第11話 追放
俺は神殿を後にして、1人とぼとぼと来た道を歩いていた。
草木が生い茂る深い森。
1人で歩くには危険だ。
特に俺のような弱者なら尚更に。
辺りは既に薄暗くなってきている。
「夜の森は危険だな」
周りを見渡しながら、独りごちる。
こんな貧弱なステータスで魔物にでも襲われたら一溜りもないだろう。
魔物はこの世界に存在する魔人種の亜種である。
サーナス上位種には、人種、エルフ、魔人、龍族などがある。
魔物は多大な魔力と戦闘能力を有する魔人を除く上位種の外敵である。
人類でも騎士や冒険者など戦闘の実践を充分に積んでいなければ、決して対抗できない。
だからこそ、圧倒的戦力をほこる勇者や賢者はどこへ行っても重宝されるのだ。
1時間ほど歩いたところで村灯が見えた。
「はぁ、もうアイツらの顔も見たくないのに、ここに帰ってきちまうんだな」
その灯りを見て俺は自分に溜息をついた。
結局村にいなければ俺はすぐに死んでしまうだろう。
もう居場所と言える居場所はこの故郷だけだ。
俺はここに縋って、クラスメイトに縋らなければ結局生きていけないんだろう。
そう、意を決して戻ってきたのだ。
しかし、待ち受けていたのは、おかえりと言ってくれる両親や村人の姿ではなく。
「よくものこのこと戻ってこれたものじゃな!」
怒りに顔を真っ赤にする村長が待ち構えていた。
他にも村人が多数、中には俺の両親、そしてアーサやメルクの姿も見えた。
村人達はクワや斧などの農具を手にこちらを睨みつけてくる。
「みんな、どうしたの……? そんなものもって……」
俺は最悪のことを予感した。
まさか故郷までが俺を邪魔者扱いするのか、と。
そしてもう、当たり前のようにその予想は的中する。
「どうして、だと? 貴様は自分が何をしたのかも分かっていないのか! この異端者が!」
叫び上げる村人達の後ろでニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるクラスメイトの姿があった。
───あぁ、あいつらか。
おそらく、俺が悪行を働いたとでも言いふらしたのだろう。
さしあたり、神父を殴り倒して、怪我をさせたとかだろうか。
終わりだな、なにもかも。
でもおかしいや。
こんな状況なのに、何で涙すら出てこないんだろう。
何でこんなに冷静なんだろう。
いや……。
きっと冷静じゃないからこそ、正常な感情を今持ち合わせることが出来なかったのだろう。
深い溜息が漏れでた。
「貴様は聖者である神父様に暴力を働いたのだ。 これが何を意味するか分からないわけではあるまいな? 聖者とは神の使い、その御方を傷つけたとあらば、神の怒りが村を破滅させる。 貴様がこの村に足を踏み入れた時点で、神の裁きがくだされる」
大の大人が寄って集って、無職である最弱の俺に武器を構えてまで、怒鳴り散らすのか。
俺が仮に抵抗したところで、何も起きやしない。
まぁ決まっているか、俺が彼らにとって害悪だからだろう。
俺は疫病神なのだ。
彼らには村を破滅に導く俺は悪魔のように見えているのだろう。
怖いのだ、神の鉄槌が。
守りたいのだ、自分たちの故郷を。
「そうか……。 なら、俺がここから出ていけばこの村は助かるんだろう?」
俺はもう開き直り、そう尋ねる。
「なんだ、理解してるんじゃないか。 そうさ、お前がここから出ていけばいい。 そしてもう二度と戻ってくるな!」
「……分かった」
俺はそれだけ言うと、故郷を背に向けて、再び歩き出した。
「早く行っちまえー!」
「はぁ、これで村は救われる」
「絶対に戻ってくるな! のうのうと戻ってきやがったら、次は殺すぞ!」
「失せろ背教者」
背後から大声で村人の野次が飛んでくる。
それは間違いなく刺さり心を摩耗させているはずなのに、何も感じない。
まぁ都合がいいか。
声はどんどん小さくなっていき、もう既に村灯も見えないところに来ていた。
こうして俺は、故郷までもを失った。
力も知恵も、何もない俺が、なぜこんなにも色々なものを失うのか。
辺りは夜の闇に沈んでいた。
暗いな。 魔物でもそこら辺の茂みから出てきそうだ。
肌寒さに俺は肩をさする。
「さて、これからどうするか」
どうするかと言っても帰る場所もない。
どこか別の街に行って仕事を探そうにも、無能の俺を雇ってくれるところなんてないだろう。
俺はそんなことを考えてひたすら歩くだけである。
目的もなく、行く宛もなく、生きる術もない。
木の実や、魚でも採ってサバイバル生活でもしてみるか。
俺はまた馬鹿なことを思いつく。
冷静に考えれば、こんな所で野宿など、戦闘能力もない俺は魔物達の格好の餌に決まっている。
しかし、俺はそんな正常な判断さえできないほどおかしくなっていた。
常に酷い嘔吐感に襲われる。
もう吐きすぎて、胃液すらないのではないかと錯覚してしまうほど、胃は空っぽだった。
のどが乾ききり、もう声もかすれかすれだ。
もういっそどこかでひっそりと死ぬか。
とにかく俺は今、そんなことくらいしか考えられないほど、絶望の淵に立たされていた。
歩いて歩いて、ひたすら歩いた。
何をすればいいのかわからないから。
もう自分がどこにいるのかも分からない。
はぁ、俺はきっとこのまま死ぬんだろうな。
もう体力も限界だ。
いっそ死んでしまった方が楽だろう。
(もう死んでしまいなよ)
そんな甘い言葉を、俺が俺に囁く。
(辛いんだろ? 苦しいんだろ? なら死んじまえよ。 楽になる)
「そうか、死んでしまえば、こんな気持ちしなくてすむんだ。 そうだ」
俺はそんな悪魔の囁きを受け入れていく。
今1番信用出来る自分の言葉なのだから。
そう、決断を早まろうとした時だった。
「おい、こんな所に人間の子供がいるぞ」
「あぁ、だがあの娘とは違うようだ」
そんな2人分の声が聞こえる。
ほとんど閉じていた目を見開いてみると、そこには闇に溶けそうなほど黒い足があった。
なんだ?と思い、俯かせていた頭を上げると、そこには大きな黒い羽、大きな牙、そして真っ赤な瞳をもつ、魔人の姿があった。




