第162話 対面①
「この家だよ」
アランの案内で、ものの数分ほどでニーナの家に到着した。
彼の家と様相の変わらない一般的な木製の平屋。
「アイセンさん、僕ですー、アランですー」
こつこつと木製の扉をノックすると、その向こうから「はーい」と返事する女性の声が聞こえてきた。
「どうもどうもアランさん、おはようございます」
カチャっと扉を開け出てきたのは、少々つった目元が特徴的な40歳ほどの陽気そうな女性。
朝餉の片付けをしていたのか、エプロンがつけっぱなしである。
「おはようございます。 すいませんアイセンさん、こんな朝から」
「いえいえ〜。 それより今日はどうされたんです?」
「ええ、実はニーナさんに会って欲しい方がいまして…」
ペコペコとしながら用を伝えるアランに、彼女は「ニーナに?」と首を傾げた。
加えて俺の方にちらりと視線を向ける。
「もしかして、会って欲しいというのは、隣のお兄さんですか? 見たことない顔だけど、アランさんのお知り合い?」
「えぇ」と頷く彼の横から俺は1歩前に出て彼女に向き合う。
「初めまして、ユウ・クラウスと申します」
「あ、どうも初めまして。 クレナ・アイセンです」
こちらから自己紹介すると、彼女も丁寧にお辞儀して自己紹介を返してくれた。
しかし、やはりと言うべきか、クレナはかなり困惑した様子だ。
「手紙も出さず急に来てしまい申し訳ありません。その……レイシア・コルヌスさんのことはご存知かと思うのですが……」
「ええ、もちろん。 コルヌスさんのお知り合い?」
「はい。 俺はレイシアさんの友人で、彼女のことで話をしたくてここに来ました。 特に、ニーナさんと……」
そう説明する俺にアランが付け加える。
「クラウスくんはレイシアさんのご学友で、友人としてレイシアさんのことを話しに来てくれたんですよ。 僕個人としても村全体としても、彼女のことは気になっていたので、どうか会って話して欲しいんです」
アランがそう言うとクレナははっと目を見開いて、どこか納得したように目を瞑る。
「そう…それでニーナに……。 ということはそれが王立学園の制服なんですね」
ひそりと呟き、クレナは俺の来ている服を見て心做しかもの悲しげにそう零した。
彼女の心中にあるものが何となく分かって、この姿で来てしまったことに少しの罪悪感を覚え、思わず俺は声をかけた。
「あの───」
言いかけると、クレナは「あ、ごめんなさい」と慌てたように顔の前で手をはたはたとさせて、俺の言葉を遮った。
きっと気を使わせてしまったと思ったのだろう。
そして、気を取り直したように表情を和らげ、ペコッと俺にお辞儀してくる。
「遠くからわざわざ来てくれてありがとうございます、クラウスさん。 ひとまずここで少しお待ちください」
そう言ってクレナは家の中へと戻っていった。
「ニーナさん、会ってくれますかね…」
「会ってくれるさ。 きっとあの子が1番後悔しているだろうから……」
不安を零す俺にアランはそう言った。
俺なんかよりも2人のことをよく知っている彼だからこそ、彼なりに思うところがあるのだろう。
そんな話をしながらしばらく待っていると、再び扉が開いた。
しかし、その扉から出てきたのはニーナではなく、申し訳なさそうな顔をするクレナの姿だった。
「申し訳ありません、クラウスさん……。 娘が、まだあなたとは会いたくない、と……」
◆◆
「ニーナぁ、入るわよー」
ユウに家の前で待っておくように伝えると、クレナは娘を呼びに部屋へと行っていた。
特に返事もなかったので寝ているのかと思いながらクレナが部屋に入ると、そこには、ベッドの上でカーテンの隙間から外を見ようとしているニーナの姿がある。
「あなた何やってるの?」
そうクレナが呆れたように聞くと、ニーナは「ね、ねぇ!」と、なぜかこそこそと言って母の方に向き直る。
「お母さん、あの人だれ!?」
「え? あぁ、お客さんよ。 それもあなたにね」
「え、私?」
「そうよ? あなたに会いに来たんですって」
なんの気なしに言うクレナにニーナは自分の方を指差しながらぽかんと口を開けた。
「え、どういうこと? 状況が掴めないんだけど……。 それにあれって王立学園の制服……」
左手で頭を抑えながら困惑するようにぶつぶつと零す。
しかし、この状況に戸惑いながらも、ニーナは何かひっかかっている様子だった。
クレナはそれに気づくと、真剣な面持ちでニーナに本題を告げる。
「……レイシアちゃんのことを話したいって」
やや言いづらそうにしながらもクレナがその名前を口にした瞬間、ニーナは肩をふるわせ、目を見開いた。
その様子は、彼女の中でひっかかっていた何かがすっと腑に落ちたようにも見える。
「……」
「……彼と会って、話してみない? あなたもずっと気にしていたんでしょう? レイシアちゃんのこと…」
しばらく言葉を発さず俯いたままのニーナにクレナは優しくそう呼びかける。
母親だからこそ聞かずとも、ニーナが抱えているものがよく分かっていた。
まだ顔を上げないニーナの肩をクレナはそっと撫でる。
「もし嫌だって言うなら無理に会う必要はないわ? でも、あなたも本当は───」
「分かってるの……」
クレナの言葉に続けるようにニーナは言った。
「このままじゃだめだって私が1番分かってる。 でも、まだ会えないよ……」
「ニーナ……」
やはりまだ心の準備ができていないのだろうかと思い、クレナはやるせなそうに吐息をつく。
そして、ユウ達にその旨を伝えようと思いたった時、ニーナが「だって!」と言葉を紡いだ。
「だって……こんな格好じゃ会えないよ」
顔をわずかに赤らめながら、自分の姿を見下ろしてそう言った。
「ちゃんとした服に着替えてからじゃないと、恥ずかしいよ…」
「あ、そういうこと。 別に変じゃないわよ?」
ニーナの言わんとしていることを察し、自分の考えが杞憂だったことが分かると、ほっと胸をなでおろしながらも彼女の格好を見てそう言った。
グレーのパーカーに黒のショートパンツといった服装で、特に変に思われる要素はない。
しかし、さすが母と言うべきか、クレナはニーナが何を気にしているのかにはすぐに気がついた。
そしてニヤニヤしながら、納得したように「あぁ」と零す。
「彼、格好いいものねぇ。 すらっとしてるし、都会の青年って感じ。 確かに、ニーナが好きそうなタイプかも」
「い、言わないでっ!」
ぺらぺらと心の内を暴いてくる母に、ニーナは顔を真っ赤にしていた。
「それじゃあひとまず、会うってことでいいのね?」
クレナがそう確認すると、ニーナはまだ頬を赤らめたままながらも、無言で頷いた。
その返事を見てクレナはどこか安堵したように微笑む。
「じゃあ、伝えてくるわね」
そう言ってクレナは待たせているユウとアランの方へ戻って行った。




