第9話 憤慨
今回は少し長めになっているので、最後まで読んでくださると嬉しいです。
それではごゆっくりと。
まわりの連中は俺の事などまるで興味がないように、俺を居ないもののようにぺちゃくちゃと喋っていた。
そんな腹立たしさも、目の前に浮かび上がったそれを見てすぐにどうでも良くなった。
「は………?」
俺は浮かび上がったそれを眺めて、ただ愕然となり、全身の力が抜けるように口がぽかんと開き肩が落ちる。
《ユウ・アッシュリッド
人種 Lv1
天職 【 】
スキル
無し
生命力─1856/1856
体力─157/157
攻撃力─34/34
防御力─25/25
MP─38/38
SP─70/70
対魔力─46/46
対物理力─67/67
身体能力─137/137
【固有スキル】
無し》
唖然となっていた俺ははっとなってひとつの可能性を考えた。
「あのー、神父さん。 これは何か失敗でもしたんでしょうか?」
俺は恐る恐る尋ねる。
震えて、手汗で湿った拳をぎゅっと握りしめる。
しかし、神父は目を閉じて首を横に振った。
「残念ながら紛れもなく成功しております。断言できます、この作業において失敗することは決してありません」
「そんな、そんなはずは!」
額からはじんわりと冷や汗がたれ落ち始めた。
神父は俺を憐れむような目で眺める。
「別の街の神父から聞いたことがあります。 このような事例が過去にも1度あるということを」
そう言われて、俺はさらに愕然となる。
過去にも同じ例があるということは、彼が言う通り、これは失敗したわけではないと理解して。
神父は静かに話し始めた。
「古くより、聖者に言い伝えられているのだが、ごく稀に天職のバランスが一定にならないことがある。 新しく生まれる命の数と天職の決まりが合わないことがあるのだ。 今回のように勇者や賢者が1箇所に集中して生まれたりした時じゃな。 そしてその事例が過去に1度だけ起きており、その時のステータスがこのようになっていたと聞いている。 私達はこうなったものを『無職』と呼んでいる。 最初の無職は女性だったから、どこかでひろわれて奴隷としてでも上手くやっておるかものぉ」
話を聞いていくうちに、俺の体の震えは増していった。
途方もない怒り、そして自分の運命の過酷さを悟って。
それでも俺は抗議し続ける。
「それ、でもッ! こんなことが、あるなんて、そんなはずない! そうだ、もう一度やってくれないか?」
再び神父は首を横に振る。
「さっきも言ったであろう、失敗などありえないと」
神父は自分が失敗するという考えをそもそも持っていない。
絶対の自信があるのか、それとも聖者という職業の特性なのか。
本当のところは分からない。
しかし、俺はそんなことを考えることも放棄して、怒鳴り散らしてしまった。
「なんでだよ!! できるだろ、ならやってくれよ! じゃないと気がすまねぇよ!」
俺は声を荒らげる。
こんなに叫んだのは生まれて初めてだ。
俺は短気ではないし、人前でここまで叫び立てたことなど1度もない。
それでも、俺は今まで溜めてきたなにかが爆発するように腹が立っていた。
現実を受け止められなかった。
何せ天職とはこれから先の自分の運命を左右するのだから。
先程までまるで興味がないような素振りを見せていたクラスメイトが初めて聞く俺の叫びにどよめき、振り向いた。
「だから、そんなことをしても意味がないと言っておろうが」
「なんでだ! やってみなきゃ分からないだろうが!」
息が荒立つ、握りこぶしがよりいっそう固く握りしめられる。
頭に血が上る、冷や汗がだばだばと垂れ流れる。
俺はついに神父につかみかかった。
別に彼にはなんの罪もない、分かっている。
けれど何かに当たらなければもう、どうにかなってしまいそうだった。
「なにを!?」
神父は慌てふためき、あわあわと両手をあげている。
しかし、そんなものは俺の目には入らない。
振り上げた拳を一気に振り下ろそうとした時、俺の自制心はようやく働きを取り戻し、拳を止めた。
手は神父の鼻先で止まった。
「俺は、いったい何を────ぐぁふぇッ!」
俺は自分の掌を見つめて、自分がしようとしたことを思い出して、目を見開いて呆然としていた時、急に顔面に鋭い痛みを感じた。
脳が揺れる、視界が真っ暗になる。
そんな感覚に俺は床にばたりと倒れた。
「な、んだ?」
口から血が流れるなか、俺は唖然と呟く。
そして、上の方を見上げるとそこには顔を真っ赤にしたメルクの姿があった。
「てめぇ、どこまでクズなんだ! 今なにしようとしてたか自分で分かってんのか!」
俺は黙りこける。
確かに俺がしようとしたことは決して人としてやってはいけない行為だった。
結局実行する寸前で止めたとはいえ、殴られて当然だろう。
「あぁ、分かってる。 だから───あぐぅっ!」
あげようとした顔を足で踏みつけられ、頭に重圧がかかり、舌をかんでしまう。
「お前に喋る権利なんてねぇんだよ、おらっ!」
「がぁッ!」
次は腹に蹴りが打ち込まれる。
勇者の攻撃力をもつ蹴りに、思わず吐血する。
赤い視界には俺を嘲笑うようなクラスメイトの顔がいくつも見えた。
「ははっ、だっせぇーの。 さすがクズ男だな」
「あれ見ればあの時の噂も絶対本当ね。 まあ私は最初からその噂信じてたけど」
「あーあ、無職ねぇ? あいつニートってことか、ははっ。 笑えるな」
「おーいメルク、殺さない程度にしとけよー」
「は? 別に死んでもいいだろあんなやつ」
あらゆる罵倒の言葉が降り注ぐ。
彼らは嘲笑い、同情する余地もないほどの悪人だと俺を認識する。
それは一方的に振るわれる暴力よりも堪えるものがあった。
(あぁ、これで俺の潔白も証明できない、認めてもらえるなんてことも絶対にないな)
全てを諦めかけたそんな時ふと、あの男の顔が浮かんだ。
晴人……。
彼とはあの自己紹介の時以来1度も顔を合わせていない。
心做しか避けられていると感じていた。
しかしこの時、俺が救いを求めたのは俺が唯一親友だと思っていた晴人だった。
あいつなら俺を分かってくれる。
俺は何もしていないって信じてくれる。
俺に手を差し伸べてくれる。
そう思った。
その時、かたんかたんと、靴音がどんな罵倒、大声よりもはっきりと聞こえた。
もしかしたら、と俺は痛みに悶える中、必死に音の方に目をやった。
「は、ると……?」
俺は縋るようにそう呼んだ。
親友だった彼の名を。
しかし、彼はそれを聞いてとても不愉快そうな、怪訝そうな表情を浮かべて。
「はぁ? 気安く呼ばないで欲しいなぁ! お前みたいなやつに呼ばせる名前なんてねぇんだよ!」
そこには、かつて親友だと思っていた男の顔はもうなかった。
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