第10話 裏切り
第3章に突入しました。
引き続きお楽しみください。
俺は凍りついた。
全く理解できない、否、理解できないのではなく、理解したくないのだ。
脳が勝手にその言葉を理解することを拒んでいる。
心が状況についていけていない。
「今、なん、て……?」
俺はメルクの蹴りで耳がおかしくなったのではないかと、アーサに再度尋ねる。
どうしても信じられなくて。
まさに藁にもすがる思いで聞いた。
しかし、返ってきた答えは、俺をさらに苦しめる。
「あぁ?聞こえなかったのか? てめぇ耳まで腐っちまったか。まぁどうでもいいが、とにかくてめぇなんかに呼ばせる名前はねぇって言ったんだよっ! 不快だからな」
アーサは俺を見下ろし、まるで部屋にゴキブリを見つけたような顔で言った。
俺は完全に思考が停止した。
「なんでそんな目で俺を見るんだ」
自然と口から零れる。
歯はがくがくと振動している。
「俺は、お前なら分かってくれるって、思ってたのに───」
「ああ、なるほどねぇ。 お前、俺と親友だと思ってたな。 まずはそこんとこから話してやるか」
彼は心底楽しそうに、俺を嘲笑う。
「そもそも、俺は最初からお前を友達だなんて思ったことは1度もなかった。だってそうだ、俺はただ頼まれてお前と仲良くする振りをしていただけだからなぁ。お前以外のやつは大抵その事を知っていたよ。毎日毎日虫唾が走るのを我慢してたんだぜ?」
「─────」
「そんでよ、ある程度信頼を得たところで、全員の前でそれをばらしてお前の絶望した顔を見ようって魂胆だったんだよねぇ。 なぁこんなお願いをしてきたの誰だと思う?」
いったい誰だ?
そもそも俺がこんな目にあうようになった原因はなんだ?
記憶の中を探る、自分が過去に一体何をしたのか。
「いったい、俺が何を─────はっ!」
俺はようやく気づく、こいつが俺に関わりをもつようになったきっかけを。
「ふんっ、やっと気づいたみたいだな。 お察しの通り、お前をはめたのはお前に酷いことをされた俺の彼女さ」
あの時の女、まさかこいつの彼女だったとは。
「彼女が頼んできたんだよ、お前を陥いれてくれってな。 最初はなんでだって聞いたんだが、どうもお前に酷いことをされたって泣き出したもんでな、もう怒りでどうにかなりそうだったよ」
「それが、濡れ衣だったんだよ!」
俺は今更意味もない身の潔白を証明しようとする、が。
「そんなの、今更信じるやつなんてここには一人もいねぇだろうさ、なぁみんな!」
アーサは聴衆であるクラスメイトたちに同意見を求める。
「当たり前だろうが!」
「そんなクズの言うこと、全部嘘に決まってる。この場から逃れるための演技よ」
「そーだそーだ、そんなやつ人間なんかじゃねぇ。 悪魔がお似合いだ!」
「俺はそんなクズ信じたことは1度もなかったね!」
聴衆達は、アーサに強く賛同している。
どうやら、これ以上何を言っても、俺は悪人のようだ。
俺は何もかもを諦めたように、下を向く。
全てがもうどうでも良くなる。
自分が悪人であり、害悪であり、邪魔者であるということを受け入れていく。
もう誰も信じられない、信じてくれない。
もう誰も俺を助けてくれない、自分でなんとかすることも出来ない。
あぁ、もうなんか生きているのも疲れる。
もういっそ、感情なんてなければいいのにと思った。
そうすればこんな思いをすることもなかったのに。
苦しいだけ、辛いだけ、悲しいだけ、虚しいだけ、悔しいだけ。
涙を流すことも出来ないほど心は追い詰められ、俺の目は乾いていった。
それを見るとアーサは「ははっ、やっとだな」と悪魔のように裂けたような口で笑い。
「やっとその顔になったな。無様だなぁ、それがお前がしてきたことのつけってやつさ。 あーあ、カメラとかあれば100枚でも撮ってやるのに。 勇者のスキルにカメラなんてないのかなぁ?」
アーサを筆頭にして、誰も彼もが俺を笑う。
無様に倒れる、無職の最弱を。
「ふんっ、急に静かになりやがった。 認めたってことか、自分が正真正銘のクズであることを。
もう話すこともねぇよ。 じゃあな、元親友くん」
そう言い捨てて、俺の前から姿を消した。
「みんな、もう帰ろうぜ。 ミリア、ローク、お前らもだ。さっさと戻るぞ」
アーサは2人の手を引いて、先頭を歩く。そしてほかのクラスメイト達も、最後まで俺をゴミを見るようなような目で見て、ぞろぞろと神殿をあとにして行った。
残ったのは、俺と神父の2人だけだった。
神父は複雑そうな表情で俺とみんなのほうを何度も往復して眺めている。
それはそうだろう、自分に殴りかかろうとした男とはいえ、ここまでのことをされているのだから。
「おい、君。 大丈夫なのか?」
神父は心配そうに俺に呼びかける。
さすが聖者様だ、人間が出来ている。
こうなっても心配してくれるような人に俺は殴りかかろうとしたのか。
後悔の念が募っていく。
それは、俺がこうなってしまった事の後悔ではなく、こんなに立派な人を傷つけようとしていたことにだった。
そして俺は痛みに軋むからだをなんとか起こして。
「先程はすみませんでした。 あなたは何も悪くないのに、俺はあんなことを。本当に申し訳ありませんでした」
俺は謝罪し頭を下げる。
「いや、そんなことはもう気にしておらんよ。 それに君は最後の最後では自らを制したんだ、ここまでされることはなかったはずだ」
神父は俺の体を支え、そう優しい言葉を並べる。
けれど俺にはそれが優しさなのだと理解することは出来なかった。
「いえ、俺には前科があったので、こうなって当然だったのです。 心配してくれてありがとうございます。 それでは俺はこれで」
俺は振り返り、出口の方を向いた。
その時、背後から「ちょっと待っていなさい」と声が聞こえた。
言われた通り、俺は数秒ほど待つ。
神父は懐に手を突っ込み、何か剣のようなものを取り出した。
「これを持っていきなさい。 せめてもの餞別じゃ。 きっと何かの役に立ってくれるはずじゃ」
そう言って渡されたのは、中くらいの長さの綺麗な剣だった。
俺はそれを受けって、感謝を述べる。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
まるで機械のような短調な感謝だった。
俺はそう言ってすぐに振り向き直し、その場をあとにした。
俺の瞳からは一切の光が消えていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ついに第3章が幕開けし、主人公は絶望の縁に立たされました。
そして、次話ではさらなる苦難が彼を襲います。
気になった方は次もぜひいらしてください。
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