第95話 入学試験⑦
「そう言えば、俺が一次試験で落とされた理由ってなんなんですか?」
握手を交わし、特別推薦枠試験を受けることが決まったあと、俺はレイシアにそう訊ねた。
確かに、無職だからという理由で落とされたという可能性が高いということは想像がつくのだが、それにしたって、これだけ鍛え上げたステータスがあるのに、無職というだけで、目もくれないのはやはり腑に落ちない。
そこまで見る時間が惜しい、確認しても意味がない。
だから、一目で落とされたと考えていた。
だが、よく考えてみれば、そんなガバガバな試験、人類最高峰と言われ、絶対的な実力主義を掲げるこのミシェド学園がやっていいものなのか。
その考えは、この学園の生徒で実力がトップであるレイシアが俺の本当の実力を見出して、推薦をくれたということもあって、より一層、疑問視してしまうようになった。
俺の訊ねに対して、レイシアは「ぷっ」と吹き出した。
「え、え? なんですか?」
俺が戸惑ったように、あたふたとしながら訊くと、レイシアはくすくすと笑いを堪えて、
「なんだい、その喋り方。 君が敬語なんて、なんか似合ってないよ、あはは」
「お、俺だって、敬語くらい使いますよ!」
それはそうだ。
なぜなら、この人は、誰もが認めてくれなかった俺のことをちゃんと認めてくれて、この学園の特別推薦枠試験も受けさせてくれると言ってくれた。
見ず知らずの俺のことを真剣に見てくれた。
それだけでも、大きな恩があり感謝がある。
それに、もしこの試験に合格できて、ミシェド学園の生徒ともなれば、彼女がいくつ年上なのかはわからないが、立派な俺の先輩になるわけだ。
そして何よりも、彼女はこの学園で最強、つまり、学園に通っていた頃のミルザと同じ場所に立っているということだ。
確かに、いきなり言葉遣いを変えたのは不自然だったかもしれない。
それでも俺は、レイシアに対して最大限の敬意を評し、敬語で振る舞おうと思った、そのはずだったんだが───。
「そろそろ、笑うのやめてもらえます?」
俺はジト目で、未だくすくすと笑い続けるレイシアに言った。
「ああ、ごめんごめん、ついね。 けどさ、ボクとしては、あまり、敬語で接して欲しくはないんだよね」
「……そんなに俺の敬語って変か?」
確かに、急に言葉遣いを変えたことを不自然に感じたのかもしれないな。
まあ、俺の方も、とりわけこの言葉遣いで話すことに拘る理由もないから、本人が望んでいないのなら、敬語を使う必要はないだろう。
しかし、レイシアは、俺の訊ねに対して「いや」と、首を横に振る。
「そういうわけじゃないんだ……」
「じゃあなんで?」
俺がそう訊くと、レイシアは何故か照れくさそうに頬をうっすらと赤らめて、急に落ち着かないといった感じに、視線を泳がせ、テンパっていた。
「い、いや、え、ええっと、そ、それは。 んん、ど、どう言ったらいいんだろう。 つ、つまりは、ボ、ボクと……」
レイシアがぶつぶつと呟いている言葉は小さくてよく聞こえなかったが、俺もエルフィアもラフィーも、彼女の不審な挙動を、はてなと首を傾げながら眺めていた。
その時───。
「なんや賑やかやないの。 うちも混ぜたってや」
背後から、誰かが、訛った喋り方でそうなげかけてきた。
聞き間違えじゃないよな。
まんま関西弁にしか聞こえなかった気がするんだが。
ただ、声からして、おそらく女の人だろう。
俺達はそれに反応して、声のした方に一斉に振り返った。
声の主と思わしき人影は、少し離れたところから、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「なんだ、やっと戻ってきたのか」
背後で、レイシアがそう呟くのが聞こえてきた。
「まさか……」
その時、ラフィーがぼそっと呟いた。
エルフィアは「どうしたの?」と、おおきく目を見開くラフィーに訊ねる。
「やっぱり、間違いないです。 あれは───」
このラフィーの反応には、見覚えがあった。
それに今自分でも感じているこの感覚も含めれば、自ずと、その者がどういう存在なのかは分かってくる。
そうだ、これは───。
「───お久しぶりです、レミエル」
ラフィーは、近づいてきた人影に向かって、軽くお辞儀をすると、微笑みながらそう言った。
すると、それに応えるように、レミエルと呼ばれた人影は、微笑を返して、手を振りながら、ラフィーの方へ近づいていく。
「あらやっぱり、ラファエルやないの。 ほんま久しぶりやわぁ」
相変わらずの訛った喋り方で俺達の目の前に立ったのは、片腕に大きな紙袋をぶら下げた少女だった。
長く明るい橙色の髪は、頭の左側で纏められており、くりっと覗く大きな瞳は、髪色と同じオレンジ色だ。
顔立ちは整っており、若干あどけない感じだが、どこか優美で品がある。
身長は、エルフィアよりも少し低いくらいだろうか。
2人の会話を聞く限り、俺の予想はどうやら間違ってはいなかったようだ。
「やっぱり、彼女も天使なんだな?」
俺は、目の前の少女に視線をやりながら、ラフィーに向かって言った。
するとラフィーは、こくりと頷いて。
「はい。 私と同じ【天聖武具】として転生した、12天使のレミエルです」
ラフィーがそう紹介すると、今度は俺とエルフィアの方へ寄ってきた。
「なるほど、君がラファエルの宿主っちゅうわけやね。 それで、お二人さんの名前も聞いてええやろか?」
レミエルはにこやかにそう挨拶すると、俺達を交互に見て、名前を訊ねてくる。
俺は、ぐいぐいとくるレミエルに若干気後れしつつも、自分の名前と、エルフィアの名前を教えた。
「ユウに、エルフィアやね。 うちはレミエル。 好きなように呼んでくれてかまへんでなぁ、仲良うしてなぁ」
そう言って、レミエルは俺とエルフィアの手を取って順番に握手を交わしていく。
しかし、エルフィアは、レミエルの喋り方や、そのフレンドリーさに、どう対応していいものか、かなり戸惑っているようだった。
俺でも若干気後れするところなのだから、かなり人見知りするエルフィアは相当なものだろう。
握手し終えると、レミエルは、俺たちの背後にいたレイシアのもとへ寄って行った。
「やっと戻ってきたのか、レミエル」
「いやぁ、新作のお洋服がでててなぁ。 ついつい立ち寄ってもおたんよ」
「はぁ……。 またそんなに買ってきて。 言っておくけど、ボクは着ないからね」
レイシアは、レミエルが手に持っていた紙袋をちらりと見ると、頭に手を当てて、大きなため息をついていた。
すると、レミエルは「ええー!」と残念そうな声をあげ、涙目になる。
「そんなぁ。 絶対レイシアたんに似合う思うて、こうてきたのにぃ。 なぁなぁ、お願いやからぁ」
「あぁもう! 分かったから、着るから、今度着るから! だから彼らにみっともない姿見せないでくれ」
レイシアは恥ずかしそうに頬を染めながら、観念したように叫ぶと、そう言って、ひっついてくるレミエルを、強引に引き剥がした。
「ご、ごめんね。 恥ずかしい所を見せてしまって。 レミエルはいつもこんな感じだから、あまり気にしないでくれると助かるよ」
レミエルを引き剥がすと、レイシアは疲れたように、はぁはぁと息を切らしながら、引き攣った苦笑いを浮かべて、俺達の方へ向き直った。
「はは、分かったよ。 それにしても随分と仲いいな。 てことはやっぱり、そういうことなのか?」
俺はレイシアと、その隣で、先程までの態度が嘘に思えるほどの満面の笑みを浮かべている、レミエルを見て、そう訊いた。
レミエルが天使ということは、必ず、近くにはその存在がいるはずだ。
そして、ここまで仲のいい2人を見る限り、その存在はこの場にたった一人しかいない。
そう、つまりは───。
「ああ、察しの通り。 レミエルはボクのところに宿っている、天使なんだ。 恥ずかしながらね」




