第122話 決闘①
「本当に良かったのかよォ? あんな決闘、受けちまって」
メルク達が去るのを眺めた後、シルバはどこか不服そうな表情で俺に訊いてきた。
そんなシルバに対して、俺は迷うことなく「あぁ」と頷いてみせる。
「でもよォ……」
それでもまだ、シルバはモヤモヤと歯がゆそうにしていた。
シルバが何を言いたいのか、何に納得がいっていないのか、当然俺にもわかっている。
明らかに俺にとって条件の悪い決闘。
俺が負ければ自主退学、メルクが負ければ、二度と俺に関わらない。
どう考えたって、俺にかかるリスクが大きすぎるこの勝負。
あの状況ならば、俺があの勝負を受け入れる必要など全くもってなかった。
メルク自身も恐らく、苦し紛れに持ち掛けてきた勝負だったのだろう。
仮に、決闘に応じなければ、俺が不正入学をしたと学園中に言いふらす、などと脅迫されたとしても、そんな事実無根、証拠のない噂にこの学園が耳を傾けるとは思えない。
多少面倒なことになるくらいが関の山だ。
正直自分でも、なんでこんな決闘受けてしまったのだろうという後悔が無い訳では無い。
だが、それでも───。
「全部承知した上で、俺はあの申し出に応じたんだ。 なんでだと思う?」
俺が質問口調でシルバにそう訊くと、彼は無言で俺の顔を見つめた。
傍から見れば理不尽極まりない展開。
確実に俺は被害者の立場にいる。
あんな勝負、別に断っても良かった。
いやむしろ、断るのが1番状況を丸く収められる選択だったのかもしれない。
ならば、なぜそれを分かった上で俺は決闘を受け入れたのか───そんなの最初から決まっている。
「理由は単純明快。 ガキくさすぎで笑われるかもしれない」
俺はニヤりとほくそ笑み、右の拳を左の掌に打ち付けた。
「───奴の横っ面に、一発食らわせてやりたくなった。 ただそれだけのことさ」
そう。
俺がやつの勝負に乗ったのなんて、ただそれだけの単純で、呆れるほど子供じみた理由。
成る可く俺の方から関わらないようにする?
突っかかられようが、理不尽に罵倒されようが放置する?
そんな考えは甘いと、奴ら自ら証明したじゃないか。
別に俺はあいつらに復讐するために、強くなろうと努力してきたんじゃない。
だが、前世でも今世でも俺を馬鹿にし、理不尽を押し付けてきたあいつらに、正当な方法で一泡吹かせてやれる。
メルクが持ちかけてきた決闘は、降って湧いた絶好の機会なのだ。
「それに、シルバが言ったんじゃないか。 俺があいつらに負けるはずがない、ってな」
俺が堂々とそう言ってみせると、シルバは一瞬驚いたように目を丸くしたが、直ぐに何かに合点がいったようで、クスクスと唐突に笑いだした。
「あァ、そりゃァそうだ。 全く……オレァ、なんて余計なお節介をやいちまったんだ」
腹を抱えながらそう呟くシルバを見れば、彼が、俺の言いたいことを理解してくれたのだと容易に分かった。
「わるかったなァ、ユウ。 オレが無粋だった」
「別に気にするなよ。 この件に関して、俺からすれば、シルバには感謝しかないんだ」
結果がどうであれ、あの時、俺のために、シルバがあの場へ駆けつけてくれたことに、感謝さえすれど、余計だったなんて絶対思わない。
「だから、ありがとな、シルバ」
俺が素直にそう感謝すると、シルバは「にしし」と、歯を見せて得意げに笑った。
「俺達もそろそろ戻ろう。 ホームルームに遅れる」
俺は近くに設置されていた時計台を見てそう促すと、シルバは「あァ」と、何の気なしに頷いた。
しかしその直後、シルバはまるで何かを大切なことを思い出したかのように、ピクリと身体を震わせる。
「───いや、ちょいと待ってくんねェ?」
「どうした、そんなに青ざめて?」
「そういやァオレも、便所しに来たんだった」
股間を抑えながら、苦笑いをするシルバを見て、俺は全てを察した。
「まじかよ……」
「あァ、マジだ。 さっきは怒りで忘れてた尿意が、今になって復活しやがったぜェ」
「冗談言ってる場合か。 待ってるから、2分で済ませてこい」
「おゥ! 了解でありまァす!」
シルバはそう言って、どこで知ったのか敬礼のポーズを取り、全速力で便所の方へ走っていった。
そんなトラブルがありつつも、俺達は「長い御手洗になったな」などと笑い合いながら、ややあって、ようやく教室へと戻った。
そしてその日、メルク達は時たま俺の事を睨みつけたりなどしてきたが、それ以上のことをしてくることはなかった。
アーサの方は相変わらず、一切俺のことを窺ってくる様子はない。
だが、1つ気になったのは、ロークと、その周囲にいた彼の取り巻きと思える数人が、何か物言いたげにこちらを見つめてきたことだ。
まぁどうせ、くだらない文句でもつけたいのだろう。
何もしてこないのなら、こっちとしては好都合、大歓迎だ。 是非ともそのまま大人しくして頂きたい。
そんなこんなで、特に何事もなく、時間はあっという間に過ぎていき、とうとう、約束の放課後を迎えたのだ。




