第124話 決闘③
「逃げなかったことだけは褒めてやるよ」
フィールドに着き向かい合うと、メルクは真っ先にそんな典型的な挑発文句を投げつけてきた。
さすがにそんなお約束みたいな挑発には乗らないが、俺も強気は崩さない。
「別に逃げる理由がないからな」
「……っ」
挑発に乗ってこなかったことが面白くなかったのか、メルクはむすっと顔を顰め、舌打ちした。
俺のことを舐め腐ったような態度と発言。
恐らくメルクには、勇者である自分への奢り、それに、俺に対する油断が多少なりある。
逆に、俺のこれまでの態度と、シルバの擁護的な発言は、俺がメルクに対して油断していると彼に思わせているかもしれない。
その上での、メルクのあの余裕なのかもしれない。
だが……だからこそ、俺は油断したりしない。
もちろん負けるつもりは微塵もないし、勝算があったから、この不公平な勝負も受けた。
でもそれは、完全に全力で戦ってこその話だ。
この決闘は降って湧いた絶好の機会。
逃す気はない。 この場で絶対に黙らせてみせる。
そうやって強気を崩さない俺にメルクは苛立ちながらも負けじと挑発的態度を取り直して、
「おいてめぇ、退学のこと、忘れてねぇだろうなぁ?」
「あぁ。 忘れてないが……それは勝負に勝ってから言ったらどうだ?」
「───っ!」
煽動するようにそういうと、メルクは額に青筋を浮かべながら、拳を固く握りしめていた。
どうやら俺が勝負に負けて退学することを全く恐れていないことが相当気に入らないらしい。
まぁ、短気になって、フラストレーションをがんがん溜めてくれるのなら、こっちとしては大歓迎だ。
そもそもそれが挑発っていうものだからな。
頭に血が登り、冷静さを欠けば、視野は狭まる。
苛立ちは動きに隙を作る。
───戦いは、剣を交える前から始まっている。
俺にとって今こそが絶好の開戦時だ。
「なぁ、いいからさっさと始めようぜ?」
若干煽り気味にそう促すと、メルクはまた怒り任せに何か反発してくるどころか、薄笑いを浮かべて、
「あぁ……そうだなぁ……。 てめぇのどこからそんな自信が湧いてくんのか知らねぇが……格の違いってやつを教えてやるよ!」
怒りに声を震わせながらそう叫び、俺に向かって指を突きつけてきた。
さすがに苛苛マックスのご様子だ。
だが、メルクがその状態なら願ったり叶ったり。
「始めるぞ……」
そうして、お互い同時に『魔法障壁付与剤』を流し込み、木剣を構えて試合開始の合図を待つ。
◇◆◇◆◇◆
このミシェド学園では、学生同士の非公式な模擬戦でも申請さえすればいつでも行える。
自主性を尊重し、向上心を養う、ためだそうだ。
ルールとして、模擬戦で剣を使用する場合、序列100位以内でなければ、木剣を使わなければならない。
ちなみに、序列を持っているならば制限なく、その序列順位を模擬戦の勝敗に賭けることも出来る。
俺達はまだ序列を持ってないから、木剣での模擬戦。
そして順位を賭けることは出来ない。
まぁ、別のものを既に賭けているのだが。
ルールを破る、もしくは申請をせずに模擬戦を行った場合、何らかの処罰、ペナルティが課せられることがある。
また、他にもルールとして、模擬戦を監督する講師は必要ないが、対戦する双方から見届け人を1人ずつ選出しなければならない。
俺の場合はシルバを推薦した。
彼も「まぁ妥当なところだなァ」と快く引き受けてくれた。
そしてそのシルバが、俺とメルクの決闘の火蓋を切って落とすべく、試合開始の合図を行う。
「それじゃァ、これより、1年Sクラス、メルク・キルバレット対、同じく1年Sクラス、ユウ・クラウスの模擬戦を行う。 両者構え!」
そこで1拍置き、シルバは大きく息を吸い込んだ。
それまでは少しざわついてたスタンドも、その瞬間、一斉に静まりかえる。
俺は木剣を固く握りしめ、目の前の敵『メルク・キルバレット』を見据えた。
そして深く息を吸い込み、限界まで吸い込みきったその時、
「───始め!」
シルバの怒号がフィールドの空気を振動させたと同時、決闘開始は告げられた。
俺は当然、開始直後には自分からは動かず、相手の動きを観察するところからはじめる。
メルクの武器は俺と同じ、長さ『中』の模擬戦用木剣。
剣術はどこかの流派で学んだのかも分からないが、構えからして、何らかの型を身につけているとは思えない、雑な剣の構え方だ。
剣に関してはともかく、記憶によれば、確か奴は『赤の勇者』だったはず。
そうとなれば、強力な炎系統のスキルか魔法を使ってくる可能性が高いと考えるのが妥当か。
そんな風に、いつ攻撃を仕掛けられてきても対処できるように臨戦態勢を維持しながら、メルクのことを値踏みしていると、
(あれは……)
メルクの周りに炎の渦のようなものが、メラメラと集まっていた。




