第135話 動き出した彼
───とある日の放課後のことだ。
1人の男子学生がミシェド学園の事務部長室へ来ていた。
部屋の中にあるのはその学生と、部屋の主である事務部長、アルス・クランドの姿のみである。
アルス・クランドは相変わらずの咳払いを零しながら革製の椅子へ深く腰かけており、男子学生は向かいのソファにやや前のめりに座っていた。
何かを話し合っていたらしい。
「───じゃあ、そういうことで」
男子学生が説明をし終え、最後にそう言うと、アルスは「あぁ」と頷き、含んだような笑みを浮かべた。
「任せておくといい。 私としても、アレには迷惑しているところがあったからね。 むしろ好都合というものだよ」
そう言って、アルスは立ち上がり、手を差し出すと、学生の方も立ち上がり、嫌な微笑を浮かべながらその手を取った。
「君の華々しい活躍を期待しているよ。 ────勇者、アーサ・ライルボード君」
「えぇ、もちろんっす」
その後アーサは「失礼します」と言って事務部長室から退出していくと、その足で寮へと戻っていった。
既に時刻は20時を回っていたところだ。
「お、帰ってきたか。 それで、話は無事に済んだのか?」
寮の自室にあがると、同居人、メルク・キルバレットがそう言って、アーサの帰りを待ち構えていた。
メルクも、アーサが事務部長の所へ行っていることは事前に聞いていたようだ。
「あぁ。 滞りなく、な」
アーサはそう応えて、メルクと向かい合うように自分のベッドに腰かける。
「これであらかたの準備は整った。 前にも話し通り、お前も上手くやれよ、メルク?」
「あぁ、当たりめぇだ。 あのクズは俺に恥をかかせやがったんだ。 このままただで済ませるかよ」
受けた屈辱のことを思い出したのか、額に青筋を浮かべながらそう息巻いて、自らの拳を掌に打ち付けた。
「まぁ、分かってるんならいい」
アーサはその様子を見てふっと笑った。
「にしても、まじにあの野郎、なんで生きてんだろうな? 名前も変わってたしよ。 それにあんな可愛い子達まで連れてるし! まじ意味わかんねぇんだけど」
ふとメルクがそんな風に零す。
それを聞いて、アーサは「さぁな」と返し、
「そんなこともうどうでもいいだろ。 どうせもうすぐ、アイツは消えるんだ」
「ま、それもそうだな。 あの二人も、野郎のだせぇとこ見て失望するだろ」
メルクはそう言って、げらげらと下品に笑った。
そんな中、アーサは「くくく」と、笑い出してしまうのを堪えるように、顔を手で抑えて、
(───あぁ本当に、あいつの歪んだ顔が今から楽しみで仕方ないな……)
内心で卑しい薄ら笑みを浮かべていた。
◇◆◇◆
アルドから学内序列決定戦の開催日決定の知らせを聞いてから、既に3週間が経っていた。
「今日あたりに、予選トーナメントの対戦表みたいなやつがでてるんじゃねェかな?」
食堂で朝食をとっていた時、不意にシルバがそう言った。
毎朝朝食の卓を共にしているメンバーとしては、俺とシルバ、エルフィア、ラフィー、レイシア、レミエルといった感じで、通学もまた同じ面子だ。
レイシアとレミエルはたまにいない時もあるが、今朝はいた。
最初はレイシアもシルバとはなかなかぎこちない様子だったが、今となっては打ち解けている。
因みに配置としては、俺の左にラフィー、右にエルフィア。 向かい側に左からシルバ、レイシア、レミエルだ。
面子的に、周りから注目されがちなところが痛手だったが、1ヶ月も経てば流石にもう慣れた。
「そうだね。 例年通りなら、そろそろなタイミングだろう」
小さなパンをつまみながら、レイシアが応えるように言った。
この中では唯一の学内序列決定戦経験者だし、その情報は確かだろう。
その後は、雑談などしながら朝食をとり終え、全員で学園へと向かった。
レイシア達とは学年が違うため、途中で別れる。
その際、レイシアが少し寂しそうなのが、やや苦笑ものだが。
そしていつも通り、俺達4人でSクラスへ向かい扉を開けると、教室内はいつも以上にざわつき、前には人だかりができていた。
見たところ、レイシアの言った通り、予選トーナメントの対戦表が張り出されているようだ。
「お、本当にでてるじゃん」
その光景を見て、シルバが心做しかウキウキとして言った。
「流石に予選だけあって、90ブロック近くあるな……」
1ブロック8人だから、予選参加者はだいたい700人強くらいか。
しかし、いくら張り紙が大きいとは言っても、自分がいるブロックを探すのにはなかなかに一苦労だな。
そう思いながら、表に黙々と視線を巡らせていると、
「お、あったあった。 オレは26ブロックか」
「私は、72ブロックみたい」
シルバとエルフィアは自分のブロックを見つけたようだった。
「俺は……」
言いながら、表に目を凝らし、ややあって、ようやく俺の名前を見つけた。
「85ブロックか……」
しかし同時に、ちらりと目に入った同じブロックの名前に、俺ははっと目を見張った。
「……っ」
「どうかしましたか、マスター?」
そんな様子の俺を見て、ラフィーが首を傾げそう聞いてくる。
続いてエルフィアも「ユウ?」と、俺の肩にちょんと手をのせた。
「あぁいや、なんでも───」
心配をかけまいとして、2人にそう応えようとしたその時───、
「───よぉ」
背後から何者かに呼びかけられた。
ただその声は、なんだか聞き覚えのある声で、妙に背筋に鳥肌が経つものだった。
恐る恐る振り返ってみると、そこには予想していたような、予想していなかったような、あの男の姿があったのだ。
「アーサ……っ」




