第163話 対面②
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「申し訳ありません、クラウスさん……。 娘が、まだあなたとは会いたくない、と……」
「そ、そうですか……」
戻っきたクレナの伝言を聞いて、俺は肩を落とした。
やはり、急すぎたのだろうか。
この件に関して俺はほぼ部外者だし、ニーナの気持ちの問題だ。
そこを強制する権利も資格も俺は持ち合わせてはいない。
だからこうなっては出直すしかないのだが、俺には時間がない。
一体どうしたものか。
アランもまた俺と同じようなことを考えている様子だった。
しかし、そんな俺たちに投げかけてきたクレナの次の言葉にそれは杞憂だと思い知らされる。
「ですので、何度もお待たせしてしまって申し訳ないのですが、1時間ほどあとにまたお越しください。 娘も年頃ですので、いろいろ準備したいと言ってて」
「「……」」
それを聞いて、アランと俺は2人してぽかんとなった。
そんな俺たちを他所にクレナはぺこっとお辞儀をして、再び家の中へと戻っていった。
扉が閉まると同時に、不安と緊張の糸が切れて俺たちは「はぁ…」と、安堵のため息を零した。
「まぁニーナさんも年頃の女性だからね、いろいろと準備が必要なんだよきっと」
ほっとした様子ながらも苦笑いでアランはそう言った。
俺も同じように「ですね」と返す。
「時間もできたし、せっかくだから村を案内するよ」
その後、1時間待つこととなったので、アランの申し出に甘えて、俺は村を案内してもらうこととなった。
あまり広くない閑静な集落。
村人の人口はだいたい150人くらいだそうだ。
村の中央にある広場には手作り感満載の遊具が設置されていて、そこでは4、5人の子供たちが遊んでいた。
途中でレイシアの実家にも案内して貰った。
と言ってもニーナの家すぐ近くなのだが。
アルドからレイシアの両親宛ての手紙を預かっていたので、それを渡すついでに挨拶をと思ったのだ。
父親は狩りの仕事に出ているらしく、レイシアの母親が出迎えてくれた。
「初めまして、ユウ・クラウスと申します」
「あらあら、どうもぉ。 シーナ・コルヌスですぅ」
レイシアの母だとひと目で分かる、彼女にとてもよく似た、ショートボブの銀髪がとても良く似合う女性。
だけど、性格は母親譲りって感じじゃなさそうだ。
なぜかはまぁ、言うまでもない。
そんな風に我ながら失礼なことを考えていると、レイシアの母、シーナは俺の服装を見て何かに気づいたようだった。
「あらその制服……学園の? ということはもしかして娘の知り合いかしら?」
「あ、はい! レイシア…さん、にはいつもとてもお世話になっています! 今日は彼女のことでお話に来て…」
あまりの感の良さにやや気後れしつつそう説明すると、シーナはまるで花が咲くような笑みを浮かべる。
「まあまあ! もしかしてレイシアの彼氏ー!? やだもう、聞いてたらもっとおもてなしの準備したのにぃ」
「か、彼氏!?」
シーナのとんでもない誤解に思わず変な声が出た。
「あれ違った?」
「ち、違います! レイシアとは友人としての付き合いで」
「えぇ、そうなのぉ? 残念…」
俺の反論にシーナは、なぜか肩透かしを食らったようにそう言った。
いや逆になんでそんなに残念そうにしてるの!?
娘に恋人ができるとか、一大事だと思うんだけど。
しかもこんなどこの馬の骨ともわからない男だぞ。
なんて内心でツッコミを入れていると、シーナの方から先程までの朗らかな声とは変わって、語気の優しげな声を零した。
「でも良かった……あの子は、ちゃんと元気でやってるのね」
その目の奥には、娘を心配する母の慈愛がある。
そういう目をする人に悪い人はいない。
その後俺は、今日ここに来た目的を端的に話した。
レイシアが今抱えている問題、この後ニーナに会いにいくということ。
そしてアルドから預かった手紙と伝言を。
シーナは誰よりも、レイシアのことはあの事件依頼ずっと気にしていて、俺がこのあとしようとしていることには大いに賛成してくれた。
正直かなり勝手なことをしようとしているので彼女の賛成はかなりありがたかった。
ニーナと話した後ほど、また詳しい話をする約束をつけて、俺はレイシアの実家を後にした。
そうしているうちにあっという間に1時間が経ち、ついに、ニーナとの対面に臨む。
ニーナの家に戻ると、すぐにクレナが出迎えてくれた。
アランはこのあと仕事があるということで「頑張って」と言い残し、ここで別れることになった。
「お待たせしました。 広くない家ですが、どうぞ」
そう案内してくれるクレナに恐縮しながら家の中へお邪魔する。
人の家に上がるというのはどこの世界でもやはり緊張するものだ。
ダイニングらしき部屋に案内され、席に着くとクレナは俺の眼前にティーカップを差し出してきた。
「お茶くらいしか出せなくてごめんなさいねぇ」
「いえ、ありがとうございます」
「今ニーナを呼んできますので」
そう言ってクレナは奥の方へと入っていった。
出してもらったお茶に口をつけながら、そわそわと待っていると、奥の部屋からがらがらと、なにかを引いてくる音が聞こえてきた。
音の方に視線をやると、そこには、車椅子に乗った少女の姿があった。
その姿を見て俺は椅子から立ち上がる。
「お、お待たせしました…」
少し緊張した面持ちを浮かべながらそう言って、彼女はペコッとお辞儀した。
レイシアより1つ年上のはずだが、それにしてはやや童顔だという印象を受ける、華奢で可愛らしい女の子。
セミロングくらいの綺麗な金髪。
髪色はクレナ譲りなのだろう。
「は、はじめまして、クラウスさん。 私がニーナ・アイセンです」
未だその表情から緊張の色が消えないまま、彼女──ニーナはそう自己紹介をしてくれた。
まぁ緊張していると言えば俺も人のことを言えないが。
それを露呈してしまうが如く、
「あ、はじめまして。 ユウ・クラウスです…」
俺もなぜかニーナにつられてぎこちない返しになってしまった。
さっきのコミュ力お化けシーナに比べると空気の落差がすごい。
この調子じゃなんとなく話しづらいと思い、俺は気を取り直して、
「その服、とてもよく似合っていますね」
フリルが所々に施されたドレス系の洋服。
恐らく俺が来るということで外向き用の装いに着替えてくれたのだろう。
実際にとても似合っているし、ここは褒めるところからはじめるのが吉だ。
リリーも『女性と話す時はまず服や容姿を褒めるところからですよ』なんて言っていたし。
ちょっとキザすぎるか、などとも思いつつそう言うと、ニーナはかあっと顔を赤らめて、
「あ、ありがとうございます! すいません、田舎娘だと思われたくなくて、着替えたんです。 クラウスさんは王都から来ていますし、いつもの姿では失礼かと思いまして」
恥ずかしそうに小さく笑う。
「そうだったんですね。 こちらこそ、わざわざ着替えてれてありがとうございます。 でも、田舎者だとか気にしなくていいですよ。 俺も田舎の村出身ですし」
「そうなんですか! 結構意外です。 クラウスさんかっこいいし、なんか都会の人って感じだから」
「いやいや、ほんとそんなことないです。 あと、敬語は大丈夫ですよ。 ニーナさんの方が年上なんですから」
実際ニーナの方が2つも年上だ、まぁ見えないけど。
「そ、そうですか?」
少し驚きつつそう言ったニーナに「はい」と返事すると、モジモジしながらちらりとこちらを覗いて、
「じゃ、じゃあ、ユウくんって呼んでもいい、かな? あ、もちろん私にも敬語じゃなくていいし! 名前も好きに呼んでくれたらいいしっ!」
その、どこか必死な様子がなんだか可愛い小動物のように見えて、失礼ながらも思わず口元が綻ぶ。
「分かったよ。 じゃあ、俺もニーナって呼ばせてもらうおうかな」
「うん! もちろん!」
俺の返事に心底嬉しそうにするニーナを見て、レイシアと初めて出会った日のことを思い出した。
そしてまた同時に考えてしまう。
レイシアも、ニーナも、何かを抱えているって知らなければ、本当に普通の女の子なんだということを。
孤高の魔女と言われ、他人との関わりを怖がるレイシア。
体が動かず、車椅子生活を余儀なくされ夢を奪われたニーナ。
そんな2人のことを考えると胸が痛んで仕方がない。
だから俺は、それを少しでも和らげてあげるためここに来たんだ。
お節介な事なんだってことは分かってる、部外者なのも分かってる。
それでも俺は──2人の問題に寄り添ってあげたい。
そう意気込んで、ついに俺はニーナに本題を切り出した。
「じゃあニーナ。 本題を話してもいいかな───」
 




