第143話 反撃①
エルフィアの叫びが、それまで止む気配もなかったユウへの罵声や軽蔑の声を全て一蹴した。
やかましかったスタンド席は、一体何事かと、どよめいている。
そして、周りのほとんどの視線と意識は、白髪の少女、エルフィアへと向かっていた。
しかし、そんなことには一切構わず、エルフィアはその憤怒を、悲痛を腹の底から叫びあげる。
肩を震わせて、涙を目尻から溢れさせて。
「あなた達がっ……! ユウの何を知っているのっ!!」
彼女は知っている。
彼が誰よりも必死に努力して、今この場にいることを。
「なんにも知らないくせにっ!」
彼女は知っている。
彼の優しさを、その心根を。
「何の根拠もない噂を鵜呑みにして、誰もユウをちゃんと見ようとしない!」
彼女は見ている。
彼のことを誰よりも見つめている。
「さっきから勝手なことばっかり! 本当のユウのことを知りもしないくせにっ!」
彼女は決めたのだ。
彼に救われたあの日、未来永劫、彼のことを支え続けると。
何があっても、自分は彼の味方でいつづけるのだと。
エルフィアの肩が激しく上下する。
「ユウは……私の英雄は───っ!」
彼女は愛しているのだ。
何の希望も光もない暗い所から、自分を連れ出し、救いだしてくれたユウ・クラウスという、彼女にとっての英雄のことを。
エルフィアは呼吸を引き攣らせながらも、大きく息を吸って、鬱憤を吐き出すように声をあげた。
「何も知らないあなた達なんかが、寄ってたかって、身勝手に傷つけていい人じゃないっ!!」
それはまるで悲鳴のようで、涙に震えた怒号がスタジアム内に駆け巡り、耳が痛くなる程に響き渡った。
その勢いのままに、エルフィアは自身の席を飛びだして、スタンド席の最前へ躍り出ると、彼の名前を叫呼する。
「ユウっ……!」
エルフィアに続いて、ラフィーやシルバ達も席を一目散に飛び出し、スタンド席最前列の柵を前のめりに掴んで、
「マスターっ!」
「ユウ!」
「ユウっ!」
「ユウちゃん!」
彼の名前を呼ぶ。
そして、同じようにしたのはラフィー達だけではなく、ミリアを筆頭にローク達までもがユウの名前を叫んでいた。
周囲は、そんな彼らにひたすら唖然とするばかりであった。
◇◆◇◆
「何も知らないあなた達なんかが、寄ってたかって、身勝手に傷つけていい人じゃないっ!!」
漠然とする意識の中で、悲鳴にも近いエルフィアの怒号がはっきりと聞こえてきた。
───あぁ、本当にダメだな、俺ってやつは……。
エルフィアの声でようやく気がついた。
思い出したと言ってもいいかもしれない。
自分のあまりの馬鹿さに、呆れてつい笑いがこぼれる。
注目されることを忌避とする彼女が、こんな雰囲気の中立ち上がって、あそこまで声を張り上げて、多くの涙を浮かべて。
そうさせてしまったのは俺自身だ。
だけれど、きっとそんな声を俺はどこかで求めていたのだと思う。
そして、それがなければきっと気がつけなかった。
────俺は、1人でここに立っているわけじゃないんだ。
すぐ近くに答えはあった。
何故気が付かなかったのだと、何故見えていなかったのだと、強い後悔と自責の念がつのり出す。
思い上がっていた、思い違いをしていた。
1人で勝手に背負い込んで、1人で勝手に怯えて、1人で勝手で終わらせようとして。
全部1人でやろうとしていた、1人でやれると思い込んでいた。
少しだけ顔を上げれば、そこに答えがあることを知っていたはずだったのに。
焦りと恐怖に支配され、周りが全く見えていなかった。
それは俺の心の弱さだ。
────どうしてここまでこれた?
俺を信じ、支えてくれる仲間がいたからだ。
────なんのためにここまで来た?
あの人のために……あの人の願いを叶えるために。
だから俺は、こんな所で終われない。
終わらせていいはずがない。
みっともなくてもいい、這いつくばってでもいい、絶対に止まるな、決して折れるな。
あの人の願いのために……俺を支えてくれる人達に報いるために……そして何より、自分自身のために!
「……っ!」
動け、動け、動け────動け!!
目を大きく見開いて、感覚のない身体に強く言い聞かせる。
するとその時、俺のことを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ユウっ……!」
「マスターっ!」
「ユウ!」
「ユウっ!」
「ユウちゃん!」
エルフィア、ラフィー、シルバ、レイシア、レミエルの声だ。
その他にも聞き覚えのある声が俺を呼んでいた。
そんな声声が、俺の止まった身体を、心を奮い立たせる。
そして最後のもう一押しを加えるように、
────さぁ、頑張って、ユウくん……。
今は亡きあの人の優しい声が、俺の背中をそっと押してくれた気がした。
────ミルザさん……!
「っぉぉお……」
俺は呻きながら、辛うじて動いた腕を地面に突き立てた。
「まだだっ……!」
「っ!」
俺の声にアーサが気づく。
「まだ、なんにも、終わってねぇぞ、アーサっ!」
そう叫びながら俺は、身体を無理やりに起こし、激しい目眩にふらつきながらも、歯を食いしばってなんとか立ち上がり、アーサを鋭く睨みつけた。
するとアーサは驚愕したように目を丸くする。
「は!? ウソだろ! 毒はまだ効いてるはずだ……」
そんなことをぼやくアーサに構わず、俺は力の限り剣を握りしめ、心のうちで咆哮した。
「さぁ、続きだ……!」
その時だ。
久方ぶりに聞く、あの声が聞こえてきた。
『────条件の達成を確認しました』




