第93話 入学試験⑤
「ボクの名前は、レイシア・コルヌス。 一応このミシェド学園で主席を努めさせてもらっているんだ」
彼女は、少し姿勢を正すと、うっすらと微笑みながらそう名乗って見せた。
しかし俺は、名前などよりも別に『首席』という言葉に唖然としていたのだ。
『首席』とはその名の通り、最も高い位置にいること。
そして、それは俺にとって、何よりもミルザを象徴するものでもある。
このミシェド学園は長い歴史のある学園であり、ミルザが在籍していた学園でもある。
国の最高峰、いや、人類の最高峰とも謳われる教育機関だ。
当然、凄まじい数の入学希望者がおり、俺やエルフィアと同期の受験生の数だって、目算でも1万人はいたはずだ。
あの中から一次試験を突破できたのは半分の5000人。
そして二次試験を突破できるのは、たったの500人。
この時点で、受験者全体の20分の1に絞られる。
そして三次試験を突破できるのは、ここまで勝ち抜いてきた受験者500人のうち、400人。
残りの100人は、エスカレーター制で、中等科から進学してくるやつらだ。
よって、高等科から入学を希望している受験者に与えられている枠数は、1万人中、実質たったの400枠という事になる。
そして、5学年あるうちの、1年生だけでも、500人の生徒を抱えており、全学年を単純計算で総計すれば、およそ2500人が通っている学園。
ただ、落第や非進級制度もあるため、学年ごとに生徒数にはばらつきが見られることもあるが、とにかく段違いの規模を誇っているのだ。
『首席』というのは、その、超高倍率の過酷な受験を勝ち抜いてきた、2500人の中で最も高い位置にいるものにだけ与えられる称号。
そして、彼女は今それを持っていると自ら言った。
つまりレイシア・コルヌスと名乗った目の前の少女は、ミルザと同じ位置に立っているということになる。
俺が絶句してしまうのも当然だった。
「ど、どうしたんだい? ねぇ、ほら、何か言ってくれよ。 もしかして、ボクの自己紹介、何かおかしかったかな?」
彼女は俺の顔を下から覗いてくると、心配そうな様相で訊ってきた。
それに気づき、呆然としていた俺は、はっと我に返った。
「悪い悪い。 少しぼおっとしてた」
「もう、しっかりしてくれよ。 君から言ってきたことなのに」
「だからごめんて。 あんたが首席ってことにちょっと驚いただけだ」
「そ、そうか。 なら安心した。 それじゃあ君たちも名乗ってくれよ?」
レイシアは、安堵したようにほっと一息つくと、片目を閉じて、俺達にも自己紹介をするように促してきた。
「ああ分かった。 俺はユウ・クラウスだ。 それでこっちが……」
自分の名を名乗ってから、後ろにいる2人のことも紹介しようとする。
「エルフィア・ハーミットです。 えっと、どうも……」
俺の言葉に続いて、エルフィアは持ち前の人見知りを発揮して、よそよそしく名乗った。
エルフィアが言い終えると、その隣で待機していたラフィーも自己紹介した。
「初めまして。 あたしはラフィーと言います」
ラフィーは律儀にお辞儀をしてから、そう名乗り、愛らしい笑顔を向ける。
その時レイシアは、ラフィーを不思議な眼差しで見つめていた。
その視線にどこか見覚えがあるのはどうしてだろうか。
しかし、それもほんの数秒で、レイシアはラフィーとエルフィアに微笑み返すと、
「エルフィアさんにラフィーちゃんだね。 うん、覚えた。 とてもいい名前だ」
そう答える彼女に、俺はついに本題を切り出す。
「それで、お互い自己紹介も済んだわけだけど、結局あんたはなんのために俺を呼び止めたんだ?」
すっかり話が脱線していたが、そもそも俺が気になっていたのは彼女が、俺を呼び止めた理由なのだ。
俺が『無職』であることを知っている彼女は、一体なんのために俺に話しかけてきたのか。
それがずっと気がかりだった。
俺の訊ねに対し、レイシアは「そうだね」と前置きを置くとどこか含んだような微笑を浮かべて、
「君は、特別推薦枠受験を受ける気はないかな?」
俺はその言葉に目を見開いた。
特別推薦枠受験、こいつは今そう言ったのか?
特別推薦枠受験、それはこのミシェド学園に設けられている入学試験のもうひとつの制度だ。
ステータスや天職だけでは測りきることが出来ない実力もある。
所持しているものは少ないと言われている固有スキルだが、万が一それを持っているならば、一次試験では識別されないその者の実力があることもある。
貧困などの家庭の事情で入学する実力があるものでも、受験すらできないことだって稀にある。
そういった者達のために、特別に設けられているのが特別推薦枠受験だ。
これに合格すれば、実技試験と筆記試験が免除、さらに入学費用や授業料、その他学園に通うためにかかる費用も免除になる。
これだけ見れば誰もがこの試験を受けようとするだろうが、当然そんなことにはならないようになっている。
まず、特別推薦枠入試を受けるには、その名の通り、自分のことを推薦してくれる者が必要なのだ。
さらに推薦することができる者は極小数と限られている。
この学園に務めている、講師や重役、そして限られた生徒のみ。
限られた生徒というのは、例えば、今目の前にいるレイシアのような生徒だ。
この学園には、生徒の実力で序列を定める制度がある。
そして、およそ2500人中トップ10にランクインしている生徒は総称して『上位保持者』と呼ばれる。
上位保持者も、特別推薦枠において、誰かを推薦することが出来る権利を有している。
つまり、その権利を有するものに、自分の実力を認めさせることが出来れば、受けることが可能になる。
完全実力主義という大義名分を掲げているこの学園ならではの制度という訳だ。
これは、俺が、一次試験で脱落した時のために調べておいた情報だ。
「なんであんたが、そんなことを俺に訊いてくるんだ?」
俺は頭を整理して、二息ほどおいてからそう訊ねた。
すると彼女は、何を今更、とでも言うように、微笑みながら小さく首を傾げる。
「そんなの決まっているだろう? ボクが君のことを推薦したいんだよ」
俺は、レイシアの言ったことを一瞬、理解することが出来なかった。




