第171話 霧の中の真実
「それではこれより、3年Sクラス、学内序列1位、グレイ・アドラー対、2年Sクラス、学内序列2位、レイシア・コルヌスによる模擬戦を始める!」
アルド・オルフィスの力強い宣言に第1スタジアムは地を揺らすような歓声に包まれた。
「両者、構え!」
その言葉と共にスタジアム内は一変して静寂に満ちる。
その静かな数秒がもどかしいほど、その2人の再戦には多くの者が胸躍らせていたに違いない。
「────始め!」
沈黙を断ち切る刃のような開始の合図が会場内を駆け巡った。
どうしてあの二人が模擬戦を行うことになったかについては、ちょうど1週間前に遡る───
◆◆
「これで一件落着って感じかねェ?」
ベッドに腰掛け向かい合いながらシルバはほっと一息つくようにそう零した。
レイシアとニーナの一件の後、俺たちはしばらくしてそれぞれの寮に戻っていた。
ニーナは許可を得てひとまずしばらくはレイシアの部屋で寝泊まりをするということになった。
「どうしたよ、ユウ?」
少し考え込んでいた俺にシルバが声をかけてきた。
「あ、あぁ、すまん。 まだひとつだけ気になることがあって……」
「当ててやるよ。 グレイ・アドラーとかいうインチキ会長のことだろ?」
「! よく分かったな」
ピコンと閃いたように顔を上げて俺の考えをどんぴしゃで当ててきたシルバに俺は思わず目を丸くした。
そう、まさしくシルバの言う通り、俺が今引っかかっているのは現序列1位、ミシェド学園生徒会長、グレイ・アドラーのことだ。
インチキとまでは言わないし、かなりの実力者であることもあの戦いを見れば十分に理解しているが、どこかきな臭さを纏っているのも確か。
「あの決勝で、レイシアとグレイの間に何が起きていたのか、それはまだ分からないままだからな」
レイシアの異変、それを明確に理解することとなったのは、やはりあの学内序列戦決勝戦でのことだ。
「確かになァ……もういっそのこと、再戦させてみるってのもありじゃねェか?」
「さすがシルバだな。 俺も同じこと考えてた」
つくづくシルバと意見が合うことに心強さを感じながら俺はついふっと笑って言った。
レイシアが言ったあの言葉。
───ボクはひとりじゃないんだね。
あれは間違いなく本心から言っていたものだし、俺が一番聞きたかった言葉で、彼女に気づいて欲しいことだった。
今のレイシアならあの時のような負け方はしないはずだと確信があった。
そういうわけで、俺とシルバは翌日アルド先生とレイシアに話をしてみることにした。
アルド先生の方にはシルバに行ってもらい、俺はレイシアの方へ向かった。
ちょうど休日と被ったので、ラフィーとエルフィアに念話でレイシアへ伝言を頼んだ。
◇◇
「彼と再戦?」
昨日シルバと話していたことをレイシアにも伝えると、彼女は困惑したように目を丸くした。
「で、でもっ! ボクはつい最近彼に敗北したばかりだし…」
「俺はレイシアが負けたとは思ってない」
自信なさげに肩を落とすレイシアに俺がそう言うと、彼女は驚いたようにばっと顔を上げて大きな赤い瞳を俺の目に釘付けた。
「レイシア、ひとつだけ教えてくれ。 あの日、あの序列戦決勝の時、霧の中で何があった?」
「……」
「あの霧が晴れた直後から、レイシアの動きは明らかにおかしくなっていた」
レイシアは俺の問に対し何かを言いあぐねて口を噤んだ。
しかしその直後、少しだけ間を置くと彼女は覚悟を決めたかのように一息ついて、ついに口を割った。
「あの霧の中で、彼に言われたんだ───」
―――
「最近どうも楽しそうじゃないですか? レイシア・コルヌスさん」
レイシアの魔法によって吹き上げられた霧の中、グレイ・アドラーは迷わず真っ直ぐに彼女の懐へと飛び込んでいた。
突きつけられる剣閃を必死でレイシアはサブウェポンのダガーで慌ててガードし、状態は鍔迫り合いとなっていた。
「くっ、なにが言いたい…?」
攻撃を防ぐのに必死になるレイシアへ、グレイはどこか余裕げな微笑を浮かべた顔をぐっと彼女の顔へ近づけた。
「いえいえ、特に意味はありません。 これまでは、孤高の魔女なんて言われて、誰とも馴れ合わず、誰も寄せつけなかった君が、最近になって友人みたいなものをつくって、楽しげに学園生活を送っているのが、生徒会長としてとても良い事だと思いましてね」
「……だからなんだと言うんだ」
苦しげに奥歯を噛むレイシアに、グレイは「ですが」と言葉を加え、取り繕ったように心配そうな表情を浮かべた。
「彼らは知っているのでしょうか?」
「……なに、を?」
「君の過去を。 君が故郷で犯した罪を。 君がどれだけ非道で劣悪な人間なのかを、彼らにちゃんと伝えているのですか?」
「え………?」
その瞬間、力がすっと抜け落ちてしまったようにレイシアの防御は強度を落とした。
するとグレイはニヤリと下卑た嘲笑を滲ませて、レイシアのダガーを押し込んだ。
「ククク。 やはり、言っていないんですねぇ。 もしも、言ったらどうなるんでしょうか?」
「やめ……」
血の気の引いた真っ青な顔に浮かぶ真っ赤な瞳が絶望の色に染め上げられていく。
「きっと失望されるでしょう、軽蔑されるでしょう、嫌悪されるでしょう。 君が言わないなら、僕が変わりに言ってあげましょうか?」
「やめてくれ……それだけはっ!」
レイシアの目に涙が溜まる。
それを見て、さらにいやらしい薄ら笑いを零して、グレイは少しだけ剣を緩めた。
「もしやめて欲しければ、この勝負、わざと負けてください。 それで勘弁してあげますよ?」
「……分かった」
レイシアは一瞬はっと目を見開いたが、すぐに諦めてそう零し、防御に使っていたダガーを地に落とした。
「契約成立ですね」
グレイは「ふん」と鼻で笑いレイシアと距離をとり、その後すぐに霧は晴れた───。
―――
「というわけだ。 ほんとうに情けないよ。 ユウ達に嫌われるのが怖くて、彼の持ちかけてきた条件をのんだのさ」
「そんなことがあったのか……。 話してくれてありがとう」
気落ちした彼女の肩を俺はそっとさすってそう言った。
「だけど、今はもう迷わない。 ボクの過去を知って、それでもなお、君たちはボクを受け入れてくれた。 ボクを友達だと言ってくれた。 ボクはひとりじゃないんだって教えてくれた」
レイシアがぐっと拳を握りしめた。
伏せていた瞼がふっと上がり、再び俺の目に合わせる。
「もし、再戦が叶うなら、今度こそ不甲斐ない試合はしない。 君たちに、誇れるボクを見せると約束しよう」
俺の眼前にあるのは力強い微笑みだった。
思わず俺はそんな彼女の顔に目を奪われた。
「それに、ここまで色々してもらったんだ。 最後まで、君のシナリオに乗せられてあげるよ」
そう付け加えて、いたずらっぽく片目を閉じると、レイシアは俺の顔を下から覗き込んだ。
「その言い方、誤解をうみそうだからやめてくれ」
苦笑いでそう返すとレイシアは「あはは」と気の抜けた笑いを零した。
そんな彼女の、どこか子供らしい無邪気な笑顔を見るのははじめてだった。
前回のあとがきで今話が12章の最終話予定だとお伝えしていたのですが、かなり長くなってしまったので、あともう1話だけ続きます。
次話がほんとのほんとに12章終幕です!
どうぞお楽しみにっ!
 




