の攻撃を避けられたんですか?」


「……」


「盲目ということは聞いています。 足技を使ってはいけないというハンデもありました。 だけど、その……見えてなかったらあんな動きはできないと思うんです」


 彼女の言い分は最もだ。

 先程の実技訓練、相手は近接戦闘型のスタイルではなかったとは言え、Sクラスの優等生。

 基礎に忠実な身のこなしをしていた。

 それでもなお、彼女の攻撃をすべて受け流すか躱していたルナ。

 見えていなければ到底なし得ないことをして見せた。

 相手になった女子生徒は誰よりそれを痛感していたに違いない。


「ごめんなさい! ルナさんの気持ちを考えたらこんなこと聞くべきではないんですけど……どうしても気になってしまって」


 一生懸命に平身低頭する彼女に、ルナは「エリスさん」と彼女の名前を呼んで優しく微笑んだ。


「どうか謝らないでください」


「でも……」


 顔を上げたエリスの肩にルナは探るようにそっと手を伸ばして触れる。

 その様子からしても目が見えていないことは確かなように思える。


「私は全然気にしていません。 エリスさんが、私を気遣って、思いやりをもって接してくれていることはとてもよく伝わりました。 なのでどうか、エリスさんも気にしないでください」


「ルナさん……」


 感服するように、彼女のその穏やかな表情をエリスは目を丸くして恍惚と見つめた。

 そんなエリスに続いてシルバが腰に手を当て、頬をかきながら言った。


「すまねェ、ルナ。 オレも同じように思ってた。 別に疑っている訳じゃないんだが、とても見えてないとは思えない動きだった」


 シルバは天職的にも近接特化の戦闘スタイル。

 その視点から見ても、ルナの動きは常軌を逸していたのだろう。

 普通の人間には見えていない何かが、彼女には見えているような、俺にはそんな気がして、思わずシルバに続いて口が開いた。


「……なぁ、ルナ。 君には一体、何が見えてるんだ?」


 身も蓋もない言い方だったことは自覚している。

 だけどどうしても気になった。

 疑念があるということもあるが、何よりその強さの秘訣を知りたいと思った。


 するとルナは少しだけ困ったように微笑んで、


「信じて貰えるかは分からないんですけど……」


 そう前置き、一瞬迷うように俯くと、1拍開けて顔を上げて言った。


「私には、人の色が見えるんです」


「人の色?」


「はい。 ぼんやりと、まるでもやのように、そこにいる人の気配みたいなものが、なぜかいろんな色で見えるんです。 そして、その色で、その人がどんな性格なのか、何を考えているのか、今どういう感情でどういう表情なのか、なんとなくですが、分かるんです」


 ルナの告白にその場にいた全員が呆然と目を見開いた。

 信じられないと言うよりは咢きの方が強いように見える。


「えっと、それじゃあ、見えてないけど、その色の場所で私がどこにいるかととかも分かるんですか?」


「そうですね。 なんと言いいますか、エリスさんの方に意識を向けると、ぼんやりと色が見えてきて、どこに立っているのかとかも、漠然とですが分かる、みたいな感じでしょうか。 ちょっと言葉にすると難しいんですけど」


 すぐに気を取り直し、興味津々といった様子で訊いたエリスに、ルナは一瞬少し考える素振りを見せてそう答えた。

 しかしながら、ルナはどこか不安げな面持ちを浮かべている。

 きっと、信じて貰えないと思っているのだろう。

 だが、そんな懸念を一蹴するがごとく、エリスは目をキラキラとさせて叫ぶように言った。


「すごい! そんなことができるんですね!」


「え?」


 そんなエリスの想像していなかった態度に、ルナはぽかんと口を開けた。


「信じてくれるのですか?」


「当たり前じゃないですか!」


「当然、オレも信じるぜ? あんなすげェ動き見せられちゃァな。 納得がいったぜ」


 ぐっと体を寄せ、ルナの手を握るエリスにシルバも強く賛同する。


「…ありがとうございます」


 2人の言葉に深く頭を下げて万謝するルナにシルバが付け加えて言った。


「ちなみに、オレはどんな色に見えるとか、聞いてもいいか?」


「んー、そうですね……シルバさんは、なんだか赤っぽい色ですね。 素直で、熱い人柄なのでしょう」


「おォ、ほんとか。 なんか照れるなァ」


 ルナの回答にシルバはそう言いつつも満足気に鼻を鳴らした。


「あの、私はどうでしょう?」


「エリスさんは、そうですね……水色でしょうか。 知的で優しい感じがしますね」


「ほんとですか、えへへ」


 エリスは照れくさそうに頬を緩ませた。


「あの! 良かったら私も」

「俺も俺もー!」


 エリスに返したところを皮切りに、ルナの周りには、自分の色も見て欲しいと着々生徒が集まりだした。

 みんな占いのような感覚で捉えているのだろう。

 ルナは少し驚いた表情を見せつつも、どこか嬉しげだった。


 しかし、色が見える、か。

 確かに、盲目の人は目が見えないからこそ、視覚の代わりに聴覚や嗅覚なんか、他の感覚が鋭くなったりすることは良く耳にする。

 ルナの場合は、それが第六感的な感覚として人のことを色で認識できるようになったのかもしれないな。

 まさに、見えないからこそ見えるものがあるのだろう。


 それからというもの、午後の講義の休憩時間と、ホームールームの終了後もルナの周りには人だかりと順番待ちの列ができていた。

 ラフィーも見て欲しかったのか「あたしも」と言ってちゃっかり列に並んでいた。

 ラフィーそういうの好きそうだしな。


 しばらくして漸く人の波が落ち着いたところで、俺とエルフィアもルナのところへ寄った。


「ようやく、落ち着いたみたいだな。 疲れたろ」


 だいぶ疲労が溜まっていそうだったルナにお茶の入った水筒を空いている手の中にそっと置く。

 すると彼女も、差し入れられたことに気が付き「ありがとうございます」と言って、一口つけた。


「大丈夫?」


「えぇ、さすがに少し疲れましたが、平気ですよ。 私も楽しかったですし」


 心配そうに聞くエルフィアに、ルナは柔和な面持ちでそう返した。


「そうです。 実はその事で、おふたりに謝りたかったことがあったんです」


 何かふと思い出したようにそう言う彼女に、俺とエルフィアはなんのことやらと首を傾げた。


「おふたりに、変に視線を向けてしまったかもしれないんです。 もし不快な思いをさせてしまっていたら本当に申し訳ありません」


「視線……そういえば確かに、ルナになんかすごい見られてるような気もしたな」


「確かに、私もそんな感じがしたわ」


 言われてみたら、確かに、ルナが教室に入ってきてからなぜか妙に視線を感じていた。

 白杖とレースのアイマスクを見て、すぐに盲目であることは察しがついたが、それにしてはなぜかこちらの方にどこか含んだような視線が向けられていた。

 気のせいかと思っていたが、本人が言うなら間違いないのだろう。

 ルナに対する俺とエルフィアが持っていた違和感の正体は視線だったというわけだ。

 それなら納得がいく。


「気にしないでくれ。 俺もエルフィアも全然嫌だって思ってないしさ。 な?」


「うんうん」


 目配せすると、エルフィアはこくこく頷いた。

 下げられていたルナの顔が上がる。


「でも、どうして俺達のこと見てたんだ?」


 そう訊くとルナは気恥しそうに唇を噤んで、


「……おふたりの色が、あまりにも綺麗で、その……見蕩れてしまったんです」


 その白い頬をうっすらと桃色に染めながら、俺とエルフィアの方を交互に見てそう言った。

 あまりに予想外の答えにぽかんとなる俺達を他所に、ルナは続ける。


「おふたりの色は同じ色で、繋がっていてるんです。 こんなのは初めて見たので、つい目が離せなくて…」


「繋がってる?」


 不思議そうに小首を傾げるエルフィアにルナは「はい」と強く頷いた。


「きっとエルフィアさんとユウさんは、お互いに強く想いあっていて、特別な関係で結びついているのですね!」


「……っ!」


 周りに気を使ったのか、囁くような小声でそう言ったルナの言葉に、エルフィアの顔が真っ赤に染まった。

 正直俺もたぶん今顔が赤い自信がある。

 恥ずかしそうに紅潮するエルフィアの顔を見ると、彼女もまた俺の方に向こうとしていた。

 目が合うと余計に体の真ん中が熱くなって脈打ち出す。


「あ、ご、ごめんなさい! 私ったら、つい興奮してしまって。 困らせてしまいましたよね……」


 なんと言ったらいいのか分からず、無言になっていた俺達に気づいたのか、ルナが慌てて謝ってきた。


「いや、別にいいんだけど……」


 なんとなくまだ照れくさくて、俺は無意識に頬をかいた。

 そんな俺の後ろでエルフィアが小さく息を吸った音が聞こた。


「私はその……そう見えているなら、嬉しい」


「え…エルフィア、今なんて?」


「んーん、なんでもないわ」


 俺がそう聞き返すと、エルフィアはぎこちなく笑って手をひらひらと振った。

 そんな俺達の様子を見て微笑ましそうにするルナと、他2名のことにその時の俺は気が付かなった。

 なぜなら、エルフィが言ったことを俺は聴き逃してなどいなかったから。


 ───しかし、その裏で俺は、もっと重要な違和感に気づくことができていなかったのだ。


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