夜明け
それから私は、紹介してもらった医師から左腕の治療を受けた。治療を終えて適当に時間を潰していると、誰かが図書館に入ってくる。その人影は、ノースセルシオンの騎士団のものだった。
「今の状況、わかりますか?」
私は状況の把握をしたかったので、すぐさまに質問を投げた。
「あー、喰らう者の攻撃は減ったね。恐らくもう大丈夫だと思うよー。」
なんか軽いノリの騎士だなぁ。あれ?どこかで見たことが・・・。
「あのぉ、どこかで会いました?」
私は恐る恐る小さな声で問いかけた。
「お?お前、どっかで見たぞ?」
その騎士も私に見覚えがあるようで、まじまじとこちらの顔を眺めている。
暫く思い出そうと努め、ようやく思い出した。
アリシアと共に王城へと出向いた時に城の門番をしていた人だった。
「あー、アリシアさんと一緒にいた子ね! なかなかカワイイじゃん?」
「あっ、はい。噴水の広場でアリシアさんが戦っていたのですが、もう決着はついたのかどうかわかります?」
「あれ?軽くあしらわれた。まぁいいや。広場で大きな音が聴こえてきたから、まだ戦ってるんだと思うよ。あと俺はヴァルフリート。女のコにだけは忘れられたくないから、ちゃんと覚えてね」
どうやら戦闘は未だに続いているようだ。私達は、暫く図書館で状況の確認と共有を行った。
「中々の手練れではないか。隙がない。流石は黒龍を倒した者。一筋縄ではいかないか」
ヤハウェは脇に槍を挟んで、両手で拍手をして見せる。
「何故それを貴様が?」
「お前の活躍はこの世界全体に知れ渡っただろう。だが、お前を救世主と崇めた者達はノースセルシオンとその近辺の国々だけだ。ここより遥か遠い国では、そんなことは他人事だ。世界は広い。この広い世界を統べるのは何だと思う?この世界は分断されていて、裕福な国もあれば、貧乏な暮らしで腹を空かせる村のような場所も存在しているのは理解しているだろう?考えたことはないか?この世界のバランスは崩壊しているのではないかと。自らの国のエゴが生んだ利益がために不利益になる国なんていくらでもある。この世界が一つになるには、その不均衡なバランスを元に戻すことにあるだろう。だがこの世界を動かすのは不可能と言っていい程に広大だ。私達は、それを実現させる。全ての世界を一つにする。救済を果たすのが我々の使命たるものだ」
「不毛だな。お前達が行っていることは、ただの破壊行為だ。救済の一文字もない。」
アリシアは対抗するようにそう言うと、ヤハウェは嘲笑してみせる。
「お前達にはわからん。そろそろ頃合いだ。私達は闇と帰る。次、刃を交えることになれば、お前の命は黄泉へと消えるであろうな。」
ヤハウェはそう言いながら背後に漂う闇の中へと姿を消した。
「くそっ。逃げたか。」
アリシアは悔しがるように剣を地に大きく音を立てながら突き刺した。そこには虚しく冷たい風が靡いていた。
「アリシアさぁぁん!」
私は噴水広場に立っていたアリシアの元へと走った。
「無事だったか。ん?」
アリシアは私の左腕に視線を向けた。
「怪我をしたのか?」
「はい。喰らう者との戦闘で、少し。でも大丈夫です!動かせますし。」
私はそうやって左腕を前後に動かして見せると、割り込むようにヴァルフリートが口を開く。
「ある避難民の断れないような依頼を受けたみたいで、戦うしかない状況に置かれたみたいっす。まぁ、許してやってくださいよ。綺麗な顔に傷がつかなくてよかったですよほんと。」
ヴァルフリートは頭を掻きながら笑っている。
「もう少し危機感を持てないのか。ヴァルフリート。」
「あっ、もちろんアリシアさんの顔はいっつも綺麗ですよ?」
それを聞いたアリシアは呆れたようにため息をついた。
「ふざけてるのか?そのような意識では、長生きできんぞ。」
「美女の為なら死ねますよ。」
アリシアはそれを無視すると、私の顔に視線を戻す。
「黒い霧が晴れてきた。恐らく奴らの襲撃は終わった。よく生き残ってくれた。一度騎士団と合流し、ノースセルシオンに戻るぞ。」
「はいっ!」
長い一日だった。ノースセルシオンの光景を、とても久しぶりに見たように感じられた。戻ってこれた安心感と戦った疲労感が同時に襲いかかってきた。
「あぁ、帰ってこれたんだ。でも、もう、限界、かも。」
身体の力が抜け、足から魂が抜けたような感覚に陥り、私はついに地面に膝をつき倒れてしまった。