第175話 盲目の新入生
更新遅らせてしまい申し訳ありませんでした!
パトリアで行われた序列戦の打ち上げの後、寮の部屋に戻ってもなお、エルフィアの心臓は一向に鳴り止む気配がなかった。
エルフィアは激しく動悸する胸をぐっと抑えた。
「フィア!? 大丈夫ですか? ずっと様子が変です」
よろめくようにベットに腰掛けたエルフィアに慌ててラフィーが駆け寄った。
白い髪、白い肌とは対照的に真っ赤に染まってしまった柔らかな頬と形の良い耳。
左右色違いの綺麗な瞳は潤んでいて、いまにも雫が零れ落ちそうだった。
『俺は……エルフィアが好きだ』
先程聞いた彼のその言葉が、脳裏に響いて張り付いて離れない。
震える手でラフィーの小さな手をきゅっと掴んだ。
「……大丈夫」
そう一言だけ零して、ほんのりと笑うエルフィアをラフィーは静かに見守るのみだった。
「ねぇ、ラフィー……」
暫しの沈黙の後、エルフィアはひそりと口を開いた。
そして先程の出来事をラフィーに話した。
「……そういうことだったんですね」
聞き終えるとラフィーは瞑目して静かに頷いた。
「私、ユウに避けられてるのかなって思ってた。 序列戦が終わってから、レイシアのこともあったんだろうけど全然話してなかったし、さっきの打ち上げの時もなんだかよそよそしい気がして……」
目を伏せてふつふつと零す。
彼女自身もなんとなく気づいていた。
ユウがどこか自分を避けているのではないかと。
「だから、私のことを好きって想ってくれてるのが分かって今、嬉しくて嬉しくて仕方がない」
真っ赤に染まり、喜悦に緩む顔を隠すかのように、抱え込んだ膝の中に埋めた。
「だけど……」
「───どうしたらいいのか分からないのか分からなくて戸惑っているんですね」
言葉に迷うエルフィアの気持ちを代弁するようにラフィーがそう言うと、こくりと首を縦に振った。
それを見てラフィーはほっと笑みを零す。
「焦る必要はありません。 きっとマスターもどうしていいか分からなくてフィアにたどたどしい態度をとってしまったのだと思います」
「ユウも?」
「はい。 あたしから見てもマスターとフィアはよく似ています。 きっと考えていることも一緒です。 なので、2人のペースでゆっくりと近づいていけばいいんです。 無理に関係性を変えようとしなくてもいいんですよ」
「……ラフィーはなんでも分かっちゃうのね」
安堵したように溜息をついて、エルフィアは表情を柔らかく解いた。
「2人のこと、大好きですから」
ラフィーは軽く首を傾け、満開に咲いた花のようにぱあっと愛らしい笑みを浮かべた。
いつの間にかエルフィアの動悸も収まっていた。
「フィア!」
「ん?」
落ち着いた胸をふわりと撫でていると、ラフィーはそう叫んでエルフィアの胸の中に飛び込んだ。
「良かったですね!」
まるで自分のことのように喜んでくれるラフィーをエルフィアはたまらず抱きしめた。
「うん!」
空色と純白の混じった髪の下には幸福に満ちた2人の花笑みがあった。
◆◆
序列戦の打ち上げから週明けの朝、学生寮のエントランスに出ると、エルフィアとラフィーが先に降りてきていた。
「おはよ。 今日は2人の方が早かったな」
「おはようございます!」
「よォ、今日も朝から元気だなラフィーは」
いつもの調子で明るく挨拶をしたラフィーにシルバが笑う。
「おは、よ ……ユウ」
「お、おう、エルフィア。 おはよ」
何故か照れくさそうに目を逸らすエルフィアがどこか色っぽくて、少しドキッとしつつ俺は挨拶を返した。
顔がちょっと赤いけど熱でもあるんじゃないか。
「エルフィア、もしかして体調でも悪いのか?」
「え? ううん。 全然平気。 ありがと」
エルフィアは平然とした様子でふるふると首を横に振った。
直後「あ」となにかに気づいたような声を漏らして、俺の胸元あたりをじっと見つめていた。
───その時、
「おぉ皆さんお揃いで。 おはようさん」
聞き馴染んだ訛りのある声が朝のエントランスに響き渡った。
相変わらず声がでかくて分かりやすい。
挨拶を返していると、彼女の奥の方から、チリン、とベルのなる音が聞こえてきて、音にやや遅れて扉が開いた。
「やぁ、みんな。 おはよう」
「おはようございます」
レイシアがニーナの乗る車椅子を押して扉の奥から出てきた。
学生寮、及び校舎には、階段を昇り降りすることができない怪我人のために、魔法の施された昇降床が設置されている。
つまるところエレベーターだ。
普通の生徒は使用することができないが、ニーナの用に足の不自由な生徒には使用が許可されている。
そうして、ニーナとレイシアを最後にいつものメンバーでエントランスに合流した。
「あ、ユウ。 ちょっと動かないで」
朝食を取りに食堂へ向かおうとするとレイシアが俺の肩を軽く叩いて、胸元を見ながらそう言った。
なにやらと首を傾げていると、
「タイが曲がっているよ」
可笑しそうに微笑んで俺のネクタイを整えた。
「はい、かっこよくなった」
「あ、あぁ。 ありがとうレイシア」
やや気後れしながらそう感謝すると、彼女はにぱっと可愛らしく笑った。
今までは見ることのなかった柔らかな表情を見て、俺は心の内で安堵した。
しかし、この時の俺は、背後で手を宙に彷徨わせるエルフィアのことに、気づいてあげることができなかった───。
◆◆
7人で朝食をとり終えた後、俺達1年組と、レイシア達2年組は校舎棟の前で別れ、それぞれの教室へと向かった。
ちなみにニーナは年齢的には3年生に当たるが、様々な考慮から特別に2年生、レイシアと同じSクラスに入っている。
「───みんな、おはよう」
ガラガラと前方から扉の開く音が聞こえてくると、1年Sクラスの担任であるアルド・オルフィスが爽やかな声と共に教室へと入ってきた。
同時に担当講師への挨拶が響き渡り、姿勢が伸びる。
入学から2ヶ月ほど経ち、クラス内でも一体感のようなものができ始めていた。
アルドは教卓につくと、持ってきていた出席版を置き、手を卓上に着いた。
「週明けで体もだるいだろうけど、みんな大丈夫かな?」
和やかに微笑んでアルドがそう聞くと、生徒達は何も言わず、威儀の正しい表情で先生の方に目線を集めた。
それをYesの返答と見てアルドは「ありがとう」と満足気に頷く。
これがこのクラスの週明けルーティーン的問答だった。
「さて、これからホームルームをはじめていくんだけど、その前にみんなに紹介したい人がいるんだ」
一呼吸置いてアルドがそう言うと、教室内が少しだけざわつく。
彼は一通り生徒達の席を見やると、自分の入ってきた扉の方に目配せし「入ってきてくれ」と呼びかけた。
扉が再び開くとそこから、見覚えのないの無い女子生徒がゆっくりと入ってきた。
「今回、特別研修生としてこのクラスに配属となった、ルナ・オルヴェールさんだ。 さ、君からも自己紹介して」
教卓の横に着きアルドが軽く名前を紹介し、そう促すと、彼女は「はい」とどこか上品な態度で頷き俺達の方に向き直った。
「はじめまして。 ご紹介に預かりました、ルナ・オルヴェールと申します。 この度は、特別研修生としてこちらのクラスにお招き頂きました」
ショートボブの髪は飲み込まれそうなほど深く綺麗な色のダークヴァイオレット。
それに対して、まるで日を浴びたことのないような白い肌がコントラストを飾る。
きっと誰もが彼女に目を引かれるだろう。
しかしそれは、その端麗な容姿にだけではない。
顔の上半分を覆い隠す、黒のレースアイマスクに、白杖。
それが彼女の異質感と特別感を醸し出す最たる要因だろう。
控えめに言ってもまず普通の学生ではないことは確かだ。
「みなさんも薄々察しているかとは思いますが、わたくしはこのとおり目が見えません」
教室内が少し騒がしくなっていた中、彼女の衝撃の告白に一同さらにざわめきを増した。
しかし「静かに」というアルドの一声で生徒達はいっぺんに静まった。
「驚かせてしまい申し訳ありません。 盲目ではありますが、皆様に迷惑のかからないよう精一杯務めますので、どうか仲良くして頂けますととても嬉しいです。 宜しければどうぞ、気軽にルナとお呼びください」
軽く首を傾げ、ニコッと可憐に微笑む彼女に、今度は違った意味で生徒たちのテンションが上がった。
特に男子。
「おー、よろしくなー!」
「みんなで全力でサポートするからね!」
「ルナちゃん! 楽しくいこうなー!」
「困ったことがあったらなんでもいってねー!」
拍手と共に巻き起こるそんな声声にルナはニコニコと笑いながら「ありがとうございます」とお辞儀をしたり手を振ったりしていた。
俺たちも彼女を拍手で迎えていると、ふとこちらに視線を向けてきた気がした。
それがなんとなくひっかかったが、特に気にはとめなかった。
しかし、この時の俺は知る由もなかったのだ。
彼女の後ろにはとんでもない波乱が待っていることを────。
最後までご拝読ありがとうございます!
ここから13章も動き始めます。
次話も是非楽しみにして頂ければ幸いです!




