第118話 友達
「そいじゃァ、改めて……シルバ・ラッドローだ。 シルバでいいぜェ、よろしくなァ」
シルバは服を着て、脱衣所から戻ってくると、もう一度自己紹介し、その八重歯をにかっと見せて手を差し出してきた。
「……あぁ。 ユウ・クラウスだ。 俺も好きなように呼んでくれて、構わない……」
俺はその差し出された手を取るのを躊躇いながらも、微笑を作ってその手をそろりと弱々しく握り返す。
すると、シルバはそんな俺のリアクションを見て「あァ……」と、何かに納得したような吐息を漏らす。
「まァ、そんなに警戒しなさんなやァ。 気持ちは分かるけどよォ」
「いや……別に警戒してる訳じゃ……」
俺は嘘をついた。 虚勢を張ったのだ。
本当は彼に対する不信感を拭いきれず、躊躇の念を態度にだしてしまった。
少なくともこれから1年、この部屋で共に過ごす者に対して、失礼な態度をとってしまっているという自覚があったからだ。
だが、シルバという男がどういう人間なのか、どこまで信用できるのか、それが測りきれない状態で、馴れ合うことなど当然できるはずがない。
人間不信。
ミルザやラフィー、サイオス、エルフィア、様々な人達のおかげでかなり改善はしているが、それでもまだ完全に克服した訳では無い。
自分で言うのも情けない話だが、どこかでまだ他者に対する不信が拭えきれないていないのが正直な現状だ。
しかし、シルバは何故か俺の虚勢などお見通しのようで、
「いい、いい。 別に気にしちゃァいねェ。 むしろそれでこそ、オレの想像してたユウ・クラウスってもんだ」
俺の失礼な態度を気にすることもなく、和やかな微笑を浮かべながらシルバはそう言った。
とりあえず俺は「……ありがとう」と、一礼したが、彼の発言で1つ引っかかった点について言及する。
「……しかし、想像通りってのはどういうことだ?」
「んァ? 言葉通りの意味だ。 ユウ・クラウスって、こういうやつなんだろうなァってな」
「……何を根拠に?」
「真偽のとこは知らねェんだが、メルル? だっけかァ、そいつらが口を揃えて言ってたのさ。 お前さんの天職が───無職、なんだってな」
シルバの口から『無職』という言葉が飛び出した時、自分の背筋が無意識に緊張するのが分かった。
メルクをメルルと言い間違えていることなど気にならない程。
彼に対する不信感、警戒心がぐっと強まる。
確かに、ルームメイトが元クラスメイトの連中でないことには安堵していた。
だが、あの連中でなくとも、俺の天職を知り、差別してくる者がいないわけが無い。
無職というのは、この世界で正しく無能の烙印として扱われている。
もちろん認めてくれる者も少なからずいるが、それでも差別的な目で見るやつの方が断然多いのだ。
ただ、実際に話してみた感触的に、シルバがそういう差別をするような人間には見えなかった。
だから彼にはまた悪いことをするが、俺は少し試してみることにした。
「───だとしたら?」
俺が1歩後ろへ下がり、シルバを睨みつけるようにそう言うと、彼は、はてなといったように首を傾げた。
「もし、俺が本当に無職だったとしたら、お前はどうするんだ?」
「……どうする、てのはァ?」
「やっぱりお前も、俺を馬鹿にするのか。 無能だと、侮蔑するのか?」
「……」
きっと別の言い方が、やり方があったのだろう。
全ては俺の臆病のせいだ。
こんな不器用なやり方しか出来ない自分には、我ながら本当に腹が立つ。
シルバは俺の借問にしばらく口を噤んで黙っていたが、突然クスっと笑いを零した。
「いやァまさか、ここまでこじらせてるとはなァ。 まァ、そこがまた面白ェんだけどよォ」
「……何が、言いたい?」
「つまりはよォ、お前さんが無職であろうがなかろうが、オレにとっちゃそんなの大した問題じゃねェってことさ」
「……」
うまく言葉は出てこないが、少しずつ、俺の強ばっていた背筋も緊張が溶けてきている実感があった。
彼に対する信用が、じわじわと湧いてきている。
シルバが今言っていることは間違いなく嘘ではない。
彼の応えに期待してしまっている自分がいる。
「結局のとこ、オレぁお前さんが気に入っちまったんだよなァ。 お前さんと一緒にいりゃァ、ぜってェ暇しねェってな」
あぁ、やっぱりシルバも同じだ。
彼のことを試してしまったことに、改めて罪悪感と後悔が過ぎる。
しかし、それ以上の喜びが俺の中にはあった。
「だからよォ、お前さんとは、ルームメイト以上の関係になりてェって思ってんだわなァ」
前世での元クラスメイト連中はもちろん、今の『Sクラス』の奴らとも馴れ合う気はなかった。
だが、本当は期待していた。
憧れていたと言ってもいいかもしれない。
せっかくの学園生活のやり直しの機会。
もしかしたら、同年代で『友人』と呼べる存在ができるのではないか、と。
不安はあるが、彼とならと、そう思えてきてしまっていた。
ルームメイトと言う関係だけでなく、友人と呼び合える関係に。
そんなことを考えていると、つい頬が緩み、何故か無性に恥ずかしさが湧いてきて、俺はそれを隠すようにシルバを茶化した。
「俺とルームメイト以上の関係になりたいとか……シルバって、そっち系の趣味でもあるのか?」
俺は右手の甲を左頬に当てて、おねぇのポーズをとる。
その意味を理解すれば、彼は慌てて否定するものだと思っていたが、何故かシルバは何かを企むような悪戯な笑みを浮かべる。
「オレぁ、お前さんとなら、そういう関係でもいいぜェ?」
「───っ! まさか本当にそういう趣味が!?」
ぐへへと言って近寄ってくるシルバに、俺は身の危険を感じ、自分の体を守るように抱いた。
すると、直ぐにシルバはホモ演技を辞めて、してやったり顔で爆笑する。
「がはは、冗談だァ。 それとも、お前さんの方がご所望だったかァ?」
「なっ!?」
どうやら、俺が茶化したつもりが、まんまと逆手に取られてしまったらしい。 なかなかにくえない男だ。
俺が首をぶんぶんと振って否定すると、またしてもシルバ心底可笑しそうに笑う。
「お前さんは本当に面白ェなァ」
しかし、さっきから気になっていたのだが、シルバはどうしてずっと俺の事をお前さん呼ばわりなんだ。
俺はしなっとシルバを名前で呼んだって言うのに。
何となく気に入らなく、俺は思わず口を挟んでしまった。
「……なぁ、そのお前さんっていうの、よしてくれよ……ユウ、でいい」
───て。
俺は何を照れくさがってんだよ!?
好きな男に名前を呼んで欲しくて仕方ない、初な漫画のヒロインか!
何より、俺の赤面を見て、シルバが心底楽しそうにニヤニヤとしてるのが1番腹立つ。
「ツンデレかよォおい。 無愛想なくせに可愛いとこあんじゃんかァ」
「───っ! ち、ちげぇよ! てか、無愛想とか、人のこと言えた口じゃ───」
俺がそこまで反論を言いかけたところで、シルバががっと、俺の肩に手を回してきた。
「まァ、これからよろしくなァ、ユウ」
だぁくそ。 また、俺はなんで名前で呼ばれたくらいで喜んでんだよ。
でも確かに、同年代の男友達ってのに、どこかで憧れていたんだろう。
一緒にバカ騒ぎできるような男友達というやつに。
「とりあえず、飯、行こうぜ。 オレ腹減ったわァ」
「ちょ、無理やり引っ張んなって」
「早くしねェと、食堂しまっちまうだろォ」
「わかったから、とりあえずこの手を離せ!」
こんな会話ですら、今はとても心地がいい。
まだまだお互いに知らないことは多くある。
これで完全に信頼しきったともおもってはいない。
だが、少なくとも今日、俺とシルバは間違いなく『友達』になったのだと思う。 そう思いたい。




