第158話 レミエルとの相談
「そっかぁ……。 ユウちゃんは、もう全部聞いたんやね」
綺麗なオレンジ色の髪を揺らし、レミエルはどこか安堵するようなため息をついてそう言った。
その表情はほんのりと緩み、あの時と同じ、慈愛に満ちた優しげな微笑みが浮かんでいた。
そう。 俺は、さっきアルドから聞いたレイシアの話をレミエルにすべて話したのだ。
「怒らないんだな、勝手に聞いたこと…」
きっとレイシアにとっては話したくなかったことで、聞かれたくなかっただろう。
そして、アルドの話が本当だということはいまのレミエルの反応からしても明白だ。
しかし、懸念する俺に対して、レミエルは「なんで?」と笑いかけて、
「怒らんよ。 むしろ、よお聞いてくれたわ」
「でも、俺はレイシアが隠したいことを勝手に掘り出そうとしてる」
「ユウちゃんが罪悪感抱くんも分かるで? せやけど、ウチは良かったって思うとる。 これはレイシアたんにとって必要なことや。 いやむしろ、ウチはどこかでこういう展開を望んでいたんやろな。 ユウちゃん達と初めて出会った、あの時から…」
いつもはおちゃらけているレミエルが、今日はいつにも増して真剣な面持ちだった。
きっとレミエルは誰よりもレイシアのことを大切に思い、案じていたのだろう。
「それに、ウチが止めてもやめる気なんてさらさらないんやろ?」
少しばかり、いつものからかうような顔でそう言われて、俺も思わず笑みが零れた。
「はは、お見通しみたいだな」
「あぁ、分かるで…。 ユウちゃんのことはよう見とるからなぁ。 ウチも…」
レミエルはそう言うと、ふふっと少し微笑んで、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「ユウ・クラウス。 レイシアのこと、お願いします…」
「!?」
レミエルが、突然向き直ったかと思えば、今度はいつもの彼女とは到底かけ離れた丁寧な言葉遣いでそう言った。
俺の呼び方やレイシアの呼び方もまるで違うし、声もなんだか綺麗な気がする。
もはや全くの別人のようにすら思えて、俺は動揺を隠せなかった。
「え、どちら様?」
思わずそう聞くと、顔を上げたレミエルは、いつもの調子で笑った。
「何言うてんや。 この数秒でウチのこと忘れてもうたんか?」
普段通り、おちゃらけた様子でツッコミを入れてくるが、その表情は心做しか恥ずかしそうで頬が少し赤らんでいた気がした。
「いや、だってさっきの……」
「な、なんや、ウチがかしこまったら変かいな!」
「いやまぁ、だいぶ変だな」
「あ、あ、あ、あははは、やっぱそか! あー、もうウチはなにやってんや…」
正直驚いた。
ここまで狼狽えているレミエルは初めて見た。
でもなんかちょっと可愛いな。
そう思ってつい頬が緩んだ。
けれど何より彼女のことについてこう思った。
「お前、ほんといいやつだな」
そう言ってやるとレミエルはさらに頬を染めて、誤魔化すように俺から目を逸らす。
そしてポケットに手を突っ込んだ。
「な、なんや褒めたってなんもでぇへんで? 飴ちゃん食べるか?」
突き出された手のひらに乗っていたのは色とりどりの飴玉だった。
これには俺も笑いを抑えることが出来なかった。
「はははは、ちょっと待ってお腹痛い」
「なんやなんや? 大丈夫かいな?」
笑いすぎて俺は腹を抱えた。
俺の中でレミエルのキャラが有り得ないくらい可笑しくなってしまっていたのだ。
「ごめんごめん…。 ありがとう、じゃあ1つ貰おうかな」
ようやく笑いが収まると、俺はそう言ってレミエルの手からオレンジ色の飴玉を1つ貰った。
こんなに笑ったのは久々だった。
そんな俺を見て、逆にレミエルの方が落ち着いていた。
きっと、普段そんなに大笑いしない俺がいつにも増して笑っていたのに驚いたのだろう。
「ちょっと驚いたで。 ユウちゃんも、あんな子供みたいに笑うんやね」
「あれはしょうがない…」
その時には、先程まで流れていた稍重の空気はきれいさっぱり無くなっていた。
「それで、ユウちゃんはこの後どうするんや?」
「あぁ、ひとまずオルセンに行ってみようと思ってる」
「なるほどなぁ。 せやかて、休暇は2週間やろ? 間に合うか?」
学内序列戦明けの休暇は2週間。
オルセンまでは馬車で片道1週間以上かかるから、間違いなく2週間で行って帰ってくることは出来ない。
だから───
「そこはアルド先生にお願いしてあるから大丈夫だよ」
そう、俺はさっきアルドに2つのお願いをした。
1つは、俺の休暇を少しだけ伸ばしてもらうこと。
もう1つは外出の手回しだ。
今回の休暇は長期休暇ではないため、王都を出ることは原則許されていない。
だからアルドには俺がまだ長期休養中というニセの届けを作成してもらった。
正直バレたらかなりヤバいが、そこはアルドに任せるしかない。
実際にこれをお願いした時は、さすがのアルドも焦っていたが。
その旨を伝えると、レミエルは感心したように吐息をこぼした。
「準備は整ってる、ちゅうことか。 1人で行くんかいな?」
「そのつもりだ。 大勢でいっても迷惑だろうしな」
「…エルフィアも置いていくん?」
「ん? あぁ、まぁそうなるけど、なんでだ?」
レミエルの質問の意図があまりよく理解することが出来なかった。
たしかに、エルフィアやラフィーを置いていくことにはなると思うが、なぜレミエルはエルフィアについてだけ聞いてきたのか。
そう思って聞き返すと、レミエルは「え?」と不思議そうな顔をする。
「まさか、気づかれてないと思うとるん?」
「なんのことだ?」
「いや、ユウちゃんエルフィアに惚れとるやろ? やから、2週間以上も会えんのはどうなんやろって」
「……」
レミエルの言葉を聞いて、俺は呆然となった。
聞き間違いではなかろうか。
「……今、なんて?」
そう聞き直すとレミエルは「せやから」と前置き、
「ユウちゃん、エルフィのこと女の子として好きやろ? やから、2週間も離れ離れでええんかなぁって」
「な、な、な、な、なんでそれを!」
俺は先程以上に動揺を隠しきれなかった。
口はぽかんと空き、顔は燃えるように熱い。
「そら見とったら分かるで。 多分、シルはんとラファエルも気づいとるんちゃうか? まぁ、レイシアたんと当の本人は気づいてないんやろうけど。 あの二人そういうのにうとそうやからなぁ」
レミエルは心底可笑しそうに笑ってそう言った。
「ま、まじか……」
「あははは、今日のユウちゃんは、えらい愉快やなぁ」
「からかうなよ」
ジト目でそう言うと、レミエルは「かんにん、かんにんなぁ」と、お腹を抱えながら手をひらひらとする。
「ま、ええんとちゃう? ただ、ちゃんと説明はしいや。 きっと二人とも心配するやろから」
「分かってる。 じゃあ、俺は行くから。 レイシアにはレミエルから上手いこと言っといてくれ」
「りょーかい!」
そうして、俺はエルフィア達のところへ向かおうと、その場を後にしようとした。
その時、背後からレミエルが俺を呼び止める。
「あ、そうやユウちゃん!」
俺は振り向き「なんだ?」と聞き返すと、何か言いかけた口を開き、なぜか少しだけ間を開けて、
「……気ぃつけていってきやぁ!」
レミエルはそう言って手を振ったが、なにか他に言いたいことがあったようにも思える。
けれど俺は特に気にはとめず「おう! ありがとな!」と手を振り返して再び歩き出した。
─────
「なぁユウちゃん。 ウチは本当はこういうこと言える立場やないんやろうけどな…。 あんまり他の娘に優しくしとると、きっと困ったことになるで?」
遠ざけるユウの背中を眺めながら、彼女は小さくそう零した。
しかし、しばらくしてユウの姿が見えなくなると、彼女は「ま、えっかぁ」と開き直って、
「さぁて、なんやこれからおもろいことになりそうやなぁ。 がんばりや、ユウちゃん」
楽しそうにそう言って、その場を去っていった。
 




