第172.5話 ユウの本音と揺れる瞳
前話で申し上げておりました後日談です。
少し長いですが、よろしければ最後まで読んでいただければ幸いです!
「それじゃあ、みんな、序列戦おつかれさまー! それと、レイシア、首位奪還おめでとう! 乾杯!」
「「かんぱーい!」」
俺の音頭と共に、テーブルの上ではカリンカリンと、グラス同士のぶつかり合う心地よい音が鳴り響いた。
俺たちは今日、あの日できなかった序列戦の打ち上げを、馴染みの店パトリアで広げていた。
しかもリンダが気を利かせて、お店を貸切にしてくれたんだから、感謝してもしきれない。
「なんだか恥ずかしいな…。 実際には序列は2位のままだし」
レイシアが照れくさそうに頬を赤らめて、グラスに口をつけた。
彼女の言うとおり、先の模擬戦ではレイシアが勝利したが、実際には序列に変動はなかった。
なぜなら、序列戦終了後1ヶ月間は、序列を賭けての模擬戦は禁止されているからだ。
序列を賭けないからこそ、グレイを今回の模擬戦に応じさせることができたというところもある。
ただ、序列変動がなくとも、今回の一戦は大きな価値があった。
「んなことァ関係ねェって。 あれだけの観客がいたんだ。 みんな、レイシアを一位だって認めてる」
「せやせや、もっと胸はりぃ」
シルバとレミエルがレイシアの背を軽く叩く。
「その通りさ、レイシアくん。 確かにあの模擬戦では序列の変換はかけられていなかった。 しかし、あれは事実上の首位奪還と言って差し支えない見事な戦いぶりだった」
ぐびっと酒を飲みこみながら、アルコールのせいかやや顔を紅潮させたアルドが言った。
「そ、そうかな……」
3人の言葉にレイシアの表情がふわりとやわらいだ。
「そういえば、なんでアルド先生までいるんですか? しかも生徒の前でがっつりお酒飲んでるし」
学生達の打ち上げ会にひとり混じる異質な存在に、レイシアはふと気づいたように彼にジト目を向けてそう呟いた。
「えー、いいじゃないか。 僕も混ぜてくれよぉ。 これでも、結構裏で頑張ってたんだよ?」
いつものクールな先生とは打って変わって、子供みたいな様子でそう言った。
乾杯して1杯目を一気飲みしていたが、アルドはあまり酒に強くはないのか、それとも場に酔い出しているのか、割とできあがっているように見える。
まぁそれならちょっとくらい無茶振りしても大丈夫そうか?
「まぁまぁ、いいじゃないか、レイシア」
俺がアルドを庇うようにそうレイシアに言うと、彼はぱぁっと嬉しそうに笑って「さすがユウ!」と酒の入ったコップを向けてきた。
そんなアルドに俺もまたニコッと笑い返し、
「みんな喜べー。 ここのお会計、アルド先生が全部任せろってさ!」
場にいるみんなに向けて声高に言った。
「え?」
「おぉ! まじかよォ! さすがだぜ、アルド大先生」
「ひゅー、おっとこまえぇ!」
「え、え、?」
真っ先にテンションを上げて歓声を上げるシルバとレミエルに、アルドはぽかんと口を開けた。
「ありがとうございます! アルド先生」
「えっと、ごちそうさまです」
「あのぅ、私もいいんでしょうか」
「遠慮なんてええんやで、ニーナたん。 あの人、めっちゃ稼いどるから」
ペコッと可愛らしく微笑むラフィー、恐縮そうに頭をさげるエルフィア、戸惑うニーナ、そんな彼女にオヤジ臭く肩を組むレミエル。
そんな4人を呆然と眺めるアルド。
彼の手は行き場を失ったように宙をさまよっていた。
「せーんせいっ! せーんせい!」
シルバが拍手でアルドを担ぎだす。
それに乗るようにレミエルも続く。
レイシアとニーナは恥ずかしそうにしながらも、一度目を合せて拳を一緒に突き上げた。
「「せーんせい! せーんせいっ!」」
エルフィアやラフィーも先生コールに続き、発起した俺もノリノリで参加する。
すると、アルドは肩をぷるぷると震わせて俯き、ぱっと意を決したように面を上げた。
「しょ、しょうがないなぁ! 可愛い生徒達のためだ。 ここはこのアルド大先生に任せなさい! 好きなだけ注文するといいさ!」
にへらーっと頬を緩ませ、鼻を高くしながらアルドはそう景気よく叫んだ。
同時に歓声と、店員を呼ぶ声が降り注ぐ。
嬉しそうに騒ぐ生徒達を眺めながら、酒を一口、口に運ぶとアルドはほっと暖かい目で微笑んだ。
「つぎますよ、先生」
「お、気が利くね」
「いえいえ」
俺はアルドのコップにお酒を継いだ。
「全く、ユウには最後まで敵わなかったなぁ」
「なんのことでしょう?」
「あはは、そういうところだよ」
「でもそういう割には先生、すごく嬉しそうですね」
俺は彼の目を見てそう言った。
「あぁ、嬉しいとも。 あんな風に笑う彼女を見られて、ようやく僕も肩の荷が降りたような気分なんだ」
彼の目線は、ニーナ達と嬉しそうにはしゃぐレイシアを捉えていた。
「初めて彼女に会った日に見た表情が、昔の自分に、とてもよく似ていてね…。 なんとかして助けてあげたいと思ったんだ。 だから、こうしてあの日には想像もできなかった光景を見せてくれた君には、感謝してもしきれないさ。 改めて、本当にありがとう、ユウ。 彼女を…孤高の魔女を救ってくれてありがとう」
俺の方に向き直ってアルドは優しげにそう微笑んだ。
俺は笑い返し、何も言わずコップを前に出した。
彼は再びふっと笑みを零し、自分の杯を俺のものにこつんと合わせた。
「君が卒業したら、今度は普通にお酒を飲み交わしたいものだ」
「また先生の奢りですか?」
「ばか言え、次は君の奢りさ。 きっと僕なんかより稼いでいるだろうからね?」
俺とアルドはそんな冗談を言い合って笑った。
いつしか、彼とお酒を飲める日がくることを切に願った。
そうして、序列戦の打ち上げは冷めることなく、門限ギリギリの時間まで続き、名残惜しくもお開きとなった。
アルドとは店の前で別れた。
帰り道の道中シルバがトイレに行きたいと言い出したので、レイシア達を少し待たせて便所に向かった。
「終わっちまったな……」
「そうだな…」
手洗い場で俺とシルバは2人して静かにそう言い合った。
「おめェもようやく落ち着いたころだと思うからよォ、ちょいとひとつ聞いてもいいか?」
手洗い場を出て、夜空を眺めながらふとシルバがそうこぼした。
声のトーンに少し違和感を覚えた。
俺は無言で返した。
「ユウよォ……お前、エルフィアのことどうする気だ?」
「え、エルフィア? どうするって?」
「───好きなんだろ? 女として」
「っ!!?」
シルバの突然の発言に口に含んだ水を吹いて、慌てて口を拭った。
頬がとても熱かった。
「な、な、な、なんで!?」
なんでシルバがそれを……!
動揺する俺を見て確信を得たようにふっと笑い零した。
「なァんだ、オレが気づいてないとでも思ったかよ?」
動揺を隠しきれない俺に、シルバはさらに追い打ちをかけてきた。
「ついでにいやァお前、エルフィアのこと避けてただろ? 打ち上げの時もさ」
その言葉がやけに重たく鼓膜を揺らし、心臓を跳ね返らせた。
「っ! いや、そんな、つもりは……」
言い返そうと試みたが、無意識に語気は弱まっていった。
言い返す言葉がなぜか見つからなかった。
避けてるつもりなんて、なかったはずなのに。
「……」
「いや、そんな顔すんなって。 別にユウを責めようってんじゃねェんだから」
言葉を失い、口を噤む俺に気づいてシルバは困ったようにそう訂正を加えた。
「オレはただ、ユウの本心を聞きてェ。 お前もエルフィアも、オレの大事なダチだ。 だからちゃんとユウの口から聞きてェ。 お前がエルフィアのこと、どう思ってるのかを」
シルバは真剣な面持ちを浮かべて、俯く俺を見下ろした。
「俺は……」
俺はどう思ってるんだ? エルフィアのことを。
そんな風に自問してみれば、正解なんてすぐそこにあることに気がついた。
そんなことを自問する余地すらもなかったんだと。
ずっとこの感情に名前をつけてこなかった。
自分で気がつくのが、彼女に気づかれるのが怖かった。
確かに、俺はエルフィアを避けていた。
どうしたらいいか分からなかったから。
でも、ちゃんと向き合わなきゃいけない。
シルバが俺の目をようやく覚ましてくれたような、そんな気がした。
「俺は……エルフィアが好きだ」
無意識に顔は上がった。
「仲間としてとかじゃなく、1人の女性として、彼女のことが好きだ」
月光に照らされるシルバの満足そうな笑みがそこにはあった。
その時、後ろの方でかさっと物音がしたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「それが聞けて安心したぜ。 ユウ、お前今までで1番かっけェ面してんよ」
シルバがにっと歯を見せて言った。
「ま、女性陣を待たせても悪いし、そろそろ行こうぜ。 また詳しい話聞かせてくれやァ」
「あぁ」
そうして、俺たちは待たせていたレイシアたちの元に合流し、寮への帰路についた。
暗かったので見間違いかもしれないが、エルフィアの顔が心做しか赤かったような気がした。
「やべっ、門限ギリギリだ! みんな走るぞ!」
路中に立っていた時計を見てそう叫んだシルバに続いて、みんなで慌ててダッシュしたので、それどころではなかった。
◆◆
「───俺はエルフィアが好きだ」
「……っ!」
その言葉を聞いた途端、月夜に照らされる美しい白髪がふわりと揺れた。
物陰に隠れていた彼女は目をはっと見開き、大きく空いてしまった口を慌てて両手で塞いだ。
気を抜けば声が漏れてしまいそうだった。
足腰に力が入らず、エルフィアはゆらゆらとその場にへたり混んだ。
顔は真っ赤で、今にも泣き出しそうに目尻を腫らしていた。
左右色違いの瞳孔は潤いの奥で揺れ動いていた。
鼓動が信じられないくらい早くて、このまま死んでしまうのではないかと思った。
「仲間としてじゃなく、1人の女性として、彼女のことが好きだ」
追い打たれるその一言で彼女の心臓は止まったようにも思えた。
押さえつけられる胸の奥は、2人にまで聞こえるのではないかと心配になるほどうるさく高鳴っていたのに。
しかし、このままでは本当に2人に気づかれてしまう。
そう思ってエルフィアは慌ててその場を立ち去った。
心が現実に着いてこなかった。
「どうしたんですか? フィア。 そんなに慌てて」
無心になってみんなの元に戻ると、ラフィーが心配そうにエルフィアの背をさすった。
「あ、えっと。 ちょ、ちょっと虫が出て……」
エルフィアは取る物も取り敢えずそんな嘘をついた。
するとレイシアが真っ先に反応し、エルフィアの元に駆け寄った。
「それは災難だったね。 夜に見る虫っておっかないし」
「レイシアちゃん昔から虫が大の苦手だったもんね」
「それは言わなくていい。 エルフィア、大丈夫かい?」
「ありがとう……、もう大丈夫よ」
体を支えてくれるラフィーと、レイシアニーナの言い合いを見て少し落ち着きを取り戻すと、エルフィアはそう言って体勢を立て直した。
しかし、鼓動はなおも強く胸の内を叩き続けていた。
嬉しさと恥ずかしさで、顔が燃えそうだった。
それから直ぐに、ユウとシルバもみんなの元へ合流し寮への帰路についた。
門限ギリギリでみんなで走った。
涼やかな夜風が顔にあたったが、それでも彼女の頬が帯びた暖かい熱は、やはり冷めないままだった。
◆◆
ミシェド学園、日常エリア。
学生寮の門限に合わせて、このエリアの店は原則9時が閉店の時間だった。
どこの店も閉めの準備を始めていて、街明かりは次第に小さくなっていく。
メインストリートから枝のように別れる脇道は、その時間にはほとんど深いの闇に包まれる。
そこに何者かが1人、気配を消して佇んでいた。
「白髪に、左右色違いの瞳……」
メインストリートを駆け抜けていく数人の学生、その中の1人を細目に見据えて独りごちた。
次瞬、その者の口角はたちまち、夜空に浮かぶ三日月のように不気味に上がる。
「ようやく、見つけたぞ────13番……」
醜悪な笑い声と、零れた低い声が暗闇の中でその姿と共に消え散った。
最後までご拝読ありがとうございます!
これで完全に12章が終わりました。
最終話なんかいすんねんって話ですね( ̄▽ ̄;)
楽しんでいただけたでしょうか? よろしければ感想お待ちしております! 楽しんでいただけていれば、この上なく嬉しい限りです!
また、これから始まる13章も、是非楽しみにして頂ければ幸いです!




