第151話 彼女の想い
「あの時、ほんの一瞬だけ意識が戻ったんだ」
まぁ戻ったとはいえ、その意識はとても曖昧で、視界はあまりにぼやけていたが、こうして今、彼女と顔を合わせて、あの時自分のことを助けてくれたのが、ミリアだという確信を得たのだ。
「だから……ありがとうだ」
そう感謝をすると、俺に続くようにエリザが「ほんとによ」と言って、ミリアの方を見た。
「あなたがいなかったら、クラウス君はとても危険だったわ。 だから、そんな顔するんじゃないよ」
「……」
そう言われたミリアは、口を抑えて、その目から溜めていた涙をついに零していた。
「私は……私は……」
声を震わせ、顔を俯かせる。
そんな彼女の背中をラフィーやレミエルがそっとさすっていた。
ミリアがどんな思いでいるのか、俺には想像することしか出来なかったが、きっと彼女にとって、今この瞬間の気持ちはとても大切なものだったのだろう。
ただ、ミリアが少しだけでも報われた気持ちになれていたらいいと、そう思った。
「さて、ユウの顔も見れたことだし、ボク達はそろそろお暇するとしようか」
しんみりとした空気を変えようとしたのか、少し間をあけ、レイシアがそう言ってレミエルとシルバに目配せをした。
「せやな。 あんま大勢でいてもユウちゃん落ち着かんやろし」
「あァ、今はとにかく安静にしねェとだしなァ」
2人がそう応えると、レイシアは「ほら、君も」とミリアに向かって言った。
「は、はい……」と、まだ泣き声の名残りのある声音でそう返事し、俺の顔へ向き直る。
「ま、また……お見舞いに来ても、いい、かな……?」
目を赤く腫らして、少しだけ不安そうにそう聞いてくるミリアに、俺は「あぁ」と頷いた。
「そうしてくれると、嬉しいよ」
そう返すと、彼女はぱぁっと花が咲いたような表情を浮かべ「絶対に行く!」とはにかんだ。
そんなミリアに続くように、
「もちろんボクたちも行くよ」
「また来るぜェ」
「お大事になァ」
レイシア達もそう言ってくれた。
俺は一言「ありがとう」と感謝すると、4人は背を向け、医務室から出ていった。
その時、シルバが含んだような笑みで一瞬俺の方に振り向いたのは、少しだけ気になったが。
「ん? どうかしのか、エルフィア?」
4人が医務室を出ていった後、エルフィアが心做しか複雑そうな表情を浮かべて、自身の胸の当たりを抑えていたのに気がついて、俺はそう訊ねた。
「い、いえ……何でもないわ」
エルフィアはそう言って、何事も無かったように微笑んだ。
その時、
「あ、そうだエルフィアちゃん。 お鍋の火止めてくれないかしら?」
エリザが何かを思い立ったようにそうお願いするとエルフィアは「あ、分かりました」と頷いて、そそくさと部屋の奥へ入っていった。
―――――
「……」
エルフィアはユウ達から見えないとこで、壁に手を付きながら、また胸の当たりを手のひらで抑えていた。
頬をほんのり赤く染め、吐息をつく。
「胸がモヤモヤする……」
エルフィアは少し前の光景を思い出して、そう呟いた。
その思い出したことというのは、先程医務室を後にしたミリア・アーチェラのことだ。
彼女がユウに向ける眼差しや感情が、どうにもエルフィアの胸に引っかかっていた。
そして、そのつっかえの正体と原因にエルフィアはもう既に気がついていたのだ。
だから彼女は「はぁ」と溜息をついて、
「私って、嫌な女……」
そんなふうに自己嫌悪を零した。
別にユウは自分の恋人である訳では無い。
それなのに、ミリアが彼に向ける想いに気がついて『渡したくない』なんて思ってしまった。
それは独占欲であり、嫉妬だった。
そしてエルフィアがまた溜息をこぼそうとした時、
「───そんなことないわよ」
エリザが腕を組みながら「ふふ」と微笑んでそう言った。
するとエルフィアは、ばっと顔を上げ、エリザの方に振り向く。
「え……なんで」
驚きと不思議の混じった表情を浮かべるエルフィアにエリザは「そりゃあ分かるわよ」と言って、壁に寄りかかる。
「あんな乙女の目で彼のことを見ているんだもの」
「そ、そんなにわかりやすいですか……?」
「まぁね。 本人は気づいてなさそうだけど」
「でも……だったらなんで───」
なんで『そんなことないよ』なんて言うのか。
エルフィアがそう聞こうとしていることも、そして何に悩んでいるのかも、エリザは全て察してるように口を開いて言葉をかけた。
「独占欲も嫉妬も、恋する乙女には可愛いアクセサリーよ。 持っていることは別に悪いことじゃない。 まぁ、いきすぎると凶器になりかねないけれど」
「……っ」
そう言って最後に冗談めかしく微笑する。
自分が感じていた気持ちを全て見透かされたように当てられて、エルフィアは驚愕に目を見開いた。
しかし同時に、安堵してもいた。
自分の気持ちを何も言わずとも理解してくれたエリザという存在は、今のエルフィアにとって、この上なく心強かったのだ。
そう『好き』という初めての感情に戸惑っていた彼女にとっては。
だが、一つ懸念があった。
「でも、私のせいでユウを困らせるのだけは絶対に避けたい……」
あくまでエルフィアはユウを支えるために共にいる。
それなのに、自分の気持ちのせいで彼のことを振り回し、迷惑をかけてしまっては、本末転倒だ。
そんなエルフィアに、エリザはふっと微笑んで、
「きっとそれは杞憂になるわよ」
そう言った声は意図的に小さくされていて、エルフィアの耳には届くことは無かった。
「え……」と首を傾げるエルフィアにエリザは改めて「まぁ」と紡いで、
「悩み事があったらいつでも相談にいらっしゃい」
そう声をかけた。
エルフィアは少し当惑しつつも「あ、ありがとうございます」と感謝を言った。
「さ、彼にご飯を持って行ってあげましょう」
そうして、エルフィアとエリザはお盆にユウの朝食を乗せて、彼の病床へ戻っていった。
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