第164話 ニーナの決意
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「───じゃあニーナ。 本題を話してもいいかな」
少しだけ打ち解け、緊張していた空気も和らいだところで、俺がそう切り出すと、その場の雰囲気は再び強ばった。
それと同時にニーナの表情もぴくっと固くなる。
クレナは気を使ったのか、俺とニーナの前にお茶とちょっとしたお菓子をおいて既に部屋から離れていた。
まぁ、ちょっと気まずいが2人だけの方が話しやすいには話しやすい。
ニーナは小さく深呼吸すると、1度下に視線を落とし、俺の方に目を向ける。
そして、まだ緊張の抜けない面持ちながらも、意を決したように口開いた。
「……聞かせてください、レイシアちゃんのこと…私の、親友のことを」
その瞳の奥には、大きな後悔と、それに向き合うための強い覚悟があるような気がした。
俺はすべてを包み隠さずに彼女に伝えた。
ミシェド学園の入学試験で落とされそうになっていた俺を、当時序列一位だったレイシアが推薦してくれて、入学することができたこと。
今は友人として共に学園生活を過ごしていること。
彼女のサンティルムであるレミエルのこと。
レイシアが無意識にスキルで自分の存在に認識阻害をかけていること。
つい最近、様子が急激におかしくなったこと。
それが、レイシアの過去、ニーナや村の人達のことに関係しているのではないかと考えていること。
それをなんとかするために、今日こうしてレイシアの故郷であるオルセンに訪れたこと。
先程、レイシアの母と少し話してきたこと。
ニーナは真っ直ぐに俺の目を見て、俺の話を静かに聞いてくれていた。
一通り話を終えると、しばしの沈黙が俺たちの間には降った。
「ユウくんは、レイシアちゃんのこと、本当に大切に思ってくれてるんだね……」
俺が次の言葉を探していると、ニーナはふとそう零し、自分の言葉を否定するが如く首を横にゆっくりと振る。
「ううん。 きっと今、レイシアちゃんの周りにいる人はみんなあったかい人で、レイシアちゃんにちゃんと向き合っている人たちなんだね」
その言葉は一見レイシアに対する安堵のようであったが、俺にはどうしても、ニーナの自責と自己嫌悪に思えた。
そしてそれは間違ってはいなかった。
溜まっていた後悔を吐き出すように、ニーナはふつふつと言葉を落とし出した。
「私は、そんなふうになれなかった。 あの子を支えてあげなきゃいけなかったのに、それどころか向き合うことも拒絶した。 夢を絶たれた悔しさと、この先に待っている現実に、耐えられなかった」
震える声と小さな肩。
言葉と共に目尻からは少しずつ涙も零れ始める。
「どうして自分がこんな目に合わなくちゃならなかったの。 どうして、何も悪いことしてないのに、夢を諦めなくちゃならないの。 どうして……王都に行ったのは私じゃなくてあの子の方なの。 そうやって嫉妬して、身勝手に拒絶して」
ニーナは左手で、動かない右腕をぎゅっと痛くなるほど掴んだ。
「レイシアちゃんは何も悪くなかった。 むしろ命の恩人なのに、私は酷い言葉であの子を拒絶して、恐怖を全部擦り付けた」
俺はただただ静かに聞いていることしかできなかった。
そして、彼女の吐露を聞いて、結局自分は部外者なのだと痛感させられる。
こうして来た以上、俺はニーナの気持ちにも寄り添ってあげないといけなかったんだ。
いつの間にかズボンにシワができるほど拳をぎゅっと握っていた。
「こんな私が、あの子の親友でいていいはずがない……」
右腕を掴んでいた手が目元を覆った。
そうやって後悔にしんしんと泣くニーナに、俺はどうしても口を開かずにはいられなかった。
「俺はさ、二人の間に何があったとか、どんな風に付き合ってきたのかとか、何も分からない……」
俺が喋りだしたのに反応し、ニーナは顔を上げた。
「俺はどこまでいっても部外者で、口を出せるような立場も資格もないかもしれない。 でも、これだけははっきりと分かるんだ。 親友って、そう簡単に切り離せるものじゃないんだよ」
俺は多分、また自分と重ねてる。
元親友だった男の顔がふと思い浮かんだ。
きっと、本当は俺も諦めたくなかったんだと思う。
裏切られることになったとしても、初めてできた晴人のことを。
だからこんなことを言ってしまうのかもしれない。
「ニーナは、レイシアのことどう思ってるの?」
「私は…」
俺が聞くとニーナはそう呟いて、赤く腫れてしまった目をゆっくりと瞑った。
「私は、レイシアちゃんにまた会いたい…。 会って、ちゃんと謝って、それでまた昔みたいにっ! 一緒に遊んで、笑いあって、そんな親友でいたいよ!」
ぱっと胸を張って真っ直ぐにそう言った。
それが心の底からの本心だということは誰にだって分かっただろう。
「じゃあさ、レイシアもきっとそう思ってるんじゃないかな? 親友ってそういうものなんだって俺は思うよ」
その言葉にニーナははっと目を見開いた。
それからはお互いに特に言葉を発さずに静かな時間が流れた。
そしてしばらくして、ニーナが意を決したような強い表情で「ユウくん」と俺に声をかけてきた。
「私、レイシアちゃんに会いに行きたい」
「うん」
「めちゃくちゃなお願いだって分かってるけど、ユウくんが王都に戻る時、私も一緒に連れて行ってください」
そんなニーナの言葉を聞いて、俺はまるで重荷を下ろしたような、ずっとどこかで張り詰めていた緊張感が一挙に解れる感覚を覚えた。
それを聞くのが、ここに来た一番の目的だったんだから。
「それが聞けて良かった」
俺がそう呟くと、ニーナは下げてい頭をぱっと持ち上げた。
「え、てことは……」
俺はふっと頬を綻ばせ無言で頷く。
「実は最初から王都に連れていくつもりできたんだ。 もちろん、ニーナが行きたがらなければ1人で帰るつもりだったけどね」
あっけらかんとしてそう言うと、ニーナは「そうだったの!?」と一瞬驚き、同時に安心したように肩とため息を落とした。
その喜怒哀楽激しい様子についつい笑ってしまう。
そうしていると、ニーナは「あっ」と何かに気づいたように声を上げた。
「でもお金が……」
不安そうな表情をする彼女に俺は「だ、大丈夫だよ」と慌てて声をかけた。
「王都についてからの手筈も整えてあるから安心して。 費用とかその他諸々のことは心配しなくていい。 あとは親御さん次第なんだけど…」
その刹那───
「話は聞かせてもらった!」
どんっと、奥の扉が開く音とともに、聞きなれない男の野太い声が聞こえてきた。
「お父さんっ!?」
その男性を見てニーナがぎょっと目を見開く。
「お父さん!?」
俺もまた思わず復唱して裏返った声を出した。
正しく狩人というのが相応しい、茶色の短髪の屈強な男性。
背中には弓矢を入れる筒と大きな弓をせおっている。
その背後からクレナの顔も覗いていた。
ぽかんとする俺とニーナと、後ろでふふふとほくそ笑むクレナを他所に、彼女の父は、相変わらず野太い声で、しかし静かに言った。
「行ってきなさい」
その目は優しく、心配しながらもきっとニーナの気持ちをちゃんと理解している目なのだと思った。
「いいの……?」
「本当は心配さ。 だけど、お前がそうしたいって思うなら、父さんは背中を押してやる。 だから、ちゃっと行ってきて、それでちゃんと向き合ってきなさい」
「お父さん……ありがとう。 私、行くよ。 行って、ちゃんと向き合って、全部ちゃんとしてくるから」
強い意志の籠った目で、どこかすっきりとしたような清々しい表情で、ニーナは固くそう言った。
それを見て、彼女の父はふっと安堵したように微笑んだ。
そしてニーナから俺の方へと視線をシフトチェンジする。
「君が、ユウ・クラウスくんだね」
「は、はい!」
「アランと家内から話は聞いてるよ。 目を見れば、君が信頼にたる人物だということはだいたい分かった。 だがくれぐれも安全に、な。 もし娘に何かあればその時は……もちろん分かっているね?」
「も、もちろんです! この身命に変えましても、娘さんをお守りします!」
圧がすごい。
顔は笑ってるはずなのに、背筋が凍りつきそうだ。
父親恐るべし。
「そうか。 なら安心だ。 娘のこと、それとレイシアちゃんのこと、頼んだぞ」
「はいっ!」
こうして、ニーナの王都行きが決まったのだった。




