第172話 首位奪還
遅れてしまい申し訳ありませんでした!
レイシアとの話を終えて、俺たちはグレイの方へ話をつけにいっていたシルバ、さらにエルフィア、ラフィー、レミエル、ニーナとも合流した。
土曜の午後ということもあり、俺たちが今いる学内のラウンジはそこまで混んではいなかった。
「シルバ、グレイの方はどうだった?」
そう聞くと彼はニカッと歯を見せ、自信ありげに笑い、ピースサインを突き出した。
「ユウから貰った隠しだねのおかげでうまいこと言いくるめてきたぜェ」
「良かった。 ありがとうシルバ」
「なんのなんの。 あのことを言ってやったらかァなり焦ってやがったぜ。 ありゃ傑作だったなァ」
シルバの言う『あのこと』というのはまさに、この時のためにとっておいたと言っても過言では無い隠し球。
序列戦でアーサやメルクと画策し、俺を貶めようとし、懲戒処分となった元ミシェド学園事務部長、アルス・クランドと生徒会長、グレイ・アドラーはグルだった。
グレイは序列戦で自分の対戦相手には彼が得意な相手をピックアップしてもらうように手回しをしていたらしい。
これは、アルスに対する後の取り調べと近辺調査で明らかになったことだった。
しかし、生徒会長という肩書きと、子爵家嫡男という立場から、事実を公にはできないと判断したらしい。
学園としても苦渋の決断だったそうだ。
しかし、アルスの謀略の1番の被害者である俺にはその情報が伝えられていた。
だから、そのことを引き合いに出せば交渉のテーブルにつかせることができると俺はふんだのだ。
そうして、レイシアとグレイ両者を言いくるめ……もとい、正当な合意を得て、現学内序列1位対、2位の夢の再戦が相成った。
◆◆
「それではこれより、3年Sクラス、学内序列1位、グレイ・アドラー対、2年Sクラス、学内序列2位、レイシア・コルヌスによる模擬戦を始める!立会人は私、講師長、カルス・バーナードが務めさせてもらう」
フィールドにいるのは、生徒会長グレイ・アドラー。
そして、立会人としてこの場に立った、カルス・バーナード講師長。
観覧席は見渡す限りびっしりと生徒達で埋まっている。
まぁほとんどが目の前にいる男の応援に来ているのだろうが。
お腹の底にまで響くような声声、しかしボクに向けらているものはほとんどなく、多くの声はグレイに対する声援と歓声。
彼もそれに応えて手を振りファンサービスをしている。
圧倒的アウェイ感。
だけど、そんなことはどうだっていいんだ。
ボクの目線は観覧席の一点にしか向いていない。
「がんばって! レイシアー!」
「ふぁいとです!」
エルフィアとラフィーが声を挙げている。
「負けんなよォ!」
負けないさ。
腕を突き出すシルバに内心でそう返す。
「レイシアちゃーん!」
ニーナが不安そうな表情を浮かべている。
ニーナは心配性だからな。 まぁボクが言えた立場じゃないけど。
『レイシアたん緊張しとる?』
杖の形に姿を変え、ボクの右手に収まっている相棒が念話を用いてそう聞いてきた。
『まぁね』
レミエルの言う通り、実際ボクは緊張していた。
普段なら戦いの時は全く緊張しないのに。
『でも、これ悪い気分じゃないよ。 むしろ、なんかいい』
身体が軽い、気持ちは常に前を向いている。
『ええやん、うちも気合い入りまくりやでぇ。 いっちょやったりましょか!』
喜ばしそうにそう応えるレミエルにボクは『あぁ』と微笑で返した。
再び観覧席の方を見やった。
────ユウと目が合った。
彼はなにも言わず、ふっと微笑んでこくっと頷いた、
「レイシアならできる」
そのに言葉はなくとも、彼がそう言っているのが聞こえた。
────とくん。
胸が強弾する。
頬が熱くなる、胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
彼の微笑みを見るだけで、なんでもできるような気がする。
そうか…ボクは───
そのことに気づくと、自然と頬が緩んだ。 同時に胸をきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
「では両者、構え!」
途端、カルス・バーナードの合図がボクの鼓膜を揺らした。
『さ、行くで、レイシアたん!』
『あぁ、やろう!』
次瞬、開始の火蓋が切って落とされた。
「始め!」
カルスの声と同時に場内にはけたたましい歓声が巻き起こる。
その刹那、グレイが凄まじいスピードで突進してきた。
序列戦本戦では、お互いに手の内の探り合いから始めたが、前回の戦いで大抵の手札は見せあった───と彼は思っているのだろう。
「ふっ!」
申し分ないキレでスラントが振り下ろされる。
しかし、ボクが見ているのは彼の背中だ。
グレイがすぐに飛び込んでくるのは予想していた。
なぜなら、前回はそれでボクに隙をつくり、懐へ飛び込むタイミングを作ったからだ。
「氷槍雨」
彼のがら空きの背中へ氷の魔法を放つ。
雨の如く降り注ぐ氷の槍は必中、避けることは叶わない。
しかし、グレイは「くっ」と焦りながらも、素早い反応で体勢を立て直し、全てを剣ではじき飛ばした。
「よく防いだね」
躱すことは不可能と判断し、弾くことに専念したのは正しい選択だ。
つい煽り口調になってしまうのは、以前の鬱憤があるからなのかもしれない。
「転移スキルですか。 面白い隠し球ですね」
「はじめて使ったからね。 せっかくだし気持ちよく勝たせてもらいたくてさ。 出し惜しみはしないよ」
「へぇ、そんな冗談が言える人だったんですね」
「冗談を言ったつもりはないだけどな」
苦笑いしてそう返してやると、グレイの眉間に皺がよる。
額には青筋らしきものも浮かんでいる。
どうやらボクの態度が相当気に触ったらしい。
「そういえば、あのこと、ちゃんと彼らに伝えておきましたよ」
グレイはいらついた表情から一変し、ニタッと厭わしい笑みを浮かべてそう言った。
「あの女は故郷を壊した化け物です。 友人を殺しかけた魔女です、とね。 そうしたら彼ら、驚くほど引いていましたよ。 きっと失望したのでしょうね」
結局それか。
「ユウ・クラウスとかいうやつ、あなたの事情を知っている風な口ぶりでしたが、それでも一緒にいるということは、きっとあなたの体が目当てなんでしょうよ」
ぴきっと、何かが切れるような音が聞こえた気がした。
それと同時にボクの口は無意識に開いていた。
「ボクの大切な友人達を愚弄するのはやめてもらいたい」
「なに?」
グレイのにやけ面が歪んだ。
言いたいことはもう決まっている。
「確かにボクは罪を犯した。 やむを得なかったとは言え、村を傷つけ、親友の夢を奪ってしまった。 当然今でも後悔している。 だけどね、みんなはそんなボクを許し、受け入れてくれたあたたかい人達だ、優しい人達だ」
こんな駄目なボクをみんなは友達だと言ってくれた。
友達を真っ先に疑ったのはボクだったんだ。
こんな自分、だれも受け入れてくれるはずない。
友達だって言っても、ボクの過去を知れば、みんな絶対に離れていくんだって。
でも違う、そうじゃなかったんだ。
みんなは、ボクの過去を知ったことで、すぐに離れていくような人達じゃなかった。
ボクの悩みに親身に付き添ってくれて、解決しようと動いてくれて、助けてくれた。
「そんな人達のことを、何も知らない君に語られるのはとても、不愉快だ」
自分でも初めての黒い感情が湧き上がってくるのが分かった。
腹の底が煮えたぎるようにむかむかする。
無意識に睨みつけていたようで、グレイは怯むように1歩後ずさった。
「それに…もし彼がほんとうにそう望んでいたとしたなら、こんなボクの体で良ければ、喜んで捧げようじゃないか」
彼になら、ユウにならどんなことをされてもいい。
ユウがそう望んでくれるのなら、求めてくれるなら、むしろそれはボクにとってすごく嬉しいことだ。
少し冗談のつもりで言ったけど、改めて考えてみれば、やっぱり本気でそう思った。
全く……ボクをこんなふうにして、ユウにはどう責任をとってもらうか。
「さて、おしゃべりはこのくらいにしようか」
そうして杖を向けると、グレイは隠す素振りもなく「ちっ」と強く舌打ちした。
「あぁ、ほんとに面白くない。 なんにも思い通りにならないなぁ。 うぜぇうぜぇうぜぇ! うっぜぇな!」
まるで人が変わったかのように汚い言葉遣いでそう愚痴を漏らすグレイの言葉は観覧席の生徒たちにも聞こえたようで、会場にどよめきが走った。
彼は頭を掻きむしりながら、剣を雑に構える。
「絶対に潰してやる」
静かにそう零し、グレイは真っ直ぐに突進を開始した。
「こっちの台詞だね」
ボクは試合を決めるべく、今持てる最高のスキルを一気に発動した───
◆◆
模擬戦が始まってから15分程が経過してた今、既に勝敗は確定していた。
グレイの態度が豹変したと思えば、雑な動き、雑な剣捌き、なにもかもが拍子抜けなキレの無い攻撃。
それに加え、どうやらレイシアは一気にスキルを発動したようで、格段に動作の速度は上がり、攻撃力は増していた。
特にすごかったのは、初動で見せた転移スキル。
俺の知る限り転移スキルは制限時間のあるスキルではなく、一度の使用に一回限り発動するスキルだ。
つまり、連発できるということは、それだけのスキルポイントを保有しているということ。
まさしく『賢者』ならではのスキルの使い方だ。
それからは目も当てられないほど圧倒的なレイシアの優勢、グレイの防戦一方。
勝負は時間の問題だった。
そうして、試合開始から30分ほどが経過し、ついに決着の時は訪れる。
────バリィィンッ!!
魔法障壁の砕ける音がフィールド上に響き渡った。
「勝負あり! 勝者、レイシア・コルヌス!」
カルスの宣言と共に、試合は完全に終了した。
グレイが負けたということに場内には動揺と沈黙が流れていた。
だか俺は構わず、ひとり手を叩く。
エルフィアとラフィー、ニーナは嬉しそうに「やったやった!」と叫んでいた。
シルバが俺の後に続いて拍手した。
続いて講師席からアルドが。
そして、そこからどんどんと波打つように手を叩く音は広がっていき、すぐに会場は拍手喝采と歓声の嵐に包まれた。
「すごいぞー! レイシアさん!」
「レイシアさん可愛い!」
「最高だったぞ!」
「全然見たこと無かったけど、あの子めちゃくちゃ可愛いくない!?」
「やばい、レイシアさんめっちゃ推せるわ」
「かっこよかったぞー!」
「ほんとになんで今まで気づかなかったんだろう」
試合開始前の雰囲気からは想像もできなかったような、レイシアを熱讚する声と視線が贈られた。
そんな慣れない感覚に周りを見渡して戸惑うレイシアの顔がこちらを向いた。
少しばかり涙が浮かんだような目がぱっと見開らかれると、直後には安堵したように表情をふっと綻ばせた。
彼女のことを『孤高の魔女』なんて呼ぶ人は、もういない。
レイシア・コルヌスはきっとこれから多くの人に愛される存在になる。
彼女の柔らかな笑顔を見て、俺はそう思った。
レイシアは不器用ながらも、観覧席で賛美の声を送る生徒たちに応えて、腕をぱっと突き上げて見せた。
すると再び、地を鳴らすような歓声が場内に轟いた。
本当の意味で学内序列戦が終了した、そんな気がした───。
最後までご拝読いただきありがとうございました!
ひとまず12章はこれで終わりですが、後日談としてもう1話だけ投稿します!
そちらも楽しみにしていただければ幸いです!




