第136話 宣戦布告
突然背後から何者かに声をかけられ、ぎこちなく振り返ってみると、そこに立っていたのは間違いなく、あの男だった。
「アーサ……」
その名を呼びながら、顔が引き攣るのが自分でも分かった。
エルフィア、ラフィー、続いてシルバも怒りと嫌悪の色を表情に浮かばせる。
「……何の用だ」
俺はアーサを睨みつけ、そう言った。
これまで一切干渉してこなかったアーサの突然の接触。
そもそも、奴の不干渉自体が違和感だらけだったが、このまま何事も済むのならそれでもいいと思っていた。
だが、このタイミングでの接触と言い、やはりそういうわけにもいかないらしい。
しかし、アーサはそんな俺達の様子を見ると「ちょ、ちょっと」と、慌ててたように笑って、
「そんな警戒すんなって。 別に何かするつもりとかねぇって。 後ろの御三方も、な?」
予想外にもそんなことを口にしてきた。
しかし、俺含め、当然誰もそんな言葉を信じるはずもない。
何が、警戒するな、だ。
アーサはそれが通ると本気で思ってるのか?
そんな考えを代弁するようにシルバが一番最初に口を出した。
「おいおい勇者様よォ? てめェ、自分がオレらにどう思われてるか、分かって言ってんのかァ?」
呆れたような、怒ったような態度で一歩前へ出て、アーサへ詰め寄ろうとする。
というか、その台詞と態度だと、傍から見ればシルバの方が悪役っぽいが。
ただ、この場であんまり騒ぎ立てたくは無い。
それに見たところ、多分アーサも今は特に何をする気もないのは本当らしいしな。
もちろん俺のために怒ってくれるのは、嬉しいことだが、今はそうするべきではない。
それをアーサも分かっているのだろう。
そう考え、俺は「いい」と言って、シルバに待ったをかけた。
「いいのかよ? こいつは……」
「いいんだ、今は。 ありがとな」
不服そうに眉を顰めるシルバと、今にも毒を吐きそうなエルフィア、ラフィーを宥め、俺は1歩前に出た。
「で、何だ? 要件だけ手短に言え」
正直、顔も見たくないが、このままという訳にもいかない。
俺が渋々とそう返すと、アーサは「あはは」と、困ったような笑みを浮かべ、
「まぁそう邪険にしないでくれよ。 久しぶりに話すんじゃんか」
「無理言うな」
「冷たいなぁ。 ただ俺は、対戦の前にひとこと挨拶しとこうと思っただけなんだって」
「は……?」
「トーナメント表は見たろ? 俺とお前、同じブロックだったじゃん」
「だったらなんだ? 勝利宣告でもしに来たか? それに、当たるとしても決勝だ」
「まぁまぁ、そういう固いことは一旦置いといてさ。 もし当たったら、お互い頑張ろうなって、そう言いたかったんだって」
「なんだよ、それ?」
そう言わずにはいられない。
俺を貶めた張本人であるアーサが、そんな真っ当な理由で俺に接触してくるなんて、どうにも違和感がありすぎる。
ただ、アーサの様子を見た感じ、特段嘘を言っているようにも思えない。
そんな風に疑っていると、アーサはまたしても思いもかけないことを言い出す。
「……俺もさ、やりすぎたって反省してんだ。 あの頃はまだガキだった。 お前が俺の事を許せないのも納得してる。 だから、これまで関わらないようにしてきた」
「……」
理解が追いつかない。
こいつは一体何を言っているんだ。
この男が反省?
あんなに楽しそうに俺を裏切っておいた分際で、今更それを信じろとでも?
ざけんなよっ!!
腹の奥底から、怒りが込み上げてるくる感覚があった。
だが、今は堪えろ。 暴走するな。
今にも怒鳴り立ててしまいそうな自分に、必死でそう言い聞かせ、奥歯をくいっと噛み締め、拳を固く握った。
怒りと葛藤する俺を他所にアーサは続ける。
「でもよ、こうして対戦するかもってなったからには、俺も真剣にお前と向き合いたいんだ。 だから一言話しておきたかった。 それに、昔の恨み辛みとか持ち込んでも、絶対いい試合にはならないだろ?」
だから、どの口でそんなことを言えるってんだ!
自分が俺に何をしたのか本当に理解してんのか!?
口走りそうになるのを必死で堪える。
「……つまり、お前は真剣勝負がしたいから、昔のことは水に流せって言うのか?」
「もちろん無理にとは言わねぇさ。 対戦の間だけでいいんだ。 その後はどれだけ俺を恨んでくれても、嫌ってくれても構わないし、俺からは、一切お前に干渉しないと約束する。 絶対にだ」
「……」
本当に、怒りを通り越して呆れ果てた。
そのせいで、幸か不幸か、少しだけ込み上げた怒りが収まり、冷静に状況の整理ができてしまった。
不可解な点は多々ある。
ずっと感じている違和感は拭えない。
仮にアーサの言葉が本当だとしても、俺がこいつを許せるはずもないし、怒りは増大する一方だ。
だが、今のところは特に実害がないのも事実。
それに、確かに奴の言うことにも一理ある。
恨み辛み、憎しみを勝負の場に持ち込むのは、決して良いこととは言い難いし、俺にとっても良くないと理解している。
サイオスも言っていた。
負の感情は時に強い力を発揮させることもあるが、同時に視野を酷く狭めてしまう、と。
真偽のところは定かではないにしろ、奴は真剣勝負を申し出ているのだ。
完全に拭えはしないだろうが、ただ憎しみや怒りだけに任せて戦っても、俺の為にもならない。
というかそもそも最初からそのつもりもない。
それは仮に、アーサの言葉が全部嘘で、いざ対戦すると言うことになった時、何かを仕掛けてきたとしてもだ。
俺は、ミルザやサイオス、俺を支えてくれる人達、そして自分自身に恥じない戦いをする。
これだけは何があっても揺らいだりしない。
まぁ、あいつに言いくるめられているみたいで釈然とはしないのだが。
そんなふうに考えながら、俺は深い溜息をついた。
「……分かった。 その申し出だけは受けてやる。 本当に、正々堂々と戦う気があるならな」
頷きそう返事をした。
するとアーサは「あぁ!」と安堵したように笑い、自分の席へと戻っていった。
(あいつ、何を企んでやがるんだ?)
奴の背を眺めながら、俺は内心そんなことを考えた。
その時、同時にアルドが教室に入ってきて、俺達も自分の席に戻り、ざわついていた教室内は一斉に静まったのだった。
───学内序列決定戦まで、あと一週間。
 




