第173話 恋バナ? メンズトーク編
更新おやすみしており申し訳ありませんでした!
今話からついに13章突入です。
是非楽しんで頂ければ幸いです!
レイシア対グレイの模擬戦が終わってからはや1週間、そろそろ夏の匂いが鼻腔をくすぐる頃である。
うだるような暑さが近いことはひりつく皮膚が教えてくれる。
もう夜も暑い。
「いやァ、いっぺんに暑くなったなァおい」
シャワー室から、首にタオルをかけたパンイチ男がうちわを仰ぎながら満足げな表情で出てきた。
一日の汗を流したようで、その愚痴とも思える発言とは裏腹に大変気分が良さそうだ。
「そうだな」
俺はシルバに向き直り、窓際に背をかけながら短く応えた。
2人してシャワー上がりの火照った身体に夜風を浴びせる。
「にしてもレイシア、今日も大変そうだったなァ」
「あれに関しては正直俺も申し訳ないと思ってるよ」
にししと思い出すように笑いながらジュースを飲むシルバに、俺もまた日中のことを思い出して、申し訳なさを抱くとともに苦笑した。
先日の模擬戦にレイシアが勝利してからというもの、この1週間、学園内ではすっかり彼女の話題でもちきりだった。
これまで彼女が歴代最年少で序列1位に君臨すると言う偉業を成していながら生徒達の話題にならなかったのは、彼女が無意識に使い続けていたとあるスキルによるものだった。
────認識阻害。
レイシアはこれまで他人と関わることに怯え、避けてきた。
その中でいつのまにか無意識的にスキルを発動していたと、俺とアルドは考えていた。
実際彼女のスキル欄にも『認識阻害』はあった。
レミエルや俺達にその効果がなかったのは、彼女が少なからず俺達に対しては心を開いていてくれたからだろう。
しかし、ニーナとの再会と、グレイ戦で自信をつけたことで、その呪縛とも言える無意識的スキル発動は鳴りを潜めた。
その結果、これまで一切話題にならなかったことによる反動のように、学内、生徒の間では爆発的な注目を受けることになった。
当然、その強さに加え、端麗な容姿もその火付け役となった要因であることは生徒達の声からも明らかだ。
今や学園のアイドル的存在になっている。
廊下を歩けば誰もがレイシアに熱い視線を集め、崇敬の念を示し、お近付きになろうと声をかける者も少なくない。
しかし、レイシア自身、多くの視線に晒されることは今までから考えれば想像もしていなかっただろう。
1週間経って、少しは慣れてきたようにも思えるが、まだたどたどしさは残っている。
だから俺はまだ彼女にしたことに対する迷いが拭いきれてはいなかった。
もう済んでしまったことだというのに。
「本当にこれでよかったのかな……」
「今更だろォ? それに、オレは今の方がよほど健全というか、自然だと思うぜ?」
ついぼそっと零した俺にシルバはケロッとひた表情で返した。
「それに、ユウも気づいてんだろ? この1週間を見てても、明らかにレイシアの表情が柔らかくなってる」
窓の縁に腰かける俺の横に並んできて、シルバがガシッと肩を組んできてそう言った。
「シルバ……」
彼の屈託のない笑みが、胸の奥につっかえていたもやみたいなものを、ふっと払ってれた気がした。
「ただまァ、ちーとばかし厄介なことになりそうな予感もするがなァ」
「ん? なんて?」
小声で何かを呟いたような気がして訊ねるとシルバは「いいや」と心做しか少し呆れたように微笑んで組んでいた肩を外した。
「それよかよォ、そろそろ詳しいこと聞かせろよな?」
「え、なに?」
「何ってお前、エルフィアのことに決まってんだろうが。 忘れたとは言わせねェぞ?」
「──っ!」
その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた。
夜風にあてられた顔が再び火照る。
「ほいで、あれから進展はあったのかよ?」
「……特には…」
「かァ、だと思ったぜ」
シルバは予想通りと言わんばかりに頭を抱えた。
もちろん、俺だって分かっている。
このままじゃだめなことくらい。
ちゃんと向き合わないといけないことだって。
無意識に拳に力が入る。
するとその時、シルバがなにやらニヤッと笑いだした。
「がはは、だが心配するなユウ。 そうだろうと思って、心強い助っ人を用意しておいたぜ!」
「……助っ人?」
「そろそろのはすだが……」
シルバがそんなことを呟きながら扉の方を見やると、同時にコンコンとノックされる音が静かに響いた。
「お、ナイスタイミング。 入ってくれやァ」
俺が呆然とするままシルバのそんな承諾の声とともに扉がガチャリと開く。
「お、お前らは……」
俺は部屋に入ってくる予想外の人物達見て目を見張った。
「や、やぁ。 こんばんは、ユウ」
「おっす……」
ジャージに身を包んだ見覚えの強い男2人組。
「ローク、それにシーク……」
気まずそうに目線を泳がせる2人の名を零した。
メルクとの模擬戦の後の謝罪の一件があって以来、ローク達との関係性はそこまで悪くなかったように思う。
修復したとまではいかないが、俺も彼らに対してはもう思うところもないし、謝罪も受け入れた。
ぎこちなくはあるが、普通に挨拶くらいは交わすし、時々話すこともあるにはあった。
しかし、まさか部屋に訪問してくる日がこようとは思ってもみなかった。
なんとなく気まずい空気が部屋に立ち込める。
「おいシルバ。 助っ人ってまさか?」
「あァ。 オレが呼んだ」
シルバに耳打ちで伝えると、彼は親指を立てドヤ顔でそう言った。
正直頭が痛い。
「えっとー、ユウ。 大丈夫かい?」
「ん?」
気まずさに緊張した空気を断ち切ろうとしたのか、ロークが小さな微笑みを繕って聞いてきた。
そこにシークが補足するように続いた。
「俺ら、シルバからユウがピンチだって聞いてさ。 なんか困ってることがあるんかなって」
「お前ら……」
2人の表情からしても、本気で俺の事を心配してくれているのが分かる。
そういえば、アーサとの序列戦の時、エルフィア達以外の声も聞こえた気がするが、きっとローク達の声だったんだろう。
2人も変わろうとしているんだ。
「そっか……。 とりあえずそんなとこいないで、ほら入れよ」
扉の前に固まるロークとシークに俺は若干の照れくささを感じつつそう呼びかけた。
俺も正直言うとまだ気まずいところがあるし、シルバやレイシアと同じように接することはできない。
けれど、彼らともまたちゃんと逃げずに真っ直ぐ向き合わなければならない、そう思った。
「よォし、これでメンバーも揃ったということだし、やるか!」
2人も腰を降ろしリラックスしたところで、パンっと手を叩いて突拍子もなくそう言ったシルバに彼らは首を傾げた。
俺は嫌な予感に背筋を震わせた。
「男だけの恋愛相談会さ」
「「ん?」」
「はぁ……」
頭痛い。 額を抑えながら俺は溜息を吐いた。
2人がもうぽかんとしちゃってるじゃんか。
「え、えっとつまり。 ユウがピンチって言うのは……」
「恋愛相談がしたかったってことか?」
「そういうこと。 ちょっとこの不器用朴念仁に恋愛のいろはを手ほどきしてやってはくれねェか?」
「言い過ぎじゃない?」
シルバの辛辣な言葉に思わず嘆きの突っ込みを入れた。
すると少しだけ張り詰めていた緊張感がほのかな笑いによって和やかに霧散していった気がした。
「それで、ユウは今恋愛で悩んでるって認識で合ってるのかな?」
「……うん」
ロークの質問に小さく頷いた。
想像以上に恥ずいなこれ。
「お相手は……たぶん、ハーミットさんだよな?」
「やっぱ分かるもんなの?」
誰からも見透かされているような気がしてシークにそう訊くと彼は「まぁ」と頬をかいた。
「序列戦を見たらなぁ、あれで惚れない男はいないっしょ」
その言葉にその場の男たちは満場一致という様子で首を縦に振っていた。
シークが言っているのは序列戦での対アーサ戦でのことだろう。
もちろんあれがすべてでは無いが、あの一件が俺の気持ちを明確にしたのは間違いなかった。
「それで、何に悩んでるんだい? もし良かったら話して貰えないかな」
ロークのその言葉に、俺はやや躊躇いつつも今抱えているエルフィアについての悩みをすべて話した。
話すと少し楽になった気がした。
「なるほどねぇ。 ユウ、お前ほんとに恋愛したことないんだな……」
シークが驚くように言った。
「そ、そういうシークは彼女とかいるのかよ?」
なんとなく癪に触ってそう切り返すと彼は「いるよ」と何の気なしに応えた。
「まじか! いるのか」
「おいおい、オレにもそこんとこ詳しく」
俺とシルバは前のめりにシークに聞き寄った。
「あ、いや。 今日は俺の話をしにきたんじゃ───」
「「いいから!」」
「わ、分かったって」
食い気味の俺達についに断念し、気恥しそうにしながらも彼女のことや付き合うことになった経緯を話してくれた。
シークの彼女の名前はセリナ・ミストラード。
あの謝罪の時にも一緒にいたカーロ村出身の子だ。
こっちの世界に転生する前は幼馴染だったらしく、ミシェド学園に入学して中等部の頃から付き合っているらしい。
「幼馴染かァ、あついな。 ほんでほんで、どこまでいってるんだよ」
「どこまでって……んー、まぁ一応、全部だな」
シルバの追求にシークは呆れながらも顔を赤くしてそう応えた。
「ぜ、全部!?」
「おォ、やるじゃねェか」
驚愕の事実に目を剥く俺を他所にシルバは感心の息を零す。
しかしどうやらロークもそこまでは聞いたことがなかったらしく驚いている様子だった。
なんだか無性に悔しくなった。
「てか、俺ばっかり話してるけど、そういうシルバはどうなんよ?」
「オレ? オレは彼女とかいねェよ。 つくる気もねェ」
「え、なんで?」
「オレは孤児院の出身でな。 そこのやつらを守ってかなきゃなんねェ。 だから恋人とか作ってる余裕はねェんだ。 ただまァ、卒業したらそこのシスターに告白しようとは思ってる」
「なんかすげぇなお前」
「おォおォ、もっと褒めろ褒めろ。 あ、ちなみにオレも童貞ではねェぞ?」
「え、そうなん? 彼女いないのに?」
「ここに来る前は冒険者やっててなァ。 職業柄そういう機会も割とあるわけよ。 オレみたいな若いのは他に居ないしなァ。 役得ってやつさ」
シークとシルバの会話を俺はぽけっと聞いていることしかできなかった。
いやいや、結構衝撃的なこと言ってたんだけど?
ていうかシルバも経験あるのかよ。
手汗がじんわりと滲んできた。
「そうだ、ロークは!? って、聞くまでもないか…」
ロークにも彼女がいるのか気になって焦り混じりに聞いてみたはいいが、彼に恋人の1人や2人いないはずがない。
きっと恋愛経験も豊富に違いない、そう思って肩を落としかけたが、その予想とは裏腹にロークはなぜかバツの悪そうな苦笑を浮かべていた。
「い、いや。 実は僕、彼女とかいたことがないんだ……恋愛もしたことがなくて」
「うっそ、まじで??」
嘘を言っているようには見えず、俺達3人は揃って呆然となった。
「うん……。 だからシーク達みたいに経験もないし、ユウの力になれるか分からないんだ。 すまない」
申し訳なさそうにするロークに、俺は近寄り、彼の肩に手を置いた。
「いや、俺は今、お前にすごく救われたよ。 ありがとう、ローク」
「ほ、ほんとうかい? 僕は君の力になれただろうか?」
顔を上げるロークに俺は「あぁ」と心の底から微笑んで頷いた。
なんだか、彼とはもっと仲良くなれそうな気がした。
「でもよ、俺らもう中身は30超えてるし、そろそろ経験積んどかないときつくねぇか?」
シークの痛い発言に俺とロークはギクッと体を強ばらせた。
忘れていた、忘れた振りをしていた。
そう、俺達は転生者。
体は16歳だが、中身はもう中年差し掛かりだ。
それで未だに恋愛経験のひとつもないのは、ゆゆしき事態だということは理解している。
「ん? お前らなに言ってんだァ?」
行き場を失った俺とロークを他所に、シルバが困惑したように首を傾げた。
「やばっ」と零しシークが狼狽する。
俺とロークも慌てて言い訳を考えた。
気を抜いていた。
俺達3人が転生者だってことをシルバが知るはずもない。
話したところでもっと困惑させてしまうだけだ。
俺達は目を突き合わせた。
2人とも同じように考えていることはなぜかすぐに分かった。
謎の連帯感があった。
最初にシークが口を開いた。
「あぁ、これはその……言葉の綾っつうか」
「シークはきっと、30超えたくらいの気持ちでいろって言いたかったんだよ。 な?」
「そうそう! 16でなにも出来なかったら30でもなにも出来ないぞって、そういうことだよな?」
「おお、そういうことそういうこと!」
口裏でも合わせたかのように、俺達はスムーズにそんな言い訳をつらつらと並べて見せた。
すると、シルバは唐突に破顔した。
「かははは、お前らほんとは仲いいんじゃねェか!」
けらけらと可笑しそうに笑うシルバを見て、俺達は再び顔を合わせた。
3人とも安堵の苦笑いと、どこか照れくさい表情を浮かべていた。
その後は明日が日曜日だということにかこつけて結局、4人で朝まで語り明かした。
いろいろと吹っ切れたような気がした。
ロークとシークが寝静り、俺とシルバは日が登りだした窓の外を眺めていた。
その時ふとシルバが「なぁ、ユウ」と静かに語りかけてきた。
その低い声音が、いつもとは違ってどこか真剣で、何かを危惧するような雰囲気を纏っていた。
「お前の恋路は友人として、全力で応援する。 フォローもしてやるし、いくらでも相談に乗ってやる」
「…ありがとう」
「だからよォ、1個だけ言わせてくれや」
シルバの真っ直ぐな灰色の三白眼が俺の目を捉えた。
「本当に好きな女を、泣かせる男にだけはなるなよ……」
真剣な表情からふっと解けた彼の優しげな微笑みと、その言葉が胸の奥を震わせた。
最後までご拝読ありがとうございました。
これから始まる13章、是非次話も楽しみにしていただければ幸いです。




