第128話 決着(vsメルク)
「そこまで! ───勝者、ユウ・クラウス!!」
決闘の終結を告げるシルバの号令がスタジアム内を響き渡る。
決闘に破れたメルクは、地面に尻もちをつき、俺に殴られた頬を抑えながらぽかんと目を見開いていた。
本当にみっともない顔だ。
これが勇者とは、冗談にも程がある。
「散々馬鹿にしてきた無職に負かされた気分はどうだ? なぁ、勇者サマ?」
俺が薄笑いを浮かべながら、煽るようにそう言い下ろすと、メルクは悔しげに歯を食いしばり、何か物申したげに俺の表情を睨みつけてきた。
しかし、その眼光にはまるで鋭さは宿っておらず、一切の自信は映っていない。
メルクは何かを言葉にしようと口を開くが、直ぐにそれを飲みこむように口を固く閉じる。
それは意識的に閉じたというより、無意識的に閉じられてしまった、という方が相応しいかもしれない。
何を言おうとしたのかは何となく分かる。
そして、なぜそれを言えないのかも。
奴ももうとっくに分かっているのだ。
どれだけ受け入れ難くとも、受け入れざるを得ない事実と結果。
散々クズだ、無職だと罵倒していた相手に完敗したという、あまりにみっともない立場。
今更何かを言えるはずもない。
メルクは、結局何も言い返さない──言い返せないまま、苦い吐息を零して、その屈辱と羞恥に塗れた顔を俯かせた。
「……はぁ」
その様子を見て、俺はため息をついた。
情けなく、弱すぎるメルクに対しても。
そして何より、そんなやつに勝利して、少なからず爽快感を得てしまった自分にも。
決闘に勝利した瞬間はかつてない程に痛快な気分を感じた。 本当にスカッとした。
だが、今となっては、いくらメルクを糾弾したところで、まるで爽快な気分は得られない。
むしろ、そんなことをしている自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。
単に虚しさだけが残る。
自分はここに何をしに来たのか。
鬱陶しい元クラスメイトの連中を黙らせに来た。
メルクとの決闘、そして打倒は、その見せしめに過ぎない。
俺はそのことを再確認し、スタンド席に視線を泳がせた。
やかましかった先程とはうって変わり、すっかりと大人しくなってしまった元クラスメイトのほとんども、信じられないとばかりに閉口していた。
同時に、その様子からは、メルク同様に、怯みや萎縮も見て取れる。
この決闘を観戦し、そして勝敗を見届け、彼らにも確実に分かったのだ。
最強の天職の【勇者】であるメルクが手も足も出なかった相手に、自分達が敵うはずもないと。
このミシェド学園は完全実力至上主義。
ここでは、より強い者が絶対。
そんなことは、中等部から通っている彼らの方が、俺よりもよっぽど理解しているはずだ。
この学園に在籍している以上、連中も認めざるを得ない。
現状自分達よりも実力が上である俺の方が、立場も上であると。
そのことを連中に分からせるためにも、メルクがこの決闘に、元クラスメイト全員を連れてきてくれたのは、俺にとってこの上なく好都合だった。
ただ、正直に言うと、実力差を知らしめて黙らせるという行為自体は、我ながらあまり好ましくないやり方だ。
別に、連中に見せつけるために努力して実力をつけてきた訳では決してないし、自分がまだまだ未熟であるということも重々に自覚している。
だが、少なくとも今回の件に至っては最善の選択だった。
あくまで、努力についてきた結果としての副産物と、そう自分の中で割り切れる。
それに、見たところ、相応の成果も得られたようだし。
恐らく、これで、今回のように無闇に突っかかられたりすることはほとんどなくなるだろう。
となれば、もうここに留まっていても時間の無駄だ。
俺はそう思い、この場から去るべく、へたり込むメルクに背を向ける。
「約束は守れよ。 また痛い目を見たくなかったらな」
最後に釘を刺すべく、それだけ言い捨てて、俺はフィールドを後にした───。
その後、俺とシルバは一緒に仮設スタジアムのフィールドを出て、先程までスタンド席に居た、レイシア達とも合流を果たした。
「お疲れさん。 いやァ、やっぱユウ、つェな。 オレの方までスカッとしたぜェ」
「お疲れ様でした。 さすがはあたしのマスターです!」
「おつかれ……かっこよかった」
「実に見事な試合運びだったね。 応援はあんまり必要なかったかな」
「ウチらがちゃんと見てるって事が大事なんよ、レイシアたん。 せやよな、ユウちゃん?」
そんな労いの言葉をもらい、すこし照れくさく思いつつも俺は素直に感謝を伝えた。
「……あぁ、そうだな。 ありがとう、みんな」
実際、レミエルの言ったことは正しい。
試合中にどれだけ誹謗中傷されたとしても、圧倒的なアウェー感があったとしても、俺の事を信じて見てくれる人が間違いなくいるって事がわかっているだけで本当に心強い。
そして、試合直後にも俺達は和気藹々としながら、ついに寮への帰路につこうとした。
その時、
「───ま、待ってくれ!」
背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
とても爽やかで、忌々しい声。
嫌な予感を抱えながら、声のした方へ振り向く。
「お前らは……」
そこには、予想通り、ここまで接触して来なかったローク・ラシュダットと、その他にも3人が、気まずそうな表情を浮かべながら、寮に向かおうとする俺達のことを追いかけてきていた。
第10章、やっぱりあと1話続きます。




