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第12話 声

 



 俺は呆然と立ち尽くしていた。



 まさか魔物ではなくその親玉である魔人がお出ましとは。



「ま、魔人……?」



 初めて見る魔人だった。


 ずっと平和な村の中で過ごしてきたせいか、現実に魔人など本当にいるのかと思っていた。


 しかし、目の前にいたのは聞いていた通りの姿形の魔人だった。



 殺される。


 しかし、俺は特に何も思わない。


 これ以上何を失えばいいというのだろうか。



 命か、そんなものは些細なものに過ぎない。


 むしろ、これで死ねるのだと俺は喜びさえしていた。


 そんな中、俺は魔人たちに懇願した。



「出来れば、痛くないように殺してくれ。 もう痛いのは懲り懲りなんだ」



 俺は笑っていた。


 普通なら恐怖で泣きじゃくるだろうが、麻痺した俺の心はもうそんな感覚も顔に出せないのだ。



 俺の頼みを聞くと、魔人達は驚いたように笑う。


「はははっ、なんだこのガキは? 笑っていやがる。 死ぬのが怖くないのか?」



「あぁ、変な子供だな。 しまいには痛くないように殺してくれだとよ」



 彼らはお互いの顔を見あって笑いあっていた。



「まぁ、どっちにしろ殺すから抵抗しないのは有難いかもな」



「今回は俺に譲ってくれよ?」



「仕方ねぇな」



 そんな会話に俺は少し焦れったく感じ、さらに催促する。



「どっちでもいいから、早く殺ってくれ。覚悟が揺らいじまうかもしれない」



 死ぬのは怖い、当たり前だ。


 次も転生なんてこと絶対にないのだから。


 それでも、またあの目で、あの声で、あの表情で見られるのはもっと怖いんだ。



「ああ、分かっている。 そんなに早く死にたいのか? 本当に変なやつだな」



 本当は死にたいなんて思っていない。


 ただ逃げたいだけだ、この現実から。


 その最速の方法が死であっただけで。



「せいぜい痛くないように、首を落としてやるよ」



 それは魔人にとってのせめてもの慈悲だったのだろう。



 そう言って片方の魔人がゆっくりと近づき、己の手を剣のように形を変えた。


 これでようやく脱せるのか、この地獄のような運命から。



 魔人が手を振りあげるのを見て、俺は目を閉じる。


 ヒュンッ!


 風を切る音が聞こえ、俺の首も同じように切断され─────



 死んだ、そう思った瞬間。



「────ッ!? 死んでない!?」



 恐る恐る、固く閉じていた目を開いていく。


 するとそこには驚くべき光景が繰り広げられていた。



「なん、だ、これ……? まるで時間が止まっているみたいな」



 そう、周りの景色は完全に静止していた。


 魔人諸共。



 振り降ろされた腕は俺の首に触れようかというギリギリの距離で止まっていた。



「なん、だ? 何が起きている? なんで俺の首はまだ繋がっているんだ?」



 無音の空間で俺は独りごちる。



 その時だ。



『条件の達成を確認。 無職救済スキルを取得可能になりました』



 いきなり聞こえてくる声。


 周りは依然として無音だ。


 直接頭の中に語りかけられるような感覚に加えて、胸の奥の辺りがほんのりと暖かくなるような、そんな感じ。


 なんだ、この声。 それに無職救済スキルってなんだよ?


 俺が戸惑うことなど他所にして、謎の声は続ける。



『取得可能スキル名【可能性(ポテンシャル)】。───無職救済スキルを取得しますか?』



 畳み掛けるように、そう言ってくる声に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。



「救済スキルだ……? これから死ぬって時に、まじでなんなんだよ……」



 ようやく辛い現実から逃避できると思っていた。


 目の前に魔人がいて、俺の事を快く殺してくれる、終わらさせてくれる……それでいいって思ってたはずなのに────



『取得しますか?』



 謎の声は俺の覚悟など全く無視して、ここぞとばかりにスキルの取得を催促してくる。



「意味わかんねぇ……わかんねぇけど───」



 まだやれると、抗えるのだと、そう思ってしまった。



 どうせ死ぬなら、最後くらいは、と。



「……分かった! スキル【可能性(ポテンシャル)】を取得する。 本当に救済してくれるんなら早く助けてくれ!」



 俺が観念したようにそう叫ぶと、声は心做しか嬉しそうな声で答える。



『承諾を確認。 スキルを取得します。────取得に成功しました。 スキルの発動条件を達成しました。 スキル【瞬発力強化】を使用可能状態にします』



 聞こえた瞬間、時間がゆっくりと動き出す。



 魔人の腕もゆっくりと俺の首にさしかかろうとしているが、それはとても遅い。



 遅く感じるのだ。



 もう声は聞こえない。



 今の俺の中にあるのは、この腕を避ける、目の前の死に抗う……ただそれだけ。


 俺は足にぎゅっと力を込める。



 すると途端、俺の目の前に魔人の姿はなく、いつの間にか空中に放り出されていた。



 ───いや、飛びすぎだろ!



 ちょっと横に避けようとしただけなのに、ここどこだよ!


 下を見ると川が流れている。


 凄まじい濁流。


 やばい、落ちる────



 これじゃあ、あの場から逃げられたとしてもゲームオーバー確定じゃないか!


 しかし、あの時、俺が腕を避けた時、一瞬だけ見えた魔人の驚いた表情は傑作だった。



 俺がまさか避けられるなんて思っていなかったんだろう。



 俺は爽快な気分だったが、重力に引き寄せられるまま川に落下して行った。



 バシャァァァンッ!!



 直後俺は水面に叩きつけられ、沈んでいった。




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