第174話 レイシアの想い
「はぁ……今日もくたびれたな……」
結った髪を解いて、ボクは溜息をつきながらベットに身を預けた。
そんなボクの頭をさらりと撫でたのは、車椅子の少女ニーナだった。
「おつかれ、レイシアちゃん」
「ありがとう、ニーナ」
触れられた彼女の小さな手がとても温かくて、ボクはそう言ってニーナに微笑みかけた。
「ようやく、うちのレイシアたんの魅力にみんな気づいたようやなぁ。 全く、気づくんが遅いわ」
「やめてくれ、恥ずかしい……」
ぐふふと自分のことのように嬉しがるレミエルを見てなんとなく照れくさくなって苦笑いした。
グレイ戦が終わってからというもの、レイシアは毎日のようにたくさんの生徒達から声をかけられる。
今までにはなかった視線にも晒され、ボクとしてはかなりしんどいところだ。
もちろん、嬉しくないわけではない。
多くの者が自分を認めてくれている。
それは誇るべきことであり、光栄なことだ。
それは理解しているが、如何せんそういった経験が皆無だった反動で、人との関わり方が疎かになっている。 誰に声をかけられてもたどたどしい応対しかできない。
ユウはそのことに責任を感じているのか、度々レイシアに謝っていたが、彼女にとっては全くもってその必要はなかった。
ユウには本当に助けられた。
抱え込んでいた苦しさ、胸の奥につっかえるもやもや、そのすべてを彼が取り払ってくれた。
ニーナと今、こうしていられるのも全部全部ユウのおかげだ。
彼は何度感謝しても自分は何もしていないと謙遜するけど、彼ほど誰かを思いやれる人間をボクは他に知らない。
だからこそ、ボクは────
「今、ユウのこと考えてたでしょ?」
「!?」
見上げた天井に突如映りこんできたのはニヤニヤと頬を緩ませるニーナの顔だった。
無意識に体がビクンと跳ねる。
焦ったせいで呂律が上手く回らない。
それをまたニーナとレミエルに笑われて余計に恥ずかしかった。
「最近ずっとそんな感じだね」
「わかりやすくて可愛ええよなぁ」
2人は互いに目を合わせて茶化すように言う。
レミエルとニーナが仲良くなってくれたのはすごく嬉しいが、こうして2人してボクのことをいじってくるのはどうかと思う。
じゃあもうボクだって開き直ってやる。
「あぁそうさ! ユウのこと考えてぼーっとしてたさ。 なんなら正直四六時中考えてるし。 悪いかい?」
ばっと上体を起こしそのままの勢いで言った。
かぁ、ほんとに何を言ってるんだボクは、恥ずかしい。
急激に熱くなって来た顔を両手で隠すように覆った。
「ごめんごめん、ちょっと茶化しすぎちゃった」
「あまりに可愛くてついなぁ。 かんにんして」
そう謝りながら2人してボクの頭を撫でた。
「いや、別に怒ったわけじゃないんだ……自分でもおかしいと思ってる。 最近、ユウのことばっかり考えてしまう」
彼は今何を考えているんだろう。
何を食べたんだろう。
笑っているのかな。
誰と話しているのかな。
会いたいな。
声が聞きたいな。
そんなことばかりが頭の中をぐるぐると駆け回っていて、胸はその度に強く脈打って、気づいたらぼーっとしている。
「別におかしいことじゃないわ。 好きなんでしょ、彼のこと」
「好きだよ」
その言葉は迷うことなく飛び出した。
ニーナが微笑んだ。
「じゃあいいじゃない。 レイシアちゃんは、レイシアちゃんがしたいようにすればいいと思うよ」
「ボクのしたいように?」
「そう。 レイシアちゃんはどうしたいの?」
「ボクは……」
ボクがどうしたい、か。
膨れ続けるユウへの想いが先走って、戸惑って、そこまで考えてはいなかった。
実際にボクはどうしたい、彼とどうなりたいのか。
そう考えてみたら、答えはとてもシンプルだ。
なぜか彼に対する気持ちはすんなりと言葉になる。
これまでのボクならきっと、迷って、戸惑い続けて、結局なにも言葉にできず、なにも行動を起こせず、ただ1人で抱えて終わっていたに違いない。
だけど今は、言葉にしないと、行動しないと、気持ちに向き合わないと、絶対に後悔することを知っている。
「ボクは、ユウの彼女になりたいよ」
そう言うと、ニーナとレミエルは少し驚いたように目を丸くしながら、その頬をほのかに赤らめていた。
「ごめんなさい、自分から聞いておいてなんだけど、まさかそんな風にすんなりと返ってくるとは思わなかったわ」
「いやはや、うちもさすがに驚いてもぉたわ」
2人の反応を見て、最初はなぜそういう反応をするのか分からなかったが、すぐに自分が放った言葉の含羞に気がついた。
「っっっ……!!」
体中の熱が一気に顔へと登る。
顔から火が出そうだ。
今絶対真っ赤なんだけど。
あまりの恥ずかしさにどうにも体がうずうずとして、ボクはベットの上をのたうち回った。
2人の行き場を失った手と、困った顔がちらりと視界に映った。
少し深呼吸をしてみると、次第に落ち着きも取り戻してきて、ボクは改めて自分の言葉が恥ずかしながらも本心だということを自覚した。
ひとつため息を落とした。
「もう、後悔したくないんだ」
抱え込んで、うじうじして、何もしないまま、何もできないまま終わるなんて御免だ。
ユウへの気持ちはもう隠すこともできないし、きっともう止められない。
そんな気がした。
だけどそれで良い。
その方が絶対に後悔しないから。
ボクにできることは全部全部やってやる。
そんな決意をしていると、
「いいじゃんいいじゃん! 私、応援するよ!」
目を輝かせながらニーナが興奮気味に言った。
「ありがとう、ニーナ」
車椅子からベットに飛び込んできたニーナを受け止める。
「レイシアたん、変わったね」
そんなボクを柔和な微笑で眺めてレミエルが零した。
「あはは、ボクもそう思うよ」
くすりと返すとレミエルは満足気に眉を上げて、
「もちろんうちも、レイシアたんのこと全力で応援するで!」
そう言って僕ら目掛けてダイブした。




