第165話 エルフィアとラフィー/出発とリュックサック
更新遅れて申し訳ありませんでした!
定期更新は20時の予定でしたが、バイトの都合で予定が合わなくなってしまったので、先週に引き続き今週から0時更新とさせてください。
◆◆◆
「ユウ、まだ帰ってこないのかな…」
ユウが王都を後にしてから5日目の夜、エルフィアは学園寮の自室で寂しげにそう零していた。
「それ毎日言ってますよ〜」
ラフィーは、そんな彼女を見て呆れたように微笑む。
カーテンをサッと閉めてレイシアが腰掛ける方のベッドへ自分も座り込んだ。
「ユウがいないと、なんだかぽっかり穴が空いたみたいなの。 だから無意識に言ったちゃうのよね」
エルフィアはため息をひとつつき、もぞっと膝を抱えた。
「ほんと、フィアはマスターが好きですね。 まぁ、あたしも人のことは言えませんが」
バツの悪そうに笑うラフィーにエルフィアは「ねぇ」と声をかけた。
「ラフィーは、ユウのことどんな風に好きなの?」
「え?」
そんな質問にラフィーは一瞬驚いた表情を浮かべ、「んー」と難しいそうに眉間に皺を寄せて唸る。
「答えになるか分かりませんが、あたしはマスターのことを主人として、ひとりの人間として慕っています。 とにかく傍にいたくて、守ってあげたくて……マスターの支えになってあげたい。 それがあたしの好きです」
ラフィーはそう言ってニコッと明るく笑ってみせる。
「そっか…。 ごめんね、急に変な質問しちゃって──」
「何かを羨んだり、誰かを妬んだりするのは、当たり前のことです」
申し訳なさそうに、わざとらしく笑うエルフィアの言葉を遮るようにラフィーはそう言った。
そして、優しい表情でエルフィアをそっと抱き寄り、肩にちょこんと顎をのせ、やわらかく背中をさする。
「フィアが考えてること、なんとなく分かりますよ。 あたしも、天使といえどひとりの乙女です」
「……」
エルフィアは、自分が何を考え、何に悩んでいるのかを彼女に見透かされていることを悟った。
苦しそうな表情を浮かべ、きゅっと唇を噤んで、ラフィーの背中に腕をまわす。
「……でもっ、私はラフィーみたいにユウの役に立ってないし、シルバみたいにユウのこと分かってあげられないし、レイシアやレミエルみたいに、ユウの助けになれたこともない…」
溜め込んで、気づかないふりをしていた気持ちが一気に溢れてくるのが彼女自身にも分かった。
まぶたの裏が熱くなる。
お腹の底から、嫌な感情がたくさん上がってくる。
「それなのに…。 ユウを誰にも取られたくなくて、ユウが私の傍から離れていくのが怖くて。 今でも、ユウがレイシアのために何かをしようとしてるって考えると、どうしようもなく胸がもやもやして。 ラフィーにまで嫉妬して……」
止まらない自己嫌悪に涙は自然と溢れてきて、エルフィアはラフィーの肩に顔を埋めた。
合わせる顔が無かったのだ。
そんな彼女に、それまで静かに背中をさすって話を聞いていたラフィーは、そっと口を開く。
「今そうやって苦しんでるということは、それだけあたし達のことをフィアが想ってくれているなによりの証拠です。 だからあたしはとても嬉しいです」
背中に伸ばしていた手を彼女の頭の方へ持っていき、そのきれいな白髪をさらりと撫でる。
「自分が本当に欲しい物はたいてい、他の誰かが持っていてるものです。 ですが不思議なことに、自分が持っているものは、自分じゃなかなか気づかないものなんですよ。 だからもっと、自分のことをちゃんと見てあげてください。 自分自身のことを認めてあげてください」
「自分自身の……」
エルフィアは復唱するようにぼそりと呟く。
「フィアは誰よりもマスターのことを強く想っているんですよ。 だからあの時、フィアが真っ先に声をあげたんです。 そしてその声が届いたから、マスターは立ち上がることができたんですよ。 あたしが保証します。 だからもっと胸を張ってください」
その言葉にエルフィアははっと目を見開いた。
「あたしは、フィアといる時間が好きです。 フィアとマスターと3人でいる時間が好きです。 マスターを好きなのに負けないくらい、フィアのことも大好きなんです。 大好きな人だから、苦しんで欲しくないし、悩んでいたら助けてあげたいんです。…大好きな人だから、幸せになって欲しいんです」
ラフィーは少しだけ強くエルフィアを抱き締めた。
「だからあたしは応援しますよ。 だって、大好きな人と大好きな人が、一緒に幸せになれるなら、これ以上素敵なことなんてありませんよ」
「ラフィー……」
エルフィアはそんな、誰よりも優しい天使の名前を呼んで、ぎゅっと抱き締め返した。
「ありがとう。 私、がんばってみる」
「はい…。 困ったらいつでも相談してください」
その日2人は、同じベッドで寄りあって寝た。
◆◆◆
ニーナの王都行きが決まってから2日後の朝、オルセンの村の門前には大きな人だかりができていた。
「これをレイシアさんに渡してくれないか?」
「こ、こんなに!?」
アランが渡してきたリュックサックの中身を見てニーナは目を丸くした。
「申し訳ない。 みんな渡して欲しいと聞かなくてね……。 これでもかなりまとめて減らしてもらったんだよ?」
リュックの中に入っていたのはたくさんの手紙と花束だった。
その時、アランの後ろにできた人だかりからたくさんの声が上がっていた。
「レイシアさんによろしく!」
「ありがとうって伝えてー」
「俺たちの気持ちも一緒に連れて行ってくれ!」
「頼んだ!」
レイシアに対する、村人達の多くの気持ちが、その鞄の中には詰まっているのだと思った。
そして、村人達の想いと、旅の荷物を受け取った後、最後に、ニーナの両親とレイシアの両親が俺たちの前に出てきた。
「気をつけて行くのよ。 無理はしないでね。 荷物は大丈夫? 車椅子は故障ない? あぁ、寂しくなるわね」
心配症と寂しん坊を発動させ泣くクレナ。
「娘を任せたぞ、クラウス君。 もしも娘に何かあったらその時は……ぶっ殺す!」
拳をポキポキと鳴らしながら躊躇なくそう言うケイン。
あれは本気の目だ。
「あの娘のこと、お願いね。 次は結婚の報告で会えることを楽しみにしているわ〜」
心配しながらも、うふふと冗談を言うシーナ。
いや、ほんと冗談だよね?
「……」
無言でお辞儀をするレイシアの父、パルマ。
この人は初めて会った時からほとんど声を出していない。
シーナ曰く超が着くほどの人見知りらしい。
そんな4人と少しだけ談笑し、行きの挨拶を交わした後、ついに俺たちは村を出発することとなった。
「それじゃあ、行ってきます!」
ニーナはそう言って、両親や村人達に向けて手を大きく振った。
俺は一礼して、彼女の乗る車椅子と共にオルセンへ背を向けた。
 




