月と太陽
意識がまだ朦朧とする中、私は目を覚ました。まだ目の前が薄暗くて正常な意識は取り戻せていない。目に見えるもの全てがぼやけて見える。
そんな時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ミア?目を覚ましたか。よかった」
その声を聞いた私は薄目ながらも声のもとを視線で辿る。そこにいたのはユーリだった。ベッドの横の椅子に座っていたようで、彼は私から視線を逸らし、少し頭を掻いてからこう言った。
「もう王様への報告は済ませたみたいだから、今日はゆっくり休めってよ」
「アリシアさんから?」
「ああ、そうだ。それにしても声に気力がこもってない。戦ったと聞いたし、大変だったんだな」
「ありがとう。戻れて嬉しいよ」」
私はそう言って、もう少し寝ていたいとだけ伝えて、再び眠りについたのだった──。
「して、現場はどうだった?アレキサンドラよ」
「かなり残酷なもので、ガルンは半数以上の兵士を失いました。そして、ヤハウェという喰らう者を率いていたと思われる存在も確認しました」
謁見の間には、王へ惨状を報告するアリシアとヴァルフリートの姿があった。
「報告ご苦労。かなり危険な状況にあるが、我々のやることに変わりはない。奴らの正体を暴き、この地を守る。アレクサンドラ、そしてヴァルフリートよ。頼りにしておるぞ」
王は二人の肩に手を置き、激励の眼差しを向けた。
「は! ありがたきお言葉!」
「ヴァルフリート! 頑張っちゃいます! ・・・って痛っってぇ!」
ヴァルフリートは肘を曲げガッツポーズを見せたあと、アリシアから頭部への肘打ちを食らう。
「陛下、すいません。こいつは兵士としての常識が欠けてるもので。」
アリシアがヴァルフリートの頭を無理やり下げさせた。
「よいのだ。持つべきものは元気。兵士としての務めを果たせれば、何も文句はない。」
王はなだめるようにそう言うと、高い階段を上っていった。その姿を眺め終えたアリシアは不満そうな表情を浮かべつつ、ヴァルフリートにこう言った。
「ヴァルフリート、お前、ミアロンドを知っているだろう?あの銀髪の子だ。」
「あの可愛い子ですよね?どうかしたんです?」
「彼女に接触して様々な情報を聴き出してほしい。」
「えぇ?スリーサイズとかですか?」
ヴァルフリートは目を丸くして身体を前に曲げる。しかし、アリシアの無言の圧力によって自重
したようだ。
「でも、どうして?可愛い子と二人きりとかそれ以上に嬉しいことはないんですけど。」
「喰らう者の活動が活発になり始めたのはいつだと思う?ミアロンドが来てからだ。そして喰らう者を率いていた男、世界を知る者と彼女は呼んでいたが、何故そいつとミアロンドはお互いに知り合っているのか。そしてそもそも、彼女の出生はマサ村落。聞いたことも見たこともない。そのような村落が実際にあるとすれば、遥か遠くだ」
「つまり?」
「彼女は喰らう者の組織が送り込んだスパイのような存在である可能性が無きにしも非ずということだ。彼女の境遇がどちらであれど世界を知る者について知っていることがあれば、こちらは聞いておくべきだ。巧みな話術で女性の本音を引き出す。お前の得意分野だろ?」
「まぁそうですけど、彼女は戦ってましたよ?喰らう者の攻撃対象だったことを考慮してみると、スパイである可能性は低いのでは?」
「彼女が現れてから状況は一変したんだ。調べる価値はある。私たちは何も知らない。奴らに対抗するには多くの情報が必要だ。無知は自らを滅ぼす」
「あまり女の子を騙したりしたくはないのですが、ベストを尽くしましょう」
ヴァルフリートはそう言ってニヤリと微笑むと、そのまま城から出ていった──。
カーテンの隙間から差し込む眩い光。
どのくらい眠っていたのだろう。それすら忘れて
しまうくらい疲労していたのだろう。私はユーリの家の寝床で目を覚まし、身体を起こした。
「ん、起きたか。ヴァルフリートっていうチャラチャラした兵士が呼んでたよ。今日の夕方にお前とレストランで話したいことがあるんだってさ」
「おはよう。そうなんだ。でも、話したいことって何だろう?」
「さぁ?何も聞かされてないから俺もわかんねぇや」
ユーリは歯ブラシをくわえながらそう言うと、バスルームの中へ入っていった。私は起きて着替えを済ませるとバスルームにいるユーリに一声かけて外へ出てレストランへと足を運んだ──。
「うんうん。それで?」
レストランで食事をしながらヴァルフリートと会話を交わしていた。とても高級店らしく、周りの人はいかにも貴族のような服装をしていた。いや、貴族そのものだった。
こんな場所に私みたいな田舎者がいていいのだろうか。色鮮やかなドレスやスーツを身にまとった大人達が沢山いて、それに比べて私は質素な色をして少し傷んだローブを見に纏っていた。少し恥ずかしかった。
「そうなんだ。君は喰らう者についてほんとに何も知らないの?」
「はい、何も知りません。世界を知る者・・・あの人だけは知ってるんです。私の幼少期、私に世界の素晴らしさを教えてくれた人なんです。その人のおかげで今のノースセルシオンでの私がある。でも・・・」
「喰らうものを率いていた男がそいつだったと。心境はさぞ複雑だろうね」
ヴァルフリートはそう言うとすぐに目つきが変わった。今までの軽い雰囲気は全て吹き飛び、私を睨みつけるような怖い目を向けてくる。こんなの見たことない・・・。
「わからないことだらけだ。世界を知るものがお前と接触し、計画にお前を利用しようとしているのかもしれない。お前は何にも思っちゃいないことかもしれないが、俺たちの目線からそれは、俺たちを騙してるスパイ・・・」
「そ、そんなこと・・・!」
私は身を乗り出して叫んだ。違う。私は本当に何も知らなくて、わからなくて、この世界がどうなっているのか、奴らが何者なのか・・・。
その時、ヴァルフリートの表情は普段通りの形に戻りそのまま続けた。
「・・・なのかもしれないなっ!なぁに、冗談冗談!」
雰囲気がいつも通りに急に戻ったヴァルフリートはそう言って後頭部に手を添えて椅子を前後に揺らしながら笑っている。
「君は無実だ。偽りのない純粋な女の子の目をしている。」
「な、なんですかそれ。まぁ疑いが晴れて良かったですけど、よく目でわかりますね。」
「俺の女の子への観察眼は凄いよ。考えてることが手に取るようにわかったりもする。言動や仕草でね。今ミアちゃんが考えてることも当てることが出来ると思うよ。」
得意げにそう言うと勝ち誇った顔をして椅子により深くもたれかかった。
「じゃあ、当ててみてくださいよ」
私は疑り深く質問を投げた。
「キャー!ヴァルフリートさん素敵!かっこいいし強くてまじ最高!今度一緒に公園デートとかしてみたいなぁ・・・でしょ?」
かなりの即答だった。全く透き通らないただただ大きい裏声がレストランに響いた。
「裏声で言うのやめてもらってもいいですか?あと全然不正解です。かすりもしてません」
「だよな」