第127話 決闘⑥
更新遅れて申し訳ありません。
今回は結構長めです。
『炎斬』
文字通り、炎の斬撃を放つ、赤系統属性の中級魔法。
さらに、メルクのそれは『炎精の気配』によって威力が大幅に底上げされている。
さすがに腐っても『赤の勇者』と言ったところか。
「───だからどうした?」
俺は凄まじい勢いで迫り来る、炎の刃を見て、臆するどころか嘲笑を浮かべた。
俺に、卑怯者だの、小細工するだの喚き散らしておいて、その当人がまさか観客を巻き込んでまで、不意打ちを仕掛けてくるとはさすがに恐れ入った。
しかし、あの程度の非難の声で俺が狼狽えたとでも思ったか?
既に勝ちを確信して、油断していたとでも思ったか?
自信満々の不意打ちだったみたいだが、その当てはもとより完全に外れている。
もし本当に俺が油断、あるいは狼狽していたとしても、そんな敵意丸出しの半端な攻撃が、奇襲になりうるわけもない。
どちらにせよ、考え方が本当におめでたすぎる。
───もう、この茶番を終わらせよう。
―――【瞬発力強化】―――
この決闘を終幕するための、3つ目の──最後のスキルを発動させた。
当然、メルクの不意打ちは余裕で予測できていたが、曲がりなりにも『赤の勇者』の、補正増し増し魔法攻撃。
少しでも俺の動作に無駄が生じれば、想定通りの対応が間に合わなくなってしまう。
俺は一心集中して炎の斬撃を見つめながら、流れるように切っ先を前向きに構え、足腰にぐっと力を溜める。
そして、一切の躊躇なく、炎斬に向かって自ら突進し、ギリギリのところでその刃を飛び越えた。
炎へ向かう直前に、奥に覗けたメルクの驚愕に満ちた表情は、ほんの一瞬で俺の目の前に現れる。
「───っ!」
瞬きひとつの間に俺が自分との距離を詰めてきたことに気がつき、メルクははっと目を見開いた。
俺は木剣で再び同じようにメルクの横っ腹に横薙を入れるモーションを起こす。
しかし、ついさっき見た時と全く同じ動作なだけあって、奴は面食らいながらも、何とかそれに反応し、防御の体勢を取っていた。
───だが、それこそが最もの狙いだ。
人は誰しも、突然なこと、予想外な事が起きれば、思考・判断力が大きく鈍る。
それはどんなに経験を詰んだ手練であろうとだ。
『短期瞬発力強化』によって、大幅強化されたスプリントで、いきなり目の前に現われられ、メルクの状況把握能力は著しく低下した。
そんな時、つい先程に見た同じ動作を認識すれば、脳は他の全ての可能性を投げ打って、その動きへの対応速度を爆発的に加速させる。
だからこそ、その代償として、別に向ける注意は、自ずと散漫になってしまうのだ。
『いいか、ユウ。 我々は剣士である以前に戦士なのだ。 戦いに勝つために、時には、己が磨き上げてきた剣の術を捨てることをも厭うな───』
レイアースでの剣術の稽古中でサイオスが言ったそんな言葉が脳裏に甦った。
「こっちががら空きなんだよ!」
完全に俺の振るう木剣に意識を取られ、すっかり疎かになってしまった奴の逆側の横っ腹に、俺は思い切り蹴りを突き刺した。
確かな手応えのある、完璧なクリーンヒットに、メルクの身体から鈍い音が響く。
戦術において、最も重要となることは、どれだけ相手の予想外をつけるかどうか。
だからこそサイオスは、最も自信としている剣術を囮にしてでも、戦いの中で相手の予想外をつくり出すことを常に意識するように言ってきていたのだ。
実際に模擬戦では、サイオスの剣術でなく体術に、何度も地を舐めさせられてきた。
そういう経験があったからこそ、どれほど不格好だったとしても、このやり方が現状、勝利のための最善の一手だと確信していた。
俺の蹴りを無防備に受けて、メルクは「ぐっ!」と、苦い呻き声をあげながら、その勢いのままに地面へと強く叩きつけられた。
だが、勝負は決して終わってはいない。
俺は動きを止めることなくすかさず、仰向けに倒れ込むメルクの元へ駆け寄り、木剣を握った右腕を踏みつけ、身動きを封じる。
そして自分の木剣の切っ先をメルクの喉元に押し当てた。
ごくりと息を飲む感触が剣を通して伝わってくる。
「───チェックメイトだ」
表情を見下ろせば、そこには強い屈辱と僅かな怯えの色が窺えた。
それもそのはずだろう。
何せ、勝利を確信した最初の渾身の一撃が弾かれただけでなく、不意打ちでさえ軽く避けられての今現在。
腕を踏みつけられ、身動きは取れず、喉元には木剣が突き立てられている。
『魔法障壁付与剤』は、あくまで外傷を回避するだけであって、痛覚まで無効化することは到底出来ない。
蹴られれば当然痛いし、それこそ、首を木剣でつかれようものなら、痛いなんてものでは済まない。
何はともあれ、ここまで来てメルクはようやっと今、自分の立場と状況、そして俺に敗北したという事実を真に理解したらしい。
既に、メルクの身体を渦巻いていた炎や熱気は、跡形もなく霧散している。
持続時間が切れたか───あるいは無意識にスキルを解除してしまったのかは定かではないが『炎精の気配』が消えていたことは間違いない。
「俺の事を卑怯者だとか、小細工するなとか言っといて、良くもまぁあんな不意打ちができたもんだな?」
「……」
俺が煽り口調でそういうと、メルクの方も相当痛いところをつつかれたらしく、無言で目を逸らした。
とは言え、
「ただまぁ別に、お前のやり方に対して、とやかく文句を言うつもりはこれっぽちもねぇよ」
そう。
確かに、あれだけ俺に卑怯だのなんだの言った後に、堂々と不意打ちを仕掛けてきたことに思うところがないと言えば嘘になる。
しかし、そのことに関して、俺の方から何やかんやと言うつもりは毛頭ない。
現に、その不意打ちは完全に失敗しているだけでなく、むしろメルクにより大きな屈辱を与えることになった原因とも言える。
「使えるものはなんでも使う。 実に正しくて、効率的な戦い方だ。 『不意打ち禁止』なんてルールもないしな」
不意打ちだって、恥さえ気にしなければ、勝利の為の立派な戦術だ。
勝つために利用できるものがそこにあるのなら、それが例え観客であろうと利用する。
なんら問題は無い。
それに、学生間の非公式な模擬戦では、自分達で追加のルールを3つまで設けることができるが、今回の決闘では1つの枠も使ってはいなかった。
言い返せば、もし俺が本当に姑息な手段や、小細工を使っていたとしても、あんなに非難される筋合いは全くなかったわけだが、今それはどうでもいいことだ。
そんなことよりも、
「それに───本当に命を懸けた殺し合いで、恥とか外聞とか、そんなの気にしていられるわけがないだろ」
殺気を意識的に放ちながら、脅すようにそう言うと、メルクの表情が明らかに強ばるのが分かった。
やはり、結局言いたいのはそういう事だ。
今にも命を敵に奪われるかも分からないという殺し合いの中で、いちいち相手に「お前卑怯な手使うな」とか「不意打ちなんて恥をしれ」とか、そんなこと言っていられるはずがない。
仮にその類の言葉を言っていたとしたならば、そんな馬鹿野郎は間違いなくその殺し合いでいち早く死ぬだろう。
使えるものはなんでも使う。 不意打ちは立派な戦術。
そうやって言うのは、戦いに勝つためと言うよりも、殺し合いで生き残るという意味合いの方が何倍も強い。
だからこそ、この決闘ごっこが、単なる模擬戦だったと分かっていても、終始、メルクとの殺し合いのつもりで俺は戦っていた。
「一つだけ教えてやる……」
俺は先程よりも殺気を強め、強く、そして冷淡に、メルクを睨み下ろす。
そして、木剣の切っ先を奴の喉元からゆっくりと離し、構える。
それを見て、これから自分が何をされるのかすぐに理解したらしいメルクは、開眼し、じわじわと額に脂汗を滲ませていた。
その表情は、もはや恐怖の色で満ち満ちている。
だがもう、今更遅い。
「もしこれが、本当に殺し合いだったとしたら、お前は今から間違いなく」
構えた剣をぎゅっと握りしめ、メルクの首元を突き刺さんとばかりに振り下ろす。
「───死んでたぞ?」
するとメルクは「ひぃっ!」だらしない悲鳴を上げ、目を瞑った。
だが、振り下ろした木剣の勢いが止まることはなく、ついに奴の喉仏に到達───することはなく、
俺は右手に持った木剣を放り投げ、メルクの胸ぐらを掴み上げた。
「……へ?」
なかなか首に痛みを感じないことを不思議に思ったのか、メルクはゆっくりと目を開け、間の抜けた声を漏らすが、
「……ごゔぁっ!」
次の瞬間、俺の右ストレートが奴の顔面を直撃し、そんな呻き声を上げながら、再び地面に叩きつけられた。
────バリィィン!!!
同時に『魔法障壁』が砕ける痛快な音がスタジアム内に響き、僅かな静寂が空間を漂う。
そして、その静寂を切り裂くようにして、
「そこまで! 勝者、ユウ・クラウス!!」
見届け人であるシルバが、模擬戦の終了を告げる号令を叫んだ。
その時のメルクのぽかんとした表情と、魔法障壁が砕け落ちる音に、俺はかつてないほどの爽快感を得ていた。
こうして、俺とメルクの決闘は、俺の圧倒的な勝利で幕を閉じたのだった。
最後までご拝読ありがとうございます!
次の1話で、第10章もとうとう終わりそうです。




