ヤハウェ
今回少し長めです。区切るとこがありませんでした。
移動に半日を費やし、ようやく西都ガルン目前へと足を進めた。空はもう黒く、周りの兵隊は灯を持ちながら足元を照らしている状態だった。
「いいか、危険な行動はするな。戦いも避けろ。生き残ることが第一優先だ。まずはお前を安全なところへ避難させる。被害は想定より大きいようだ。所々、ガルン兵の剣が落ちているのを見る。」
「しかし、落ちているのは剣だけって、何か不自然ではないですか?」
私は落ちている剣を拾い上げながらそう言うと、アリシアは少し躊躇うような口調で話し始めた。
「喰らう者はその名の通り、人間を喰う。ここまで言えば、その剣の持ち主がどうなってしまったのか、わかるな?」
「そ、そんな・・・」
喰らうものは生きるもの全てを捕食対象とし、ここ近辺の兵士は喰らわれてしまった。それも跡形も残らずに。私は手の力が抜け、持っていた剣を地へと落とした。 こんなに世界は残酷なんだ。あの人がいう世界とまるで違うじゃないか。私は呆然としながらもアリシアと共に隊列の中に戻っていった──。
「前衛部隊、喰らう者の足止めと囮を! 後衛部隊は前衛部隊の支援を! 治癒魔法を絶やすな! 被害は最小限に留めろ!」
気がつけば、周りは黒霧が立ち込め、アリシアを筆頭としたノースセルシオンの兵隊達は戦闘状態へ移行していた。
私はただただ見つめることしか出来なかったが、すぐアリシアに腕を掴まれた。
「何を惚けている!ガルン中央区へ急ぐぞ。喰らう者の足止めをしている今が好機だ。」
「は、はい!」
「それと、喰らう者を率いていたあの男を見つけたら直ちに報告しろ。奴の正体を暴くのも今回の目的でもある」
私が返事するよりも先にアリシアは走り出した。
「ちょっと待ってください!」
私も急いでアリシアの後に続いた。
何も聞こえない闇夜の街の通りをひたすらに走り続けていた。
「もうすぐ中央区だ。この先に大きな図書館がある。そこに身を隠しておけ。そこが西都ガルンの避難区域の一部となっている」
私は走り疲れて返事する体力も残っていなかった。
そのまま広い噴水広場に出ると、再び辺りが薄い黒霧に包まれる。
「く、喰らう者か。ここまでついてくるか。しつこいヤツだ」
アリシアは剣を構え辺りを見渡す。
すると、黒い霧の中から人影がゆっくりと近づいてくる。
「誰だ!」
影の方向にアリシアは剣を向ける。
その影は明らかに喰らう者の影ではなく、人間の形をしていた。
「お前らか?私たちの邪魔をするのは。」
「に、人間だと?」
霧の中から出てきたのは、黒い鎧を身につけた女性だった。長い黒髪に鮮血のような赤い目を光らせ、女性が持つには大きすぎるような槍を構えている。私はアリシアの後ろに隠れて様子を伺った。
「何者だ」
アリシアが問うと嘲笑しながらその女性は口を開いた。
「私はこの世界を正す者。ヤハウェ。なぜお前達は私たちの邪魔をする?」
「言っていることが理解できないな。貴様はガルンの兵ではないだろう。正体は何だ?」
「自己紹介はさっきもしてたはずだが、痛い思いをしないと人間は理解出来ないようだな。」
ヤハウェは槍を構えて、微笑みながらこちらに突進してくる。
ヤハウェの槍はアリシアの剣を捉えながら火花を散らす。アリシアは攻撃を剣で受け止めたものの、私はただ状況が理解出来ずに立ち尽すばかりだった。そんな時、アリシアから指示が届く。
「メーセリア!お前は安全な場所へ!図書館はここから真っ直ぐだ!」
攻撃を受け止めていたせいか、声には力がこも
り少し震えていた。
「で、でも!」
「私のことはいい!」
私はアリシアを信じ、真っ直ぐ走って噴水広場から抜ける。かつて世界を救ったアリシアさんなら大丈夫。私はそう自分に言い聞かせ、図書館へと向かった━━。
「ぐっ・・・!」
アリシアは槍を弾き返し、体勢を整える。
「貴様も喰らう者と同種か?」
「お前達はあの異形を喰らう者と呼ぶようだが、あれは偉大なる大義を成し遂げるためのピースにしか過ぎん。私は終点へと繋ぐラストピース。」
「目的は?」
「それだから人間は愚かなのだ。自らの行いを理解出来ていない。しようとしていない。その上、知りたがる。」
ヤハウェは冷酷な表情を浮かべてアリシアを見下している。
「そうか。どの道、人類にとって害悪な存在であることに変わりはないはずだ。ここで消えてもらうぞ。」
アリシアは再び剣を構え、ヤハウェの元へ走る。
「ここが図書館かぁ。すごく頑丈な造りになってる・・・」
私は図書館に着き、極力安全な場所である地下を目指した。
「あんた、見ない顔だが、北の都から来たのか?」
地下の階段を降りる途中、通りかかった老人に話しかけられた。
「はい、そうです。避難民の安全の確保に来ました」
ここに逃げてきたと言うのはみっともない気がしたので嘘をついてその場を凌いだ。
地下につくと避難民の多くが恐怖に怯えながら佇んでいた。子供は泣き、大人達は安心させることに必死になっている。手や足を失っている人もいた。まさに地獄のような光景だった。
私は図書館の中を一通り周り状況の把握を行った。その時、一つの本が目に入った。
「凛花の、救世主?」
とても分厚い本だった。少し気になったので、座って読んで見ることにした。
「え? あれ? おかしいなぁ」
その本は不思議なことに五ページほどめくると、そこから先のページ全てが空白になっていて作者名も記されていなかった。
「変な本だなぁ」
私は本をそっと閉じ、立ち上がる。することもないので、この世界について書かれた本を探してみることにした。
「あの、少しいいですか?」
私は本を読んでいる時に、四十代くらいの男性に声をかけられた。
「なんですか?」
「五歳くらいの女の子を見ませんでしたか?探しても全然見当たらなくて」
「私は見ていませんけど・・・」
「ここにもいないって、もしかして外にいるのか?だとしたら・・・あ、あぁ」
男性は深刻な表情を浮かばせ、ブツブツと何かを呪文のように唱えている。
「私で良ければ、探してきますよ?」
私はそう言った。何故このような行動を取ろうとしたのかは自分にもわからなかった。少しでも人の役に立ちたいと思ったからかもしれない。
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! 娘を、宜しくお願いします!」
「私に任せてください!」
「と言って外に出てきたのはいいものの・・・後で絶対アリシアさんに怒られるちゃうよぉ」
私は溜息をつきながら暗闇の街を捜索する。
家に帰っているのかもしれないという情報を聞いたので、まずはその娘の父親の家に向かうことにした。いつ喰らう者に遭遇してもおかしくない状況だったので、常に細心の注意を払い目立たない路地裏を利用しながら進んだ。戦闘は避ける。そのことは常に頭の中に入れていた。
路地裏を抜けたところから見える家に、一人の幼い少女が入っていく影が見えた。
「あの子かな。ちょ、ちょっと待って!」
私はそう言いながら、少女が入った家の中へと続いた。
扉を開けた先に見えたのは、少女がクローゼットの中の何かを必死に探している姿だった。
「ど、どうしたの?お父さんが心配してるから、戻ろ?」
「嫌だ」
少女はこちらを一切振り返ることなく首を小さく横に振った。
「あれがあれば、きっと、帰ってくるから」
「早く図書館に戻らないと危ないよ!」
そう強く言っても、少女は首を振るだけでそこから動こうとしなかった。その時だった。嫌な空気が立ち込め、何かの気配が外の方から漂ってくる。とてつもない嫌な予感が脳裏をよぎった。急いでドアを開くと、その予感はピッタリと的のど真ん中を射抜いていた。
喰らう者だ━━。