第170話 1人じゃない
先週はお休みしてしまいすいませんでした!m(_ _)m
あれからしばらく泣いて、ようやくレイシアが落ち着くまでどれほど経ったか。
それまで2人は静かに抱き合って、時間はとてもゆっくりと流れているように感じていた。
「大丈夫?」
左手でレイシアの背中をさすりながら、ニーナはそっと訊いた。
「ああ、もう落ち着いたよ…」
泣きじゃくったせいか、声はすこし掠れていて、まだ涙声のようにも聞こえるが、レイシアはしっかりとそう返事した。
だが、固く結ばれた抱擁は未だ解かれない。
「もう少しだけ、いいかい?」
きゅっと再び車椅子の少女を強く抱きしめて、恥ずかしそうにレイシアが言う。
「しょうがないなぁ」
そう言いながらも、ニーナは非常に喜びに満ちた微笑みを浮かべた。
ただ、ニーナもまた目尻はまだ真っ赤なままである。
それからまた数分無言のまま抱き合って、2人はやや名残惜しそうにしながらもそっと離れた。
「見ない間に大きくなったね」
ハンカチで涙を拭くレイシアを見ながらニーナがそう言った。
「そりゃあ、ボクだって成長するさ。何年も会ってなかったんだから」
「泣き虫は変わってないみたいだけど?」
「君だって泣いてたじゃないか……」
揶揄うようにくすくすと笑ったニーナにレイシアは恥ずかしそうに頬を染めながら言った。
「それに、そう言う君も、見た目はあんまり変わってないじゃないか。 ボクの方が背だって高いよ」
気を取り直して顔を上げると、レイシアは対抗するようにニーナにそう返した。
ニーナは車椅子に座っているから正確な体格は目測に過ぎないが、しかしながら背丈は明らかにレイシアの方が高い。
というかニーナがとても小さい。
「あー、そういうこと言っちゃうんだ。 でも残念、私の方がおっぱいは大きいもん」
ニーナも負けじと、自分の胸を持ち上げそう言った。
そう、ニーナは背丈は小さいが胸はそこそこの成長を遂げていた。 対してレイシアは、背丈に比べてそちらの成長はなかなか悩んでいるようである。
「き、君だってそんなに大きいわけじゃないじゃないか! ボクはまぁそりゃ小さいけどさぁ…」
コンプレックスを指摘されてすこししょぼくれるレイシアにニーナは「ごめんごめん」と微笑込みに謝罪した。
「だけど、ほんとに大人っぽくなったね。 昔から可愛かったけど、すごい美人になったわ」
「び、美人なんてそんな……」
どうやらレイシアは褒められ慣れてないらしく、気持ちが落ち着かないようにきょろきょろと視線を泳がせる。
そんな彼女にニーナは「だ、け、ど」と強調して付け加え、自分の方に顔を近づけるように手招きした。
「ちょっとこっち寄って、後ろ向いて」
「え? う、うん」
「せっかく綺麗な銀髪なのに、どうしたのこれ?」
背を向けるレイシアの髪にさっと手ぐしを入れながら心配げにニーナがそう言った。
「あ、あぁ。 最近ちょっと寝不足で、そのせいかな? 髪の手入れもそんなにしてなかったし……」
「だめだよ? 女の子なんだからちゃんとしないと。 美人もこれじゃもったいないわ」
「あ、え、うん……」
鞄から櫛を取り出して、そう忠言を零しながらもさらさらと片手で器用に髪を溶かしていくニーナに、レイシアは肩をすぼめるしかなかった。
「だけどこういうの、ほんとに久しぶりだな……」
どこか懐古するようにレイシアは言った。
「村にいた頃はよくとかしてあげてたもんね」
ニーナがふっと微笑んでそう返した。
昔から、やはりニーナの方が1つ年上ということもあって、レイシアの髪をとかしたり、結ってあげたりと、レイシアにとってニーナは親友でありながらも何かとお姉さん的な存在でもあった。
しかし、ニーナの優しい微笑に対してレイシアは心苦しそうに目を伏せ、声を落とした。
「でも、やっぱり右手はもう……」
ニーナが左手だけで髪をといてくれているのは感覚で分かったし、そもそも車椅子を使っている時点で、かつての怪我が治っていないことは明白だった。
自責と後悔が再び胸の中に渦巻く。
「例え右手が使えなくても、あなたを抱きしめることはできるわよ」
また俯きかけていたとき、そんな優しい声音とともにレイシアの首元に腕がまわされ、そっと抱きしめられた。
「私はもっとこのことに早く気づかなきゃだめだったんだ……」
後頭部には柔らかな感触と、耳元にこぼれる柔らかな吐息。
「命を助けてもらった。 だから、こうしてまたあなたとおしゃべり出来るし、またこうして、レイシアちゃんのことを抱きしめることができる」
彼女の言葉に、押しつぶされそうになっていたレイシアの胸の奥はすっと軽くなった気がしていた。
レイシアの大きく見開かれた目と、ニーナの優しく細められた目が合う。
「だから───ありがとう、レイシアちゃん。 私を助けてくれて……」
「でも、ボクは君の夢を奪ってしまった……」
「それはレイシアちゃんのせいじゃない。 もともとこうなる運命だったんだよ」
未だに自分を責めようとするレイシアにニーナはそう言「それにね」と付け加え、
「夢は1つ、ちゃんと叶ったわ」
レイシアを抱いていた手を離し、自身のスカートの裾をきゅっと摘んで見せた。
ニーナの動きに合わせてレイシアも視線を移す。
「そうだ! その制服……いったいどういうこと?」
思い出したようにはっと気づいて、レイシアは目を丸くした。
「実はね、ユウと、アルド先生?が計らってくれて、特別研修生としてこの学園に仮入学することになったの。 もちろん期間は短くて、次の夏季休暇までなんだけどね」
「………」
突然の彼女の告白にレイシアの肩がふるふると震え出し、まるで驚愕にものも言えぬほど呆然としてるかに見えた。
しかし次の瞬間、
「……似合ってる! すごく、似合ってるよ!」
ぱあっと花が咲いたような明るい表情を浮かべた顔をばっとあげ、ニーナの方に近づけた。
自然と顔がにやけてくるのを感じながらレイシアが続ける。
「昔からずっとこの学園の制服が着たいって言ってたもんね。 ほんとに、素敵だよ」
ふんすと若干鼻息を荒くしながらそう言うレイシアに、ニーナは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべて「ありがとう」と返した。
「それにしても、ほんとにどうやってここまで……」
改めてそう訊いてきたレイシアに、ニーナは王都に来るまでの経緯を話した。
ユウがオルセンへやってきた日のこと。 王都までの旅の話。
アルド先生やエルフィア、ラフィーに色々してもらったこと。
そしてあらかた話終わった後「渡したい物がある」と言って、ついにあの大きなザックをレイシアに贈った。
「なんだい、この大きなリュック?」
「いいから、開けてみて」
やや恐る恐るそのリュックを開くと、レイシアはその中身を見て瞠目し「え……」と震えた息を零した。
そこに入っていたのは、ドライフラワーや花の栞、小さい子供が描いたのであろう可愛らしい似顔絵、そしてレイシアに宛てられたたくさんの手紙だった。
動揺しつつ一度不安そうにニーナの方へ視線を移すと、ニーナは静かに「見て」と微笑み小さく首を傾けた。
おずおずとリュックの中に手を伸ばし手紙を1つ手に取った。
『レイシアさんへ
お久しぶりです。 アラン・マクレイです。 覚えているでしょうか? 最後に会ったのは何年も前ですから覚えていないでしょうか。 今僕はオルセンの村を取り仕切っています。 本来であればもっと早くにあなたにこうして手紙を出すべきでした。 君になんと言っていいか皆分からなかったんです。 ほんとうに申し訳ありません。 ですが、こうして機会を得てようやく決意が固まり、筆をとりました。 まずは村を代表して僕から言わせてください。
あの時は、盗賊達から村を救ってくれて本当にありがとう。 それに加えて深く謝罪を。 村を救ってくれた恩人に対してあんな仕打ちをし、傷つけてしまって、本当に申し訳なかった。 今更許されることではないことは分かっています。 それでも、オルセンはいつでも、君の帰りを待っています』
その手紙を黙々と読み、そっと閉じるとそれを手の中に納めたまますぐにまた次の手紙を取り出して読む。
その後もまた1つ、1つと、何も言わず食い入るようにどんどん手紙を読んでいく。
10通ほど読んでいるところでニーナがひとりごちるように声をかけた。
「みんな後悔してる。 あなたを傷つけてしまったこと。 あなたにちゃんとお礼が言えなかったこと。 みんな、待ってるの。 レイシアちゃんが帰ってきてくれるのを」
レイシアは感慨に耽けるようにそっと瞑目し、手の中に収められたたくさんの手紙を胸のあたりにそっと抱きしめた。
「みんなに嫌われたって思ってた。 ボクは村にいたらダメなんだって。 だけど、違ったんだね……」
噛み締めるように、抱きしめるようにレイシアは愁眉の開いた静かな声でそう呟いた。
そして、涙をくっと堪えるように俯いて「良かった」と心の底から深い息を零した。
「また胸貸す?」
少し冗談ぽくそう言ったニーナにレイシアは「ううん」と首を横に振り顔を上げた。
「さすがにこれ以上泣き虫だって思われたくないから遠慮しとくよ」
まだ赤い目尻から少しだけ漏れてしまった涙を指で拭いながら、レイシアはふっと微笑み「それに」と加えて、
「扉の向こうの5人にもね」
教室の扉の小窓にうつる人影に向かって茶化すように言った。
「バレてたか……」
「だから押さないでって言ったんです! レミエル」
「いやぁ、すまんすまん」
「オレはやめた方がいいって言ったんだぜ?」
「ごめんなさい」
ぎくっと音を立てて開いた扉から、気まづそうに苦笑するユウたちが教室へと入ってきた。
「わ! なんか増えてる」
ぞろぞろと入ってきた5人を見てニーナが驚いた声を上げた。
「盗み聞きとは関心しないね?」
「ほんとに悪い! 邪魔しちゃって……ニーナもごめんっ」
腰に手を当てて悪戯な表情でそう言ったレイシアとニーナにユウは慌てて謝った。
「いや、私は全然」
そんなユウにニーナはそう言って首をぷるぷると振り、レイシアは「いいよ」と呆れたように溜息を零した。
「どうせレミエルの差し金なんだろ? ユウ達が謝る必要はないよ。 あとでこっぴどく叱っておくから」
「そんなぁ、レイシアたぁん……!」
泣きっ面を浮かべるレミエルにレイシアはぷいっとそっぽを向いた。
「わりィなァ、ニーナさん。 こいつのせいでせっかくの再会を邪魔しちゃってよ」
「シルはんまでひどい!」
「いえいえ、私は全然大丈夫ですよ。 レミエルさんも気にしないでください」
「ニーナたん……! 優しい……」
◆◆
そうやってニーナも交じって和やかな談笑が湧く中、俺はレイシアの方に歩み寄っていた。
「ほんとに今回は悪かった。 いろいろ勝手しちゃって」
「ユウが謝る必要なんて少しもないよ。 ボクのためにいろいろ動いてくれてたんだろう?」
「どうかな……。 たぶん俺は自分のためにやってたんだ。 このままだと、いつかレイシアとの関係が無くなっちゃうじゃないかってさ。 恥ずかしい話、不安だったんだと思う」
「君みたいに強い人でも、そんなふうに思うんだね」
「いや、当たり前だよ。 友達をたった1人失うのだって恐れるくらい、俺は弱い人間なんだ」
「そうか……なんか安心した」
あははと少し笑って、レイシアはどこか安堵したようにそう言った。
「ねぇユウ」
囁くようにレイシアが声をかけてくる。
そして、俺たちの向こう側で和気藹々とするニーナ達を見つめた。
「ボクもたった1人の友達でさえ失うのが怖いよ。 だけどそのおかげで1つ気づいたことがあるんだ───」
静かに呟いて俺の方へ目を合わせる。
「ボクは1人じゃないんだね」
夕焼けに照らされるその笑顔は、ずっと俺が見たかったもので、いままでレイシアに感じていた、どこか憂いのある表情からは想像できないような清々しい表情だった。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
次話で12章完結予定です!




