第112話 望まぬ再会⑥
「アルド先生」
先生と付けるのに少しだけ気恥しさを感じながら、俺はアルドを呼び止めた。
彼はその声で俺のことに気がつくと、俺の方へ振り返り「はは」と微笑して、
「なんというか、少しむずがゆいな。 実際に君に先生と呼ばれるのは」
照れくさそうに頬を掻きながら、アルドはそう言った。
まあ確かに、自分のことを先生と読んでくる相手は、1度とはいえ自分のことを負かした相手だ。
そこまで気にしてはいなさそうだが、彼にもプライドがない訳では無いだろう。
そういった所で、少しばかり引っかかってしまったのかもしれない。
俺としては彼に勝ったからといって、たったの1度きりだ。
学べることがないなどとは微塵も思っていないし、そんなに自惚れているつもりも毛頭ない。
そして、それはアルドも重々に理解してくれているようで、1つ咳払いをすると、
「いや失礼。 こういうことは言うものじゃないね。 これから僕は君の担当講師になる訳だから」
アルドは自分自身に対しても言い聞かせるようにそう言うと、直ぐに気を取り直して切り替えた。
「それで、僕に何か用があったんじゃないのかい?」
アルドがそう訊いてくると俺は「はい」と頷いて、
「ホームルームのときは、すみませんでした」
そう謝罪して頭を下げると、アルドもなんのことを言っているのかには直ぐに気づいたようだった。
「別に構わないさ。 まあ、少し驚きはしたけどね」
正直、アルドや何も知らないSクラスの連中には迷惑をかけたと反省している。
だが、後悔はしていない。
どのみち、あいつ、あいつらとはこれから最低でも1年は同じ教室で過ごさなきゃならないのだ。
仮に俺から何か仕掛けずとも、今回のアーサのように、必ずあいつらの方から突っかかってくるに決まっている。
何をどうしようと、アイツらとの関係が良くなることなど決してない。
それなら最初からがっつりと対立して、関わる機会を減らす方がよほど良い。
「俺も、まさかアイツらと、こんな所で再会することになるとは思ってなかったんですよ」
それを聞くと、アルドは少しだけ考える素振りを見せて、
「……僕が、君と彼……いや、彼らとの間にある問題に首を突っ込べきではないし、その権利もない。
だけど、相談くらいなら、いくらでも乗ってあげられる。 その事は覚えておいてくれ」
アルドはそう言ってくれたが、俺はきっと、晴人や元クラスメイトとの問題を彼に相談することは恐らくほぼないだろう。
それは別にアルドのことを全く信用していないからという訳では決してない。
むしろ、彼のことはかなり信用している。
しかし、だからこそ彼に変に気を使って欲しくない。
これは俺と奴らの問題。
俺自身の力で解決し、決着をつけなければ意味が無い。
だから、甘えたことを言っている余裕はないし、俺自身がそれを許さない。
しかし、きっとアルドもそれは分かっていて、それでも尚励ますように言ってくれたのだ。
その事には、感謝の念しか浮かんでこない。
「ありがとうございます」
俺がそう素直に感謝すると、アルドは「ああ」と微笑して頷いた。
「それじゃあ僕はこの後会議あるから、もう行くよ。 また今度ゆっくり話そう」
「はい、楽しみにしてます。 引き留めてしまってすいませんでした」
そうしてアルドは俺に背を向けると、急ぎ足で会議室へと向かっていった。
アルドの背中を見送り、俺も俺で設定していた集合場所へと足を向けた。
この後は、レイシア達と飯を食べに行くことになっている。
入学祝いということで先日誘われたのだ。
まあ奢ってくれるというのだから、断る理由もなく、二つ返事で誘いに乗った。
集合場所は『学校棟エリア』の正門前ということになっているため、直ぐにまた『Sクラス』の教室の前へ戻ってきた。
教室内はまだ、ガヤガヤと騒がしいようだ。
(2人とも、大丈夫かな?)
そう思って、エルフィアとラフィーの状況を確認しようと教室内をこっそりと覗こうとした時だった。
「てか気になったんだけどさ」
教室内から聞こえてきた声に、思わずビクリと驚き覗くのを中断し身を隠した。
間違いない。
あの声はメルクの声だ。
盗み聞きなんて、不躾だとは思ったが、俺はその場から動かず、教室内の会話に耳をすませる。
「なんですか?」
そう聞き返したのはラフィーだった。
どうやら、彼女に対する質問のようだ。
「───なんで、あんなやつの天聖武具なんかになってんだ?」
その声を筆頭に、メルクに同調する声がいくつも上がる。
「あー、それワタシもおもったぁ」
「俺も俺も。 てか、あいつが生きてるってことに疑問しかわかねぇんだけど?」
「まじでそれな! とっくの昔に死んだもんだと思ってたのによぉ」
「あんなやつ、マジでやめといた方がいいって」
「エルフィアさんもだよ? なんかあいつと仲良さげだけど、悪いことは言わないから、本当にやめときな」
「そうそう。 君みたいな美人、あんな奴にはもったいねぇって」
それらの言葉が耳に入ってきた瞬間、無意識にも全身に変な力が入った。
俺は込上がってくる黒い感情を堪えようと、拳を固く握りしめ、奥歯を噛み締めた。




