第134話 君達は挑戦者だ
「今学期の学内序列決定戦が、一ヶ月後に行われることが決まった」
アルドのその発言に、教室内の緊張がより一層高まった。
「優秀な君達だ。 当然理解しているとは思うんだけど、一応改めて学内序列決定戦の説明をするよ───」
学内序列決定戦。
それは文字通り、この王立ミシェド学園での実力序列を決めるために行われる、年に一度の全学生参加型の大規模模擬戦大会だ。
実力至上主義を掲げるミシェド学園では、この序列戦で決定した序列がそのまま本人の実力の指標となる。
それ故に、学園生活において最も重要な行事と言えるのだ。
序列決定戦は大きくわけて、予選トーナメントと本戦トーナメント、そして決戦トーナメントの3段階に分けられている。
まず初めに予選トーナメント。
これは、現在の序列順位が500位未満、及び序列外の学生が参加するトーナメント戦だ。
序列外というのは、入学したばかりで序列決定戦に初めて参加する1学年の学生全員と、何らかの理由で序列順位が確定していない学生のことを指している。
ちなみに今現在の序列順位は、前年度に決定した序列から、今年卒業した学生の順位を引き抜いて繰り上げたものとなっている。
予選では、基本的に8人で1グループに分けられ、各グループ毎にトーナメント形式で模擬戦を行い、そのグループ内での1位が本戦トーナメントへ出場できる。
しかし、最低でも110人は本戦へ出場しなければならないため、参加人数の関係で予選1位の人数が110名に届かなかった場合、各グループで2位だった者達で再びトーナメントを組み、残りの出場枠をかけて争い、最終的に本戦へ出場する110人を決定する。
また、ここでは、学内序列決定戦初参加の者が参加者の大半を占めているため、安全を考慮して、試合に使用できる武具に制限が設けられている。
剣を扱うのであれば、真剣を使う事は出来ず、学園が指定し用意した、訓練用に使われる刃の無い模造剣の中から自分に合った長さ、大きさ、重さの物を選んで使用しなければならない。
剣以外でも、制限がかけられている武具の使用は禁止されており、学園側から用意されたもののみ使用できることになっているのだ。
このルールは予選トーナメントにのみ採用されている。
次に本戦トーナメント。
上位保持者10名を抜いた、上位490名と、予選から勝ち上がってきた110人を加えた計600人が出場する。
20人で1グループ、合計30グループのトーナメントが組まれ、その中で1位になった、たったの30人が決戦トーナメントへの出場権を得る。
そして、最後の決戦トーナメント。
これは別名、上位保持者選抜戦とも呼ばれる、上位10人を決める最後のトーナメント戦だ。
参加者は現時点での上位保持者10人に、本戦を勝ち上がってきた30人を加えた40人。
まず最初に、現時点での上位保持者1人につき1グループ、計10グループでトーナメント戦を行う。
そして、各グループで勝ち残った者が暫定の上位保持者として決定する。
そこからさらに、1位から10位を決定するために、順位を入れ替えのための勝ち上がり戦を行う。
まず暫定の10位が9位と模擬戦を行う。
その勝者が次の8位への挑戦権を獲得するが、もし9位が負けた場合、その者は10位に降格することになっている。
そうして、暫定で決まっていた上位保持者の中での最終的な序列順位を確定する。
そこまでの予定が全て終了した後に、決戦トーナメントで敗退してしまった者は11位から40位まで、本戦で敗退した者は41位から600位まで、予選で敗退した者は、601以下の順位を、学年、クラス、そして各クラスの担任講師が決めたクラス内順位を元に決定される。
つまり、より高い学年で、その学年でより高いクラスで、さらにそのクラス内順位がより高い者が、上から順番に序列順位が決められていくということだ。
ここまでが、学内序列決定戦の大まかな流れとなっている。
「───説明は以上だ。 何か質問はあるかな?」
アルドは学内序列決定戦の概要説明を円滑に終えてそう聞くと、1人の女子生徒が手を挙げた。
「元々決まっていることとは存じていますが、どうしてこんな早期に行うのでしょうか?」
そう質問した女生徒は心做しか不安げな表情を浮かべていた。
ただ、彼女と同じような表情を浮かべる者は少なからずいるようだった。
しかし、アルドは彼女らの気持ちを理解し汲み取ったようで、ふっと微笑みかけると、
「それはね、1年間の指標と目標を作るためだよ」
「指標と、目標?」
「そう。 自分の現時点での実力を実際に数字として指標にすることで、今後1年間での明確な目標をたてることができる。 どこを目指すべきか、何を補い改善しなければならないのかを自覚し、努力する。 そのために、一年間の最初に目に見える結果が必要なんだ」
アルドはそこまで言って1拍おくと、今度は全体に視線を巡らせた。
「確かに、君達1年生はついこの間入学したばかりで、そんななかでの学内序列決定戦だ。 不安になるのは無理もない……」
ミシェド学園に入学した以上、学内序列決定戦があることは覚悟しているはずだ。
しかしそれでも、序列決定戦とは、この学園生活において最も重要な行事であり、今後を左右する大一番であることには変わりない。
1年生にとっては、学園生活にすら多少の不安を感じているにも関わらず、入学早々からそんな最重要事項が降り掛かってくる。
そのプレッシャーは計り知れない。
きっとアルドも十分にそれを理解しているのだろう。
「これは君達にとって、紛れもないチャンスなんだ。 君達には何も背負うものがない、まさに挑戦者なんだよ。 良い成績でも、たとえそうでなかったとしても、君達にとっては進歩しかないんだ。 失敗も敗北も、すべて成長への糧にしかならない。 まだ始まったばかり、これからどうにでもなれる。 だから、のびのびと、自分の今の実力をだせばいい」
アルドのその言葉に、先の質問をした女生徒や同じように不安そうにしていた生徒達の表情が少し明るくなったように思える。
「それに君達はとても優秀だ。 素晴らしい才覚にも恵まれている。 だから正直なところ、この中から1人や2人上位保持者がでてきてもおかしくはないと、僕は少し期待してたりもするんだ」
1年生での上位保持者入り。
それを聞いて、クラスの多くの者の頭に過ぎったことだろう。
また、少しだけ教室内の雰囲気が変わった気がする。
確かに、勇者や賢者のような超上級の天職持ちも数名集まる今年のSクラス。
有り得ない話ではないのかもしれない。
だが、そんなに簡単な話では無いことは間違いない。
そもそも、入学早々のこんな早期での学内序列決定戦。
アルドは『指標と目標』と言ったが、正直なところ俺は少し違う見方をしている。
『1年生に現実を思い知らせるため』とでも言うべきだろうか。
このミシェド学園は入学するだけでも難関だ。
それ故に、入学できただけで鼻を高くする者は多いだろう。
別にそれが間違っているとは思わない。
何人ものライバルに勝って入学を勝ち取ったのだから。
だが、それだけで満足していては次には進めない。
学園側もそれは望ましいことではないだろう。
自身の実力と立場をはっきりさせ、不足を明確に認識させるために、この早期に学内序列決定戦を行うのだろうと思えてならない。
それをアルドも考えているからこそ「ただし」と付け加えるのだろう。
「当然生半可な気持ちじゃ勝ち進むことなんて出来ない。 だからこれだけは覚えていて欲しい。 一試合一試合を大事に戦い、とにかく勝ちにはこだわること。 もちろんさっきも言った通り気負いする必要は無いけど、そこだけは頭に入れていて欲しい」
アルドの話が聞き終えると、教室内には緊張とはまた違った、引き締まったような空気が満ちていた。
学内序列決定戦の時は刻々と迫っている。




