喰らう者
永遠と流れるような沈黙と、逆に胸の中を走る不安と恐怖。そんな中で私は何をすればいいのかわからずに、ひたすらに声をかけ続けた。
「どうすれば・・・。」
頼りになるような仲間も、助けてくれるよう人間も、私は知らない。
「あっ!」
私は気づいた。いるじゃないか。かつて世界を救った存在が。誰もが知る、そして私が唯一知る存在━━。
こんなに走ったのは、いつぶりだろうか。この距離を吐きそうになりながらひたすらに走り続ける。向かったのは森の中。
アリシアさんの家だ。私は何も考えずに家の扉を強く開ける。
「助けて欲しいんです!」
「どうした。あの時、貴様とは馴れ合わんと明言していたはずだ。」
突然の訪問に少し不意をつかれたようだったが、流石は歴戦の猛者。凄まじい程の冷静さだ。しかし、私はそれを無視してさらに続ける。心の余裕などなかったのだ
「友達が危ないんです!急がないと!死んじゃいそうなんです!」
私がそう言うとアリシアの表情は変わり即座に立ち上がった。
「今すぐ案内しろ。モタモタするな。」
時は一刻を争うこの事態で感謝する暇もなくとにかく走りユーリの家まで案内を続けた。
「何があったのかを教えてくれ。原因がわからなければ対処のしようがない。」
私はユーリの家で、起こった全ての出来事を話した。
「なんだと!?」
話を聞いた瞬間にアリシアは立ち上がる。このような表情は初めて見せる。深刻な問題であると察知した私にさらに不安が襲ってくる。
「あの黒い異形。巷ではそれを「喰らう者」と呼んでいる。最近になって現れた魔物の新種。と思っていたが、全てが未知数だ。お前が知っているあの男が奴らを率いているのだとしたら、謎がより深まる。喰らう者は、生きる者全てを捕食対象としている。そして、常に単体で行動する。群れることはないと言っていい。しかし、お前が出くわした喰らう者は、群れで襲ってきた挙句、それを率いる人間がいたという。これはただの事件で片付けることは出来ない。この世界そのものを脅かす危険因子となるだろう。この案件はいち早く王に報告すべきだ」
「そんな・・・」
「お前の友人についてだが、死んでるわけではない。強い魔術によって眠らされているようだ。少し待てば回復するだろう。時は一刻を争う。城へ向かうぞ。」
「は、はいっ!」
何をすればいいかわからなかったが、私は流されるまま王城へと向かった。この事件はとても大きく放っておけるような代物でもないらしい。
「大きい・・・。」
そびえ立つ門に高貴な鎧を身に纏った兵隊が立っている。その奥に見える城は、想像していたものより数十倍の大きかった。
「アリシア様だ。通せ。」
恐らく門番であるだろう兵隊達は、アリシアを 見たと同時にやり取りを始めると、大地を揺るがすような大きな音を立てながら門がゆっくりと開いていく。
二人で門を潜ろうとしていたところで、私は近くの若い兵隊に声をかけられた。
「おいあんた! 見ない顔だが、素性がわからない奴を通すわけにはいかないな!」
その男は私の目の前を塞ぐように立ちはだかる。
「ヴァルフリート。こいつは重要証拠人だ。通してくれ。」
「了解しました! アリシアさんがそうおっしゃるなら、間違いはありませんね。」
若いヴァルフリートという名の兵隊は敬礼し、周りにいた他の兵隊達も一斉に敬礼をする。
王の側近の兵隊でさえも、アリシアには頭が上がらない。つくづく英雄の凄さを思い知らされる。そんなことを思いつつ門を抜けた先には、ノースセルシオンで見てきたどんな場所よりも高貴で美しい建物が猛々しくそびえ立っていた。
とてつもなく高い天井から吊り下げられた無数のシャンデリアと、無限に続くかのような長い絨毯が真っ直ぐと続く。おとぎ話のようだ。
「陛下の前で無礼な行動は取るな。お前は重要証拠人。起きたこと全てを話せばいい。嘘偽りは何一つとして許さんぞ。絶対だ。わかったな?」
「はい。わかってます。この世界の存亡がかかっているのなら、ここで虚偽の申告をする理由など私にはありません。」
小声で話しながら王座へと続く長い絨毯を一歩一歩踏みしめながら歩いていく。
「ノースセルシオン、ナーミア区ギルド所属、アリシア・アレクサンドラ。陛下への伝令に参った。」
私たちは今、王を目の前にしている。王座の周りには秘書のような人間、執事、兵隊と様々な服装の者が王を守るように並んでいる。
私は王の首元に視線を延々と向けていた時、王は初めて口を開く。
「結論から聞こう。」
低くゆっくりとした口調だ。
「最近、この世界に現れた魔物の新種、『喰らう者』の活動が著しいものとなっております。重要証拠人を連れて参った。さぁ、起きたことを話せ」
アリシアはそう言って私の目を見つめる。他に、王やその周りの人間全てが私を見つめていた。
私は緊張で挙動不審になりながらも全ての真実を語った━━。
「ふむ。報告ご苦労。喰らう者の根源は、あの男にあるものかもしれぬな。だが、全てがわかっている訳では無い。ただ一つ言えることは、喰らう者の脅威を無視することは出来なくなったことだ。一刻も早く奴らの正体を暴き出し、目的を知らねばならん。頼めるか?アレキサンドラよ。」
「はっ! 仰せのままに」
「して、彼女も任務に就くのであろう?」
王は私を見つめそう言うと、すぐにアリシアが横槍を入れる。
「彼女の戦闘経験はゼロに等しいです。足を引っ張るだけだと思いますが。」
「そうか。であれば、私の兵達を就かせよう。」
「私も戦えます! 私も、私もその任務に!」
悔しかった。私も戦いたい。そう思った。このまま言われるがままなのは嫌で、人の役に立ちたかった。何も出来ない私だからこそ、突発的に出た言葉だった。
「貴様は駄目だ。無駄死にするだけだぞ。この世界の恐ろしさが、何故まだわからん!」
アリシアは城全てに行き渡るような声で怒鳴る。
「し、しかし!」
私は必死に弁明するが、アリシアに全てを拒まれる。そんな時だった。
謁見の間に入るための大きな門のような扉が開き、一人の兵隊が走ってくる。
「伝令!伝令!」
その声は明らかに震えていて恐怖に満ちていた。
「西都ガルンが喰らう者による襲撃を受けています! その数、多数!」
それを聞いた王はすぐさま立ち上がる。
「ついに動くか。闇の住人よ。皆、よく聞け。アレクサンドラを含め、即席の部隊を編成する。西都ガルンは必ず死守しなければならない。被害を最低限に留める。西都の民の安全を優先するのだ!」
「はっ!」
城の中にいる兵隊達が一斉に動き出す。
「アリシアさん!私も行かせてください!」
「ダメだ。時は一刻を争う。お前には危険すぎる。死ぬぞ。」
「喰らう者を率いていた男のことを知っているのは私です! 私が行かないと、意味無いです!」
「これ以上私の足止めをするか!?。」
アリシアはこれ以上ない怒りの表情を見せた時、王が宥めるようにアリシアの肩に手を乗せた。
「よせ、アレクサンドラ。彼女を連れていけ。」
「し、しかし!」
「あの男のことを昔から知っているのだろう?彼女が謎を解き明かす鍵になるかもしれん。して、名前はなんと申す?」
王は私を見つめながら問いただす。
「あっ、ミアロンド・メーセリアです。」
「ふむ、良き名だ。そして、いい眼をしておる。旅の間、疲れておるだろうが長い一日となるだろう。指揮権は全てアレクサンドラに託す。任務は西都ガルンの防衛とメーセリアの護衛だ。アレクサンドラ、任せていいか?」
「・・・はっ。」
やや不満の表情だったアリシアだが、やむを得ず承知したようだ。私たちはそのまま隊列を組んだ兵隊達の列に加わり城を後にした━━。
私たちは隊列を組みしばらく歩いていると、偶然にもユーリの家を通りかかった。
家の前で何やら困った表情を浮かべながら立ち尽くしているユーリの姿があったが、私を見つけたようでこちらに走ってきた。
「どこ行ってたんだよ! それと、どうなってるんだ?お前が騎士団の隊列の中にいるなんて」
それもそうだ。目が覚めて家の前に長蛇の列の人間が歩いていて、その中に私がいるのだ。混乱するに決まっている。
「こ、これは・・・」
「ちょっとした野暮用だ。ついてこないでくれ」
私は弁明しようとしたが、アリシアにかき消されてしまった。
「野暮用でこんな大規模な隊列を組むわけないだろ!」
「生意気なやつだ。貴様には関係ない。魔力で眠らされ、起きたばかりだろう。まともに戦えん。」
「た、戦うだって!?」
ユーリは身体を前のめりにしてアリシアを睨み、怒りを露わにする。
「おっと。口が滑ったようだ。どんな用であれ、お前は使えない。」
「戦うのか!?」
ユーリの口調が段々と荒くなっていく。
「状況は帰ってきて説明するよ。ユーリ、今は、我慢して━━。」
このままでは埒が明かないので、私がユーリを説得することになった。
「が、我慢してって・・・」
ユーリは下を向いて足も止まった。
「ごめんね・・・ごめん。行かなきゃいけないの。必ず帰ってくるから。」
そのまま下を向いたままユーリは動かなかった。距離が離れていく中見えたのは、ユーリの悔しがる表情だった。
そして、ユーリの姿は徐々に小さくなってついには見えなくなった。