第111話 望まぬ再会⑤
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彼女は、隣席で呆然と佇む男を、不思議そうに見上げて首を傾げていた。
ミシェド学園の入学式が終了してから、自分たちの『Sクラス教室』へ移動し、今現在まで、知らない顔ぶれ同士、クラス内で順に自己紹介をしていた所だった。
しかし、彼女の隣席の男、ローク・ラシュダットは、自身の自己紹介の途中で突然として黙り込み、目を見開きながら固まってしまっていたのだ。
「……ローク?」
そんな彼に、彼女は訝しげに声をかける。
すると、ロークは直ぐにはっと我に返り、クラスメイトに一言謝罪して、挨拶を最後まで言い終えた。
「……どうかしたの?」
彼女は、ソワソワと落ち着かなそうに自己紹介を済ませ、自席に腰を下ろしたロークにそう訊ねる。
「……彼がいたんだ。 間違いない、本物だ」
「彼?」
うわ言のように呟き応えるロークに、彼女はより一層首を傾げながら続けて訊くと、彼はゆっくりと後ろの方へと視線を移した。
それが、自分が見ている方を見てみろ、という合図であることに彼女はすぐに理解し、促されるまま後方へと首を回す。
「一体誰のことを────」
ロークが一心に見つめていた方を眺め、彼が言っていたであろうその人影が視界に飛び込んできた瞬間、
「────っ!」
彼女は目を大きく見開き、息を飲んだ。
その表情は、信じられない者を見つけた時のようであった。
大切なものを見つけた時のようであった。
胸の奥が苦しなって、息が詰まる。
口は半開きに空きっぱなしになれども、言葉が出てくることはなく、瞼は瞬きすることを忘れていた。
「───生きてたんだよ」
今度は逆に呆然としていた彼女に対して、薄く微笑みながらロークは呟く。
そして彼女、ミリア・アーチェラは、か細く息を吐き出すように、その人の名前を零した。
「────蒼真くん……」
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「さて、学園の説明についてはこれで終わりだ。 なにか質問のある者はいるかい?」
アルドはそう言って、教室内を見渡すが誰も手をあげないのを確認すると「よし」と1つ頷き、
「それじゃあこれで解散としよう。 今日は講義はないからね。 この後は寮へ戻って休むも良し、学園街を探索するも良し。 もちろん鍛錬するも良しだ。 僕はこの後会議があるので、これで失礼するよ」
そして「ではまた明日」と言い残すと、急ぎ足で教室を出ていった。
これで入学初日のホームルームは終了というわけだ。
アルドが教室から出ていった途端、緊張の糸が切れたように、一転して静かだった教室内は一気に騒がしくなった。
「ラフィー、エルフィア。 俺はちょっとアルド先生のところに行って────」
ホームルームが終了した瞬間、俺はアルドを追いかけようとさっと立ち上がり、2人にその旨を伝えようとした時、
「ねぇねぇ、エルフィアさんってどこの出身?」
「まじで髪綺麗だね。 まるで妖精みたい」
「良かったらエルフィアさんのこと詳しく聞かせてよ」
とそんな感じに、一斉に数人の生徒がエルフィアの周りに群がってきた。
そして、それはラフィーも同様らしく、彼女の周りにもかなりの人だかりができあがっていた。
それもそのはずだろう。
エルフィアはその見た目からどうしても人を惹き付けてしまう。
雪のような色白の肌に、純白の白髪。スラリとした手足に、大きな瞳は男にとっても女にとっても魅力的だ。
それに、もしもこのクラスに彼女の2次試験の様子を見ていた者がいたとしたら、その点に興味を持ったのかもしれない。
ラフィーも、幼く愛らしい見た目から、可愛がられるのは必然だ。
俺だって、ことある事についつい頭を撫でたくなってしまうくらいだ。
天使という、普通なら目にかかれない存在ということも相まって、興味を引いてしまうのだろう。
人集りにあわあわとする2人を見て、これでは普通の声はあまり聞こえなさそうだなと思い、俺は念話に切り替えた。
『俺は、集合場所に行く前にアルド先生の所へ寄っていくから』
『わ、分かったわ。 私達も直ぐに行くわ』
『あたし達のことは気にせず、マスターはアルド先生のところに行ってください』
『あ、ああ。 それじゃあ後でな』
そして、俺は2人に背を向けて、さっと教室を後にした。
アルドを追いかけたいということももちろんあったが、それは半ば逃げ出すような形であったのかもしれない。
まさかと言うべきか、やはりと言うべきか、俺が名乗った時、最初に突っかかってきたのは1番厄介な晴人だった。
いくら落ち着いていたとはいえ、憎い相手を目の前にして、すっとぼけられるほど俺は大人ではなかった。
その時は、アルドが仲介し、それからは何事もなく、彼が学園の説明を終えてホームルームは終了した。
無論後悔はしていないが、これからヤツとどうやって相対していくかが大きな問題として残ったままだ。
俺はそんなふうに考えながら、小走りでアルドを追いかけると、直ぐに彼の姿を発見した。




