第146話 決別の歩
遅ればせながら、あけましておめでとうおめでとうございます!
今年も何卒よろしくお願い致します。
試合が終わった直後、アーサは倒れ込むようにへたりと腰を地に下ろした。
そして呆然とした様子で顔を伏せる。
俺は重い空気感の中、そこへひたひたと歩み寄った。
「俺の勝ちだ、アーサ」
力なく座り込むアーサを見下ろしながら、俺は勝利宣言を言い渡してやる。
しかし、今のアーサは満ち溢れていた自信を喪失して、まるで抜け殻のようだ。
その口から出てきたのは、悪態というにはあまりに弱々しすぎる、唖然と溢れる独り言。
「油断なんてしてなかった。 途中まではシナリオ通りだった。 あれだけやって、それでも俺は、お前に勝てなかったのか、ユウ……」
それは今の自身の立場を悲嘆しているわけでもなく、はたまた悔恨に苛まれているわけでもなく、ただ淡々と現実を受け入れているといった様子だった。
そんなアーサに俺はこう返す。
「俺からお前に話すことなんてほとんどねぇよ」
お前が俺に何をしたのかとか、どんなシナリオだったんだとか、今更そんなこと聞く気は微塵もない。
どうやってあの状況から立ち直って、勝利まで持っていったのかを話してやる義理もない。
「ただ、一つだけ言えるのは、俺には成すべきことがある。 お前に勝つことなんざその通過点ですらないんだ」
恩がある、約束がある、使命がある。
俺とアーサでは背負っているものの重みが違いすぎる。
それが今回の勝敗を分かつ決定的な差だ。
「俺はお前みたいに、自分だけのために生きているんじゃない」
俺はそう言い切ってみせるが、その言葉に対してアーサが何か反応することは無い。
全てを受け入れているのか、それとも聞こえない振りをしているのかは定かではない。
だが、そんなことは別にどうだっていい。
重要なのは、あの約束のことだ。
「これで勝負は終わったんだ。 約束通り、今後一切、俺に関わるな」
予選のトーナメント表が発表されたあの日、そう約束をした。
この勝負が終われば、やつは俺に一切干渉しないと。
まぁ、アーサが本当にその約束を守るかどうかは怪しいところだが。
俺は念押しの意も込めそう言い残して、背中を向けようとする。
するとその時、
「それだけなのかよ……」
ふとアーサがそう呟いた。
先程の独り言に比べ、今回のそれは明らかに俺に向けての言葉で、明確な意思がこもっている。
その言葉に俺は反転させようとしていた体を止め、もう一度アーサの方へ向き直った。 やつがどういうつもりでそんなことを言っているのかは何となく察している。
するとアーサは「だってそうだろ」と、俯かせていた顔をばっと上げ、静かにそう言った。
「俺はお前に散々なことをしてきたんだ。この勝負で卑怯なこともした。 恨んでるはずだろ。 関わらないって……たったそんだけで済ませるのかよ」
「そうだ。 お前は俺に関わらない、それだけでいい」
「なんでだよ……」
「なんだ? お前は復讐してほしいのか?」
「それは……」
俺の返しにアーサは何も言い返せず口ごもった。
そんなアーサを他所に俺は続ける。
「別にお前を恨んでないことはねぇよ。 むしろ死ぬほど恨んでたよ。 復讐したいとも思ったさ」
俺を陥れ、どん底に突き落とし、全てを失わせた元凶。
それが俺にとってのアーサであり、晴人だ。
憎んだ。 恨んだ。 やり返してやりたい、復讐してやりたいと、何度も思った。
「でも……お前には感謝もしてるんだ」
「……!?」
俺の発言にアーサがはっと目を見開いた。
「お前と過した、あの時間だけは、正直、心底楽しかったって、今でも思うよ」
その全てが俺を陥れるための演技だったのだとしても、あの時の俺は確かに救われていたんだ。
誰にも俺の言葉は届かず、信じて貰えず、軽蔑の視線を浴び続けながら、ただ辛い日々を送るだけだと思っていた。
そんな時に、お前が声をかけてくれたことは俺にとって何よりも救いだった。
「お前とは本当の親友になれたと思ってもいた」
結局最後は、俺の気持ちなど全て裏切られることになるのだとしても、その時は少なくともそう思っていた。
「それに、あの時村から追放されたおかげで、俺はもっとかけがえのない人と出会った」
そのせいで死にかけた。
苦しい思いもした。
けれど、それが無ければ、俺はミルザという、最も大切な人と出会うことは出来なかった。
その出会いがあったから、今の俺は前に進めている。
「だから、俺はお前にこれ以上何もする気はない。 何かして欲しいとも思わない。 俺とお前は、もう完全に別世界の人間なんだ」
そう言って、俺は最後に「じゃあな」と言い捨てて、背中を完全に向けた。
そして歩き出す。
その時、背後から「俺も……」と呟く声が聞こえてきた。
俺は一旦歩みを止める。
「俺も、お前と一緒にいた時間は……悪くなかった。 もし、あんな出会い方じゃなければ……」
アーサはそこまでしか言わなかった。
その続きがなんだったのか、それは最早どうでもいいことだ。
俺は再び歩き出した。
後ろに、過去の因縁を置きざりにして。
自分の中で、ようやくアーサと……晴人と完全に決別した気がした。




