第155話 レイシア②
レイシア・コルヌスは、王都から遠く離れた、人口が200にも満たないような小さな集落に生まれた。
その村の名はオルセン。
オルセンに住むほとんどの住人が主に農業で生計を立てており、細々と暮らしている。
住民が外へ出ていくことも、外から誰かが移住してくることもほとんどなく、ひと月に1度、税金を取りに役人と、一緒に行商人が訪れるくらいだ。
そんな場所でレイシアは育った。
至って普通の少女であったが、レイシアには1つ歳上の友達、いや親友がいた。
彼女の名前は、ニーナ・アイセン。
家が近く、さらに村には子供が少ないということも相まって、幼い頃からずっと一緒に育ち、ほとんどいつも一緒にいた存在。
誰もがこのまま、オルセンで暮らしていくのだろうと思っていた最中、とある事件が起きたのだ。
それはレイシアがちょうど11歳の誕生日を迎えた1週間後の出来事───。
◇◆◇◇◆◇
「ニーナちゃん遅いなぁ…」
レイシアは親友の帰りが遅い事を気がかりに思いながら、その日の作業の後始末をしていた。
オルセンでは、老若男女関係なく誰にでも仕事がある。
与えられた天職が発現するまでは、全員が畑仕事をし、天職に合わせて仕事か割り振られていた。
レイシアは11歳になったものの、早生まれだったため、天職鑑定の儀式までしばらく時間があった。
それまでは、ずっとやってきた畑仕事を手伝っていたのだ。
対してニーナは、既に天職鑑定の儀式を終え、上級弓士という上位職を授かっていたため、村はずれの森に入って猟をしていた。
弱冠12歳で、既に一人で森に入るほどに彼女は優秀だった。
というよりも、彼女自身がそれを望んでいたのだ。
それは1人の方が効率が良かったからだ。
それに、彼女には夢があった。
自分の能力を生かし、王都の学園に通うことだ。
そのために自分自身がレベルアップしなければならなかった。
そしてその日も、ニーナは一人で猟に出かけていたのだが、いつもにくらべ明らかに帰りが遅かった。
既に日も暮れかけて、辺りは塾したみかんのように夕焼けが広がっている。
いつもならば、昼に出かけ、レイシアが作業を終える頃には獲物を背負って帰ってくるというのに。
レイシアの不安は時計の針が刻まれごとに強まっていく。
嫌な予感がしてたまらなかった。
ニーナの両親を含めた他の村人達もニーナの帰りが遅いことに違和感を感じ始め、森の様子を見に行こうとした、その時だった。
薄暗くそまった森の影から、複数の松明がゆらゆらと村の方へ寄ってきていた。
初めはニーナが帰ってきたのかと思ったレイシア達だったが、しだいにその異常に気づく。
しかし、気づいた頃にはもう既に遅かったのだ。
「おい! お前らそこの村の奴らだろ?」
レイシア達の方へ寄ってきた、10人ほどの人衆、その先頭を歩く髭男がまるで威嚇でもするような様相でそう言った。
「あのぉ、何か私達の村に何か御用でしょうか? 申し訳ないのですが、宿でしたら他を当たって…」
村人側の男性が、腰を低くして対応するが、男は「あん?」と眉をひそめる。
「そんなこと聞いてんじゃねぇよ」
「でしたら、何用で…」
「わかんねぇかなぁ?」
男は苛立ちを露に腕を組み、後ろに目配せをした。
そして、松明と共に前に出てきた2つの人影に、村人達全員が背筋を凍らせ、目を見開いた。
「っ!」
そこにあったのは、目を疑うような光景。
禿げた男と、ロープで縛られたニーナの姿だった。
彼女の首元にはナイフが突きつけられ、涙でくしゃくしゃになってしまった顔にはいくつもの痣ができている。
「ニーナちゃんっ…!!」
「レ、レイシアぁ…」
レイシアは思わず悲鳴をあげた。
続いてレイシア同様に真っ先に駆けつけていたニーナの両親も顔をまっさおにして叫んだ。
「お願いです! 娘を離してください!!」
「やめてくれ!」
「あぁ、うるせぇうるせぇ! いわねぇとわかんねぇか?」
必死に嘆願する彼らを足蹴にして、男は冷淡に一言こう言った。
「金だ。 金目のもの、今すぐかき集めろ。 あとは食料もだ、ありったけここに持ってこい」
「んなっ!?」
「30分だけ待ってやる。 間に合わなかったらどうなるか…頭の悪いお前らでもさすがに分かるよなぁ?」
髭の男がそう言うと同時、禿げた男はニーナの首にナイフを突き立てる。
禿男は悲鳴をあげるニーナをまるで弄ぶように、下賎な笑みを浮かべていた。
よくよく見れば、そこにいた人衆のほぼ全員が武装していた。
しかしながら、どう考えても一刻の猶予もないというのに、村人たちはその要求に動揺し、なかなか動き出せないでいた。
それもそのはずで、ついこの間税金を支払い、その時期はちょうど備蓄も厳しい状態にあったのだ。
誰もが理解していた。
ニーナのために動かなければならないと。
ニーナの両親は周りに必死で頼み込むが、賛同してくれるものは少ない。
自分のために必死にすがりつく両親を見て、ニーナは「ごめんなさい、ごめんなさい…」とか細く泣くことしか出来なかった。
そんな中、なかなか動き出さない村人たちに憤りを感じた髭男が「おい!」と怒鳴る。
「なにしてやがる! さっさと持ってこい!! 30分も待たずにぶっ殺すぞ!」
その言葉を合図にニーナの首にナイフが押し付けられ、どろりと血が流れた。
「やめて!」
ニーナの母親が泣き叫ぶ。
父親は我慢できず、髭男の方へ闇雲に突進した。
「うぜぇなぁ!」
「ごふっ!」
髭男は腰の剣を抜き、父親を切りつけた。
返り血がニーナの顔にまで飛んでいく。
母親はより一層取り乱し「いやぁぁ!」と叫ぶ。
ニーナの父親が切られたことを皮切りに、髭男たちも堪忍袋の緒が切れたように、もはや村人全員を襲いかからんばかりの勢いで、その場は大混乱に満ちていた。
その時だ。
「やめろぉぉッ!!!!」
幼き少女の叫び声が、どんな獅子にも勝る咆哮がその小さな村に轟いた。
銀色の髪をたなびかせ、レイシアの体は青白く発光する。
その瞬間、何が起きたのか、きっと彼女の自身にも分かっていなかっただろう。
ただ起きたことをそのまま言うのならば、辺り一面が真っ白に凍りつき、髭男達全員が氷の柱の中で絶命していたのである。




