第148話 後悔
今回はアーサ視点です。
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「これで勝負は終わったんだ。 約束通り、今後一切、俺に関わるな」
ユウは俺にそう言い下した。
その約束は俺から言い出したものだ。
この試合が終われば、ユウには一切の干渉をしない。
しかし、こうして敗北した今、俺はどうしてもその条件に納得がいかなかった。
俺は背中を向けようとするユウを引き止めるように口を開く。
「それだけなのかよ」
そう呟くとユウは動き止め、再びこちらへ向き直った。
「どういうことだ?」と言いたげな表情を浮かべる彼を見て、俺はとうとう我慢ならず「だってそうだろ……」と零すと、腹の底から込み上げてくる言葉が次々と口をついて出た。
「俺はお前に散々なことをしてきたんだ。 この勝負でも卑怯な手を使った。 恨んでるはずだろ。 関わらないって……たったそんだけで済ませるのかよ」
本当は今まで、ただ気付かないふりをしていただけなんだ。
自分のしていることが、どれだけ愚かで罪深いことかなんて、とっくに分かっていた。
でも、気がついた時にはもう歯止めが効かなくなっていた。
だから俺は、気付かないふりしていた。
自分の罪から目を背けて、逃げ出したんだ。
俺は罰が欲しかった。
そうでなければ、この罪の重さに心が押しつぶされそうだったから。
しかし、ユウが意見を変えることはない。
「そうだ。 お前は俺に関わらない、それだけでいい」
「なんでだよ……」
「なんだ? お前は復讐でもしてほしいのか?」
「それは……」
「別にお前を恨んでないことはねぇよ。 むしろ死ぬほど恨んでたよ。 復讐したいとも思ったさ」
「だったら……」
だったらなんで、復讐しようとしない?
俺がそう言い返そうと口を開いた時、ユウは「でも……」と切り返し、その口からは予想もしない言葉が飛び出した。
「お前には感謝もしてるんだ」
「……!?」
その発言に、俺ははっと目を見開いた。
ユウが俺に感謝?
恨まれる理由はいくらでもあるが、とても感謝されるような心当たりなんてない。
動揺を隠せない俺を他所にユウは続ける。
「お前と過ごした、あの時間だけは、正直、心底楽しかったって、今でも思うよ」
ユウはそう言いながら俺に向かって微笑んだ。
その顔を見て、俺の中でかつての……奏真と過ごした時の記憶がふと想起した。
「お前とは本当の親友になれたと思ってもいた」
あぁ……そうだな。
そうだった。
思い返せば、やっぱりそこにたどり着く。
奏真と過ごした時間。
お前は、俺が演技で仲良くしてる振りをしていたと思ってるかもしれない。
俺も、自分は演技をしているのだと思い込んでいた。
いや、思い込もうとしていた。
そうしないと、目的を見失ってしまいそうだったから。
だけど今になって思い出した。
本当は俺も同じ気持ちだったんだって。
今更後悔しても遅いって分かってるけど、俺はあの時、何よりもお前を選ぶべきだったんだ。
「それに、あの時村から追放されたおかげで、俺はもっとかけがえのない人と出会った。 だから、俺はお前にこれ以上何もする気はない。 何かして欲しいとも思わない。 俺とお前は、もう完全に別世界の人間なんだ」
そう言って、ユウは最後に「じゃあな」と言い捨てて、俺に背を向けると、歩き出す。
その背中を見て、俺は無意識にも「俺も……」と零してしまった。
するとユウは背を向けたまま立ち止まる。
「俺も、お前と一緒にいた時間は……悪くなかった。 もし、あんな出会い方じゃなければ……」
心からの本音が、言葉が溢れてくる。
悪くなかったなんてものでは無い。
奏真と過ごした日々は最高だった。
冗談を言い合って、笑いあって、なによりも楽しい時間だった。
だからきっと『もしも』なんて言ってしまったんだ。
だがそこから先は、俺には言う資格がない。
言っても全くもって意味が無い。
だから俺は口をぎゅっと噤んだ。
もし、あんな出会い方じゃなければ────お前と本当の親友になれたんじゃないかって。
そんなことは口が裂けても言えなかったんだ。
俺が黙り込むと、直ぐにユウの足は動き出した。
ゆっくりと遠くなる背中を見て、ユウと……三木原 奏真と……親友になれたかもしれない男と完全に決別した気がした。




