第119話 予想通りの展開①
────やっぱりこうなったか……。
入学式の翌日である今日。 授業開始初日の朝っぱらから、俺は溜息をつかずには居られなかった。
それは朝のホームルーム開始の30分前。
お手洗いに行った帰り、突然数人の男衆が、俺の行く手を阻むようにして取り囲んできた。
先頭にいた赤髪の男、メルク・キルバレットを筆頭に、見覚えがあるやつとないやつがいるが、恐らく元クラスメイトの連中が俺を鋭い眼光で睨みつけてきている。
全く、呆れてむしろ笑いたくなるくらい予想通りの展開だ。
まさかこんな朝っぱらからとは思わなかったが、どうせ俺が1人になるタイミングでも計っていたのだろう。
ただ、一つだけ予想外だったのは、その集団の中に、何故かアーサの姿が見当たらなかった事だ。
正直、真っ先に奴が仕掛けてくるものだと思っていたのだが。
まぁアーサがどういうつもりなのかは知らないが、こないならこないで俺としては好都合だ。 余計な接触を避けられる。
しかし、それが分かったところで今の状況が鬱陶しく、煩わしいことには変わりなく、俺はあえてあからさまに大きく溜息をついてみせた。
「……邪魔なんだが?」
睨み返してそう言うと、俺の態度が気に触ったのか、メルクは額に青筋を浮かべながら、俺に詰め寄り胸倉を掴みかかってくる。
「なんでてめぇがこの学園にいる?」
「そんなのお前に関係ないだろ。 それとも何か? お前の許可でもいんの?」
「あ? 舐めた口きいてんじゃねぇぞ! てめぇみたいなクズがここに入れるわけがねぇって言ってんだ! 一体どんな不正をしやがった?」
「は?」
メルクの想像以上の支離滅裂な言いがかりに、煩わしいを通り越し、俺は思わず口がぽかんと空いてしまった。
まさかそんなしょうもないいちゃもんをつけるために、こんな大人数で俺の事を追いかけてきたのか?
正直ここまでくると、真っ向から対立してやるなどと思っていた自分が逆に馬鹿らしくなってくる。
言い返してやることすら時間の無駄。
そもそも、こんな程度の低い連中に構ってやること自体、自分の格を下げているのと同義なのではないかとさえ思う。
しかし、そんな気も知らずにメルクは、無言でただ呆れている俺への苛立ちを剥き出しに、掴んでいた胸倉を揺らしてきた。
「おい、何とか言ってみろよクズが!」
「……」
やばい、本当にどうしよう……。
クズ呼ばわりで中傷されているはずなのに、なんかもうどうでも良くなってきた。
呆れ返って物も言えないとは、まさにこういうことを言うのだろう。
このままこいつらが痺れを切らして、どこかへ立ち去ってくれるまで待っているのが最善の選択だ。
万が一暴力に訴えかけてこようものなら、当然、降りかかる火の粉を払うくらいの報復はしてやるが。
と、そんなことを考えていた時、メルクの後ろに控えていた連中の方から、何やら話し声が聞こえてきた。
「図星つかれて言葉もないらしいな」
「つか、そもそもあいつって死んだはずじゃないのか?」
「それな。 なんで生きてんだろ?」
「もしかしたら、幽霊だったりしてな、ははっ!」
聞こえてきた声は、またしても俺のことを馬鹿にしてくる声の数々。
俺の死体を見たわけでも、村を追放された後の動向を知っている訳でもない奴らが、死んだはずだの、生きているわけがないだの、終いには幽霊だの、よくもまあ好き放題言ってくれるものだ。
いやでも、こいつらが言っていることは、あながち間違ってもいないのかもしれない。
さすがに幽霊というのは完全に間違っているが。
しかしそう思うと、憤りを感じる以上にむしろ、なんだか可笑しくなってきて、思わず「くくっ」と、笑いが零れてしまった。
「お前ら、何か勘違いしてないか?」
呆れた微笑を浮かべながらそう言うと、俺を囲んでいる全員が一斉に不審げな眼差しを向けてくる。
確かにこの状況で笑ってしまうなんてどうかしているとは思うが、どうしても言わずにはいられない。
「言っておくが、もし、今ここにいる俺を、お前らの知っている人間だと思ってるなら、それは勘違いってやつだ。 ───そんなやつはお前らの想像通り、とっくの昔に死んでるからな」
「てめぇ、何、言ってんだ……?」
メルクが薄気味悪そうに呟いた。
まぁ、そう思うのも無理はないだろう。 自分でも、何言ってんだと思う。
だが、これだけは言える。
「今の俺は、お前らの元クラスメイトの三木原 蒼真でも、カーロ村のユウ・アッシュリッドでもない───」
三木原 蒼真という人間は、岩に潰されて死に、ユウ・アッシュリッドに転生した。
そいつも村から追放され全てを失い、魔人に殺された。
だがそいつは、ミルザに救われて、もう一度生き直そうと決めた。
彼女の願いを叶えると誓った。
それが今ここにいる俺だ。
「───ユウ・クラウス。 今ここにいるのはお前らとは全く無縁の人間だ」




