第159話 謝罪と鼻水
ユウがアルドの元を訪れていたその頃、エルフィアとラフィーの2人は、レイシアの部屋の前に来ていた。
本当はシルバとも事前に合流していたが、彼は女子寮には入れないため外で待機している。
「レイシア?」
エルフィアがやや恐る恐る、コツコツとドアをノックする。
「エルフィアかい? ちょっと待って、今出るから」
しかし、部屋の中からは、少しだけぼんやりしているが、思っていたよりも明るい声が聞こえてきた。
正直心配していたところもあった手前、エルフィアとラフィーはお互いに目合わせして、ほっと安堵の溜息をついた。
ガチャりと扉が開くとそこには、カーディガン姿の美少女が姿がある。
「ごめんね、こんな格好で。 ついさっきまで寝ていたんだ」
「ううん、こっちこそ。 寝ていたとこごめんなさい」
レイシアは寝起きのためか少しだけはだけた格好をしていて、髪もまだいつものように結っておらず、少しつった目尻も眠そうにほんのりと垂れていた。
しかし、彼女のそういった姿を見るのは始めてで、普段とのギャップにエルフィア達は目を奪われていた。
こうして見るとレイシアはやはりとてつもない美人である。
同性からしても見とれてしまうほどに。
ただ、心做しかレイシアの表情が固いように見えた。
しかしラフィーは、いつもの調子で少しからかうようにレイシアに笑いかける。
「レイシアはお寝坊さんですね。 もうお昼ですよ」
時計の針は既に12時を回ろうとしている頃で、いくら休日とはいえなかなか遅い起床だ。
普段からしっかりしているレイシアだからこそ、この時間に起きるのは本当に珍しく、意外なことだった。
「あはは、ボクとしたことが休日だからって少し気が緩みすぎていたみたいだね」
「ゆっくりするのは悪いことじゃないですよ。 昨日は試合だったのですから」
ラフィーがそう言うと、レイシアは申し訳なさそうに眉をひそめ、2人から1歩引いた。
「そのこと、ちゃんと謝ろうと思っていたんだ。 昨日はあんな態度をとってしまぅて本当にすまなかった」
彼女はそう言って深く頭を下げる。
「悪気があったわけじゃないんだ。 けれどきっと君たちに不愉快な思いをさせてしまったと思う。 だから──」
「いいのよ、レイシア。 だから頭を上げてちょうだい。 ね?」
心苦しそうなレイシアを宥めるようにエルフィアは彼女の肩を優しくさすった。
「エルフィア……」
その言葉にレイシアはようやく重い頭を上げた。
その綺麗な赤い瞳にはじんわりと涙が浮かんでいる。
「この後、みんなでご飯食べに行こうって話してて。 ほら、前にレイシアが連れていってくれたパトリア。それでレイシア達のこと誘いに来たの」
「こんなボクとまだ仲良くしてくれるのかい……」
「何言ってるのよ。 当たり前じゃない。 友達なんだから…」
「そうですよ! なにも気にすることないです。 さ、行きましょう! あたしお腹減りました!」
「エルフィア、ラフィー……」
レイシアは2人の顔を交互に見つめて半べそをかいていた。
「ごめん、ごめん……。 ありがどぉぉぉ!!」
「ちょ、ちょっと、鼻水垂れてるわよ。 はいこれ、鼻か んで」
泣き崩れ、鼻を垂らすレイシアにエルフィアはポケットの中からハンカチを出して渡した。
渡されたハンカチで鼻をかむレイシアを見ながら、エルフィアとラフィーは彼女にもこんな子供っぽい可愛らしい一面があることにほっこりとするのであった。
それからしばらくして、ようやくレイシアは落ち着きを取り戻すと、先程までの自身を恥ずかしがるように頬を赤く染めながら咳払いをする。
「す、すまなかった。 取り乱してしまって…」
いつもの様子に戻り、エルフィアとラフィーは少し残念そうにしていた。
「いえいえ、とても可愛かったですよ」
「ええ、レイシアにもああいうところあるのね」
2人がそうからかうと、レイシアはかぁっと顔を真っ赤にして「忘れてくれ、頼む」と切に懇願した。
それを見て再び2人はにんまりとする。
「全く、レミエルがいなくてほんとに助かったよ」
「確かに、あの人がいたらこれじゃあすまなかったわね」
恐らくレミエルがこの場に居合わせていたら、もっとレイシアのことをからかっていたに違いない。
そういった意味では、この場にレミエルがいなかったことが不幸中の幸いだったと言える。
「でもどうしていないんでしょうね? せっかくみんなでと思ったのですが」
「まぁレミエルのことだから、どうせそのへんをふらふらしてるんだろう。 もしかしたらもうパトリアにいたりしてね」
「「ありえる……」」
レミエルに対する認識の一致に、エルフィアとラフィーの言葉が重なった。
一方その時レミエルは───
「へくちっ……。 なんや噂されてるんやろか。 ま、ウチほどの魅力じゃしゃーないなぁ。 だははは!」
などと言いながら、その辺をふらついていた───。
「誘ってくれてありがとう。 ユウ達も待たせているのだろう? 急いで支度してくるよ」
レイシアはそう言ってそそくさと部屋の中へ戻って行った。
その後レイシアは10分程で支度を済ませ、下で待機していたシルバと合流した。
「昨日のこと、本当にすまなかった!」
レイシアはシルバと顔を合わせるやいなや、直ぐ頭を下げ真摯にそう謝った。
「いいっていいって。 ま、ちっと驚いたけどよォ。 なーんも気にしてねェさ。 それよか、思ったより元気そうで安心したぜ」
「シルバ……」
「まァ? どうしてェも気になるんなら、今日の昼飯はレイシアの奢りってことで。 なーんて」
シルバなりに気を遣い、空気を和ませようとして冗談のつもりでそう言うと思いの外レイシアは真に受けて、
「もちろん、今日はボクに奢らせてくれ。 なんでも好きなものを頼むといい」
「ふんす」とやけに張り切ってそう言った。
そんな彼女の反応にシルバは気後れする。
「い、いやァ、冗談のつもりだったんだけど」
「いいや、みんなへの非礼はこのくらいじゃ到底お詫びしきれない!」
こうなっては、レイシアを止めることも出来そうにないと3人は理解した。
空気を読んだシルバは苦笑いしつつ、テンションを上げて握りこぶしを高らかに振り上げる。
「よ、よっしゃァ! じゃあここはレイシアパイセンにどーんと甘えることにするかァ」
「「お、おー!」」
そんなシルバに、エルフィア達も乗っかった。
「うんうん、先輩に任せなさい」
レイシアは心底嬉しそうな様子でそう言いながら頷いていた。
「しかし、そう言えばユウの姿が見当たらないんだけど……」
上がったテンションが少し落ち着いた後、レイシアは周りをきょろきょろと見渡しながら、ユウの不在について言及した。
それに対して「あァ、ユウなら」とシルバが答える。
「アルド先生に呼ばれたって言って、学園の方に行ってる。 後で合流するから先に行っといてだとよ」
「そうか……。 一刻も早く昨日のこと、ユウにも謝りたいんだけどな……」
不安そうに沈むレイシアをラフィーが宥める。
「大丈夫ですよ。 マスターも全然気にしてないです。 きっと直ぐに合流しますよ」
「そう、だね……」
ラフィーにそう言われながらも、レイシアはまだ気がかりのようだった。
「さ、さぁ、早く行きましょう。 そろそろ混み始めちゃうわ」
エルフィアが空気を変えようとそう言って、4人は、ミシェド学園日常エリア、食事処パトリアへと向かったのだった。




